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ごこたいごふり(再録)/五虎退

「ヒトの兄弟というのと、近いのかなあと思ったりするんです」
僕の隣でプディングをつついていた手が止まる。
「そうでしょうか」
五振り目の僕は、冷めた声でそれだけ言ってまたプディングに向き直った。彼は僕たちよりもずっと大人だから、あまり打ち解けた話をしてくれることがない。それでも僕の横から去ることなく聞いてくれるから、僕は同じくおやつのプディングをつつきながら話を続ける。
「僕が顕現されたのは、一振り目くんが練度上限になったからで。目を開けて、ご挨拶を済ませて、次に目に入ったのが一振り目くんで、やっぱりびっくりして。重複顕現、出来ないわけじゃないのも知っていたけど、やっぱり多くはないって、それもなんとなく知ってるから。
最初は思ったんです。僕は間違って顕現されちゃったのかもって。刀解、されちゃうのかなあって。嫌だなあ、怖いなあって」
かつ、と空になった器の底に匙が当たって音を立てた。僕はプディングを食べ終わった五振り目の僕にウェットティッシュを渡して、少し待つ。口を拭って、手を拭いて。彼が席を立たないのを確認して、また話し出す。
「けどあるじさまは、ちゃんと僕を育てるために顕現してくれてたんです。まあ、今も僕がここに居るから、分かるとは思うんですけど…えへへ。
あるじさまは僕に言いました」
戸惑う僕の手を取って、一振り目の僕なんか一瞥もせずに。
「『強くなろうね、大丈夫、強くなれるよ。五虎退はいい刀だから、素敵な刀だから、二振り目の君も、末永く宜しくね』」
その時見せてくれたにこやかな笑顔が、あるじさまにはとっても珍しいものだなんてあの頃の僕は知らなかったけど、そんなの関係なく、もらった言葉だけでも僕が頑張ろうと思ったのは本当だ。
静かな彼に少し遅れて、僕も最後の一匙を飲み下し終える。二人分の器と匙をお盆に片付けて、僕は僕を見つめる僕を見る。
「だから」
だから、なんですか。
続けようとした言葉を遮り、彼はお盆を奪って部屋を出る。


「ヒトの兄弟というのと、近いかなあと思ったりするんです」
向かいで苺をつまんでいた手が止まる。
「よく、わかりません」
三振り目の僕が小さな声でそれだけ言って下を向く。四振り目の僕も、不思議そうに首を傾げてお終いのようだった。
「僕が修行に出されたのは、練度が上限に至ったからで。一応ちゃんと、長旅をしたつもりだったんですけど、あるじさまは鳩を使われていたらしくて、戻ってきたら数分も経っていなくて、びっくりして。
でもそれ以上に、そのすぐ後に、君たちが顕現されたから。二振り一緒に、なんて、まさか思ってなかったから」
口に入れた苺が殊更酸っぱい実で、僕はそこで言葉を切る。目の前の二振りは、僕の様子には構わずお互いに視線を交わしたり、苺に手を伸ばしたりし続けている。
一口牛乳で味を流して、また話し出す。
「少し、戸惑いました。だって僕は修行から戻ったばかりで、一振り目くんもまだ上限に至っていない。なのになんでまた他の僕たちを喚び出したのか、わからなかった」
一振り目の僕は、僕が顕現された時も狼狽えた様に見えなかったけれど、僕はそうできなかった。
「あるじさまは、五虎退が大好きなんだなって思うことにしました。僕たちは、みんなあるじさまに望まれている。好まれている。それだけは、間違いない」
そう信じることで、誤魔化したとも言えるけれど。
最後の苺を四振り目の僕が口に放り込む。半分くらいは彼が食べてしまった気がする。僕は別にいいのだけど、三振り目くんは大丈夫だっただろうか。
空になったお皿には緑のへただけが鮮やかで、温くなった牛乳を飲み干して前を向けば、二振りがそっと立ち上がろうとするのが見える。
「は、話が、繋がっていない気がします、すみません」
「兄弟なら、同位体以外もいっぱいいます、よね?」
そう、ですね。
それでも違うんです、という前に、もう背中は部屋を抜け出していた。


「ヒトの兄弟というのと、近いかなあと思ったりするんです」
隣で鍋を混ぜていた手が止まる。
「ええと…?僕たちは刀ですし、同位体、だから…」
あいまいに話をつないだ一振り目の僕が、口ごもる。
「確かに、そうなんですけど。
僕たちは、同じだけど違うから。一振り目くんがずっと僕の目標であるみたいに、僕が三振り目くんたちの見本になれるよう、思っているみたいに、同じところで、同じように生まれて出ても、過ごしてきた時が、違うから」
そうだ。どれだけ同じでも、僕は一振り目くんにも、他の僕にもなれなくて。それは僕がいち兄や薬研兄さん、もっと他の刀になれないのと同じだから。
「だから、同じじゃないことを気にするのも、同じであることを嘆くことも、必要ないと思うんです。
僕たちは、それぞれの僕たちでしかいられないから。それでもあるじさまは、僕たちを好きでいてくれるから」
杓子の動きに合わせて、澄まし汁が渦を巻いていた。丁寧な出汁と、とりどりの毬麩が躍って、見ているだけでおいしいことがわかる。小さな泡が昇り始めて、一振り目の僕はてきぱきと火を止めた。
「確かに、僕の言うことも、わかる気はするけど…」
でも、君たちが顕現されたのは、五虎退だからでしょう。
食堂から声がかかり、姿はすぐに戸を抜けて消えた。


「ヒトの、兄弟というのと、近いと思えればいいと思ったんです」
僕は虎君を抱いていた。瞼を落とせば眠気が近づいてきて、ゆらゆらと意識がおぼろになっていく。一人の部屋は静かで、けれど他の兄弟たちと寝るのも気が引けた。
彼らは皆一振り目、等しく僕たち全員の兄弟だ。ここには僕だけのものなんか、僕そのものだけしかない。その僕は、あるじさまの五虎退のうちの一振りでしかないけれど。
「同じ血を分けて、同じ場所で生まれて、同じ家で育って、同じ時間を過ごすんです。僕たちと同じでしょう?でも違うんです、やっぱり違う、僕たちは物だから。過ごす時が違うだけで、僕たちは同じ一振りでしかあれないんだから」
虎くん。
抱き寄せたものはあたたかくてふわふわで、僕を心配するようにざらざらの舌で舐め上げてくる。僕の眷属。獣ではないなにか。共にあるもの、在り方の証左。
「ヒトになりたい訳じゃない、別に、本当に兄弟ごっこをしたかったわけでもない、わかって、くれる?虎くん」
ごつんと頭に毛まみれの額が押し付けられる。
「ただ僕は、僕でもいいと思いたかったんです」


へたくそななぐさめ
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