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ごこたいごふり(再録)/五虎退

ところで五虎退(四振目)は、今日もまた囲まれている。

「やあ虎の子くん、内番かい?」
くしゃくしゃと髪を混ぜる手に顔を上げれば、五虎退をにこにこ見下ろす髭切が立っていた。
「あれ?髭切さんだあ…こんにちは。あ、えっとハイ。厚兄さんのお手伝いですけど」
頭の上に疑問符を浮かべながらも質問に答える行儀のよさは髭切のお気に召したらしい。手の動きが心なしか大仰に変わる。視界がくわんくわんと揺れる様になったが、五虎退の表情にはまだハテナがふわふわ浮かんでいた。
「お手伝いかあ、うんうん、良い子だね」
相変わらず内番姿でわしゃわしゃ頭をなでてくる髭切は、掲示板を思い出せば今日は馬当番ではなかっただろうか?ここは畑の片隅だ。厩とはそれなりに距離がある。
ええと?と五虎退はちょっと考えてみたけれど、揺れる脳みそはうまく回らなかったので、とりあえず離れないあたたかな掌の感触にほおを緩ませた。
「五虎退、水やり終わっ…髭切さん」
後ろから声がかかり、二人分の金色の目がその発生源を捉える。汗を拭った跡か、頬を横薙ぎに土で汚した厚が、纏めたホースを片手に提げてぱちぱちと目をしばたたかせていた。
「おお、お疲れ様、もう終りだったの?」
「いや、あとまだ夕餉用の収穫がまだだけど…」
首を傾げながら近づいてきた厚が、ひょいと何気ないしぐさで五虎退の頭から髭切の手をどかし、髪を整えた。弟に触れる前に手の土を拭われた内番服の裾が酷く泥で汚れたが、厚も髭切も頓着せずに五虎退を挟んで会話をしている。はわ、と高低差のある二人の顔を交互に見る五虎退だけが忙しい。
「そう、じゃあ僕も手伝おうか」
「いや、髭切さんは今日馬当番だろ?終わったのかよ」
「うん?ああ、あっちはね、温泉くんが頑張ってたから」
「え?…ああ、南泉な。いやいやあんたも頑張れよ。一人は無理があるって」
「あはは、大丈夫大丈夫」
「いや決まりだから。ほら戻って」
にこにことした表情を崩さずに、髭切はさっぱりうごくことはなく、厚は呆れた様な表情を見せながらその銀灰の目をきらと光らせた。その目線に、おや、と髭切が瞼を撓める。
脚をよじ登ってきた小虎を一頭抱きよせて、五虎退はひやひやと肩をすくませた。
「あのさあ…」
「なにかな?」
業を煮やしたか、一際唸るような声がした。俯いてしまった五虎退の視界で、厚の手に掴まれていたホースがぐにゃりと潰れるのが見えて。
「あ~~~~!!??いた、にゃっ!」
「おやおや…僕達に隠れてナニをしていたのかな…?」
眉を吊り上げた厚が声を出すより先に、二つの人影が乱入した。
「源氏のッ!お前、居なくなったと思ったら、何やってんだ!にゃっ。まだ作業が残ってるにゃッ」
「三人だけでお楽しみなんて、酷いじゃないか…僕も混ぜておくれよ。…休憩のことだよ?」
影の片方は髭切を探しに来た南泉一文字。その手は五虎退の両肩におもむろに回されて、ぎゅっと背中から抱きすくめる形で止まった。逃げることも出来ず耳の横で叫ばれた短刀は目を白黒させている。
もう片方はにっかり青江(三振目)。畑当番である厚の相方で、こちらは手に剪定鋏があるところから、今から収穫に向かう所だったのだろう。鋏とは逆の手で五虎退の頭を撫でながら、わざとらしく溜息を吐いている。
「あっちょ、お前ら、五虎放せ!」
「わあ。ねえ南部せんべいくん、僕もそれやりたいなあ」
ということで、五虎退(四振目)は、今日もまた囲まれている。

「絡まれやすい、ですか…?」
「はい、多分ですけど」
ぱりぱりと塩煎餅をかじる四振目は、卓袱台の反対側に座した一振目を見ながらへにゃりと眉尻を下げた。
ここは男士居住区、空き部屋の一つ。陽は良く当たるが風通しもいいため、すこし肌寒い今日のような気候ではあまり人気のない場所だ。それを良く知っている非番の二振りは、自らの眷属を懐炉代わりにゆっくりお茶と時化込んでいた。
「う~ん、僕はあんまり、感じないけどなあ…」
「えええ…そんなあ」
首をひねる一振目に、四振目はわざとらしくがっくりと肩を落として見せる。『他の刀剣に絡まれやすい』とのお悩みは、どうやら『五虎退』共有のものではなかったらしい。
「ええと、具体的に、誰から絡まれてるんですか?」
ずず、と薄めに淹れた玄米茶をすすりながらトスを出した一振目は、相談に乗る気があるらしい。気を取り直して四振目が宙をにらむ。すっと胸の前に出された指が折り上げられた。
「厚兄さん、博多くん、髭切さん、小烏さん、三日月さん。ここが一番多くて…あとは数珠丸さん、鶯丸さん、大包平さん、岩融さんも、よく。
たまにですけど大倶利伽羅さん、太郎さん、次郎さん、獅子王さん。ああ、あと山伏さんと、石切丸さんも…?」
「うわあ」
兄弟はともかく、何たる顔触れかと一振り目は顔をゆがめた。平安刀、天下五剣、神刀、長物、とりあえず色んな意味で凄いラインナップだ。
「…というか、あの、…」
「他にもまだ誰か…?」
「いま挙げた人たちは本当に絡んでくる人たちで、でも、何でか他も皆、通りすがる度に僕を撫でていくんです…」
遠い目で天井を見詰める四振り目に、一振り目は同情のまなざしで塩煎餅の小袋を開けた。

四振り目がそれにおかしいと気付いたのは、ある日風呂に入ろうと湯殿に向かっていた時だった。
「やあ小子虎くん、今から湯浴みかい?」
声をかけてきたのは髭切で、腕には着替えが抱かれていた。何のためらいもなく横に並んで歩を揃えてくる様子は自然すぎて違和感すらある。あの、五虎退です。ああそうそう、五虎退くんだった。あはは。髪の毛をワシャワシャなでなでされても、そこまではまあ、目的地が一緒ならばおかしくない。
「あ、ごこ!今からね?俺も一緒によか!?」
入り口で鉢合ったのは博多だ。やっぱり着替えを手にしていたし、にこにこと腕を組んでこられるのも、まあ兄弟だし、返答などお構いなしなのも、人懐こい性格は元々だからわからなくもない。タイミングばっちりやったね、計算通りたい!嬉しか~。とかいう台詞は断じて聞いていない。
「あれ、五虎退、まだだったのか?仕方ねぇなあ、遅くなるなよ」
脱衣所で全裸の厚と出会う。着替えを取り上げられて、てきぱきと入浴の準備を整えられるのも、百歩譲ってまだあるだろう。兄だし世話焼きだし、千歩譲ればまあなくもない。しゃがんで下衣を下げられるのも万歳で服を脱がされるのは断ればいいし。
「おや、五虎がきたな。どれ、父が背を流してやろう」
洗い場で小烏丸に捕まる。背中とついでに頭まで世話されて、いやちょっとこれはあんまりだと思い直す。前は自分で洗える。全ての刀剣の父なのに、何で五虎退の世話しかしないのか。
「おお、五虎退か。よしよし、じじいと一緒に入ろうな」
湯船で全裸の三日月と出会う。浸かろうとしていたら両脇に手を挿してひょいと膝に乗せられた。やはりいい加減、これはおかしいと五虎退は思った。
この本丸の三日月が口ではじじいと言いながらテキパキハキハキしているただの好青年だとしても、だからこそこれはおかしい。弾力に富んだ長い足の筋肉が生尻に当たっている。
それでなくても髭切、博多、厚、小烏、全員が三日月の上に座らされた五虎退の周りでわあわあとたむろっていた。
本丸の大浴場は広い。岩融と三名槍と大太刀全員が一緒に入っても足をのびのび伸ばせるくらい広い。なのにここだけ密集率がおかしい。ちょっとした綺麗な地獄絵図だ。
流石におかしいと、五虎退は割と何回も似たような構図を経ていた事には気付かずここでようやっと、疑問を抱いた。

「…僕は、普通に一人でお風呂、入れるけどなあ…」
「僕も入れますっ。でもなんでか、みなさんが寄ってくるんです…」
ううう!とうなる四振目に、一振目は困り顔で柿の種を差し出した。大粒ヒビ入りのそれは辛味控えめで、甘塩っぱくて渋好みが多い粟田口の中でも人気のおやつだ。うう、とまだ小さくうなりながらも、四振目も手を伸ばす。
「それだけじゃ、なくて…」
話はまだ続くらしい。
保温ポットから急須へ湯をつぎ足しながら、一振目はうん、と頷いて見せる。まだ時間は昼下がり、夕飯までの時間も長い。言いたいことがあるなら聞いてあげても無駄にはならない。
「…昨日、蜻蛉切さんにイイコイイコされました」
「えっ」
「僕、もう、だめかもしれない…」
遠い目をしてはらりと一条の涙を流す四振目に、もはや一振目がかけられる言葉がなかった。
この本丸の蜻蛉切と言えば、見目の幼い五虎退のような短刀、もしくは打たれてまだ若い和泉守のような新々刀に対しても決して敬意を失わない、実に真面目で心根の正しい槍なのだ。
どこぞの正三位のように酔ってウザったく絡んでみたり、どこぞの熊鞘のようにうっかり失礼なことを直球で言って来たりしないし、あとみだりに服も脱がないし、卵焼きが最高においしい。
ねだれば肩車や腕にぶら下げてくるくるしてくれたりもするけれど、普段は会話すればその折り目正しい袴が汚れることも厭わず視線を合わせるために膝を折ってくれ、いつでも敬語で五虎退殿と敬称を忘れず、戦闘でも頼りにしておりますと真っ直ぐに言ってくれるような、あの蜻蛉切が。
「蜻蛉切さんの掌っ、すごく大きくてっ、あったかくて分厚くて気持ちよかったですっ…!」
半ばやけくそのごとくそう告げる四振目に、さすがの一振目も同情の念が堪えない。
困惑したまま、惚けて少し渋く出てしまった茶を二人分の湯飲みに注ぐ。
四振目はそれをぐっと一気に飲み干し、タアン!といい音を立ててちゃぶ台に叩き付けた。
「これ、やっぱり僕が小さいせいですか!?」
一振目が思わず愛想笑いを浮かべた。自分と同じはずのはちみつ色の双眸が完全に据わっていた。あかんやつや、といきなり脳内で明石がささやく。
この本丸の、四振目の五虎退は。通常の五虎退よりほんの少し、数センチ、背が小さく顕現された。
たった数センチ。片手にも満たないその違い。同位体と並んでも気付けるかどうかという差異でしかない。きっと他の通常の本丸であったなら誰も気付かなかったような変調。何の問題にもならないような、僅かばかりの違い。
ただ、この本丸には比較に適する五虎退が五振いて、しかも三振目と四振目はよりによって同時顕現されていて、そのうえ審神者が「まっっっっっって四振目の五虎ちゃんちょっと小さくない?ごめんちょっと背中合わせに立ってみて。うんやっぱり!?あっちょっとまってね一振目と二振目も読んでくるからもうちょっと検証させて、うわああああああちったい五虎ちゃんかわいい!!そんな変わんないけどちったい五虎ちゃん!かわいい!!」と即座にその差に気が付いて盛大に騒ぎ散らすような、五虎退フリークだっただけで。
「刀剣男士には審神者の意識が反映される、って言いますよねえ…」
一振目は目を逸らした。前例はある。うちってちょっとアレだよね、まああるじがアレだからね。という初期刀と審神者のお決まりのやり取りのごとく、この本丸でもよその本丸でも、顕現のその時に限らず、学習を経た男士はやっぱり成長していくし、変わるのだ。割合多くは審神者の影響で。
「他の僕たちが同じ目に遭ってるなら、僕も納得できたのに…!」
「あの…なんか、すみません…」
「一振目さんはッ、悪くないですっ…だれもっ…悪くはないんですけどッ…」
段々と潤みだす声は切実さに満ちていた。


*通常より少し小さい五虎退は今日も皆に囲まれて
*こんなのおかしいって遺憾の意を表明している

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