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刀/メンヘラ本丸

「あんたみたいだね」と僕の背後で常温の言の葉を吐いた坊主は、そのまま手にしていたこの身の後ろ髪をもう一度じっとりとした手つきで撫でつけた。
意図を訊くか迷い、置いた数拍が唇を開くための湿り気を喉から殺した。どういう意味だ、と絞り出した声は、まったく嗄れて酷いものだった。
特段、もう暴かれるものも持てない僕だ。だから引きつった音はわざとではない。腹をよぎった冷気はひやりと恐怖を含んでいたが、そんな危惧は覚える必要がないはずだ。
うなじ、延髄。急所をさらけ出して撫でられることにすら最早慣れてしまった。僕をいつであろうと好きにできる初期刀殿に、仕事場でしかない場所に馴染み、愚鈍は最低限の警戒すらできていない。任せ預けきり幾度も梳かれる髪の筋は、きっと手のひらにぬるみ脂でしとっているのだろう。
「好き勝手逃げて、てんでバラバラで、俺の思い通りにならない」
とんだ言い草だった。
しゅるりとまた指が櫛を模す。上から下へ。頭から背へ。見えない場所でされるがまま。視界にない爪先が、まざまざと赤く瞼裏に浮かぶ。絡まったいくらかの僕の一部を、無理矢理に引きほどいて千切りながら整える手腕は強引で、見事な程に躊躇いを持たない。
戯れて何か言い返そうかとも思ったが、先程に次ぐ二言目がまた濁れば、もう全ては偶然と言えなくなる予感がし、息苦しいが喉奥につかえたままにした。
「紐」
ぬっと背面より右頬を掻くように手が伸びて出た。やはり赤かった爪が躍りながら僕に求めるものを、握りしめていた拳からのろのろと取り出す。黒い髪結紐の端は、掴み固められた歪な皺の形に捻れながら宙を泳いだ。
望みのものを確かに受け取り、引っ込んだ白肌はまた一度髪の流れを泳ぐ。しゅるり、しゅるりと摩擦で小さく音を生みながら、襟足の徒長が絡めとられていく。くるりと地肌近くに円を描き、細幅の布は僕の髪束を数度包んだ。
余りを長く取り、揺れるように流した結び方は愛らしい飾り役を兼ねた。己では到底しないものだから、きっと見る者はすぐに誰が僕にこの手綱を結わえたものか気付くだろう。
「はい、終わり」
まとめられた髪はきつくもなく緩くもなく、ごく穏やかに美しくまとめられて大人に肩口へ収まった。上手く振ることも出来やしないのに、愛撫一つで馬鹿のように従順な尾だ。
この髪が僕のようだと坊主は言ったが、まこと全く、そうだった。

2021/7/26

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