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刀/メンヘラ本丸

新しいキツネが来た。大阪城で仲間たちが拾ってきた。本丸で唯一来ていなかった…違う、この前、もう一振りいない粟田口が増えたんだった…この前までは、唯一揃っていなかった粟田口の一振りだ。吉光だけど短刀じゃない。剣の男士。白山吉光。新しい鳴狐の甥っ子だ。

「キツネ、通信機なの」
大人しい甥っ子は今日も部屋に居た。この部屋は庭のそばだから明るくて、風通しもいい。今日は晴れているし、八つ時終わりのちょっとまろんできたお日様は気持ちがいい。でも白山は、日向ぼっこをしていた訳ではないらしい。
部屋の真ん中から少し奥にずれて、何をする訳でもなく正座で陽の届かないそこにいる。
いきなり障子を開けたこちらを見て、一度まばたき。いつものかお。
驚かなかった。ざんねん。
「ノックしなくてごめんね?」
「いえ。…問題ありません」
白山の肩に座っていたキツネが遅れてこちらを見る。多分見ている?きゅっと目を細めているからわかりにくい。
ちょっと青みのある白いキツネ。鳴狐のキツネのキツネ色もいいけれど、白いキツネもいい色だ。
「お邪魔します。座布団、借りていい」
「…はい」
言いながら、押入れを開けた。この部屋を用意した時からやっぱり中身は変わっていないように見えた。内番服と、支給品が入った行李と、蒲団と、座布団。
何枚か積んである座布団の一番上のものをとる。そのまま白山の前に座る。さて。
「キツネ、通信機なの」
最初の質問をもう一度してみよう。あるじから聞いたのだ、白山がキツネについてそう言っていたらしい。
「…そうです。政府は我々を見ています」
白山はちょっと黙った後、答えてくれた。へー。
「触ってみていい」
「え」
肩に乗っていたキツネをささっと寄って抱き上げる。驚いてる。やったね。
剣の方がふつうの打刀より目敏いらしいけど、鳴狐は極だからまだ練度の低い白山を出し抜けた。
粟田口の短刀はもう練度の高い子ばかりだから、驚かせたのは久しぶりでちょっとたのしい。一期はまだおどろいてくれるけど、あの子は騒ぎ過ぎるから注意をしなくちゃならないし。
キツネはさらさらしていた。
「かわいいね」
鳴狐のキツネより少し小さくて、けっこう軽い。あばれない。いい子だ。
膝に下ろして、背中を撫でる。この子は喋らないらしいので、触り方には気をつけなくちゃいけない。キツネは大切にするものだ。鳴狐のキツネは撫でようとすると結構注文が多いけど、それはそれでたのしい。
ちょっと警戒しているのか身体が固い。仕方ない。鳴狐はまだ白山のキツネとは仲良くないから。背中の方をゆっくり撫でる。おお。すべすべ。
涼しい色のキツネも、触るとあったかい。通信機、すごいね。アンテナとか。あるの。そっと頭も撫でてみる。まるい頭。耳がちょこっとぴくんとした。
「あの、鳴狐」
「もうちょっと」
白山が鳴狐のことを呼んでくれた。うれしいから、片手でキツネを作ってコンとする。キツネはじっとしている。鳴狐のキツネと鳴狐はあんまり似ていないけど、白山のキツネと白山は似ている。りょうほう、困ったようにしながらも怒ったりはしない。いいこ。
仲良しだね。鳴狐のキツネと鳴狐も、似てはいないけど仲良しだ。キツネはよくしゃべる。白山のキツネは話さない。でも二匹ともいいキツネ。
顎の下をこちょこちょして、反射で上がった鼻先を眺める。脚も触れるかチャレンジしかけたら、さすがに逃げられた。
音を立てずに白山の方へ駆けていって、白山もすぐにキツネを抱き上げて肩に乗せる。
「質問」
「なに?」
「…鳴狐は、どうしてわたくしを監視するのですか」
かんし。
鳴狐が?
わからなかったので、わからないと首をこてんとしてみせた。
白山は鳴狐の目を見ながらまじめな顔をしている。まっすぐにこちらを見てくるまなこはいいとおもう。
「複数回の単独訪問は、警戒行動であると分析しました」
けいかいこうどう。佩刀もしないで?監視ならもっとうまい子がいる。あるじだってもう少し考えた采配ができるし、鳴狐も指名されたら指摘する。短慮。白山はもう少し戦に出た方がいい。あるじに頼もう。
「新しい甥っ子もかわいいから、遊びにきた」
それだけ。キツネも気になっていたし。
「…白山吉光の中には、本丸所属になったのち警戒・処断される個体がいることをわたくしは知っています」
処断。へえ。そこの本丸の鳴狐たちは何をしていたんだろう。
「どうして?」
「政府からの監視員だと」
へえ…。
「鳴狐は来たかったから来た。だめ?」
白山が静かになった。だめだった?だめって言われてもくるけど。次はちゃんとノックもするね。
「わたくしは、不気味ではありませんか」
「どうして?」
「話すのは、得意ではありません」
「鳴狐も」
自分で言うのも変だけど、あと、この鳴狐は鳴狐の中でも、けっこうしゃべるけど。
鳴狐は知ってる、言葉じゃなくても、わかりあう手段はある。修行に出る前は、もっとしゃべらなかった。でも、言葉もだいじ。それはずっと知ってる。うん、難しいね。
「わたくしは…刀ではありません」
「そうだね」
剣、ふえるといいね。岩融もずっと一人だったけど、巴と静が増えたから剣もそのうち増えるかも。
「異物は、除去されます」
ええと。
「キツネは今ペットサロン粟田口で全身エステとトリミングの施術中」
「え」
だから鳴狐はひとり。短刀たちがキツネに群がってた。ああああ鳴狐ぇ!お助けをををを、って言ってたけど、大丈夫、キツネは強いから、頑張ってほしい。鳴狐は極だけどまだ練度は低いから、高練度の短刀たちがいっぱいだとちょっと勝てない。戦略的撤退。尊い犠牲だったね。
「あと、うちの短刀は淡白」
「は」
「一期が来た時も、『そういえばいち兄もいましたね』って言ってた」
「…平野藤四郎」
「『まさか粟田口が揃う日が来るとは思っていませんでした』」
「…前田藤四郎…」
「驚いた?」
こくん、と白山が頷いたので鳴狐は満足だ。たくさん喋るのは得意じゃないけど、声真似は得意。
「だから、自分から行ったほうがいい」
ふう。
…いっぱい喋ったので、鳴狐は疲れた。
そろそろ短刀たちのトリミングごっこも終わっていると思うから、キツネを返してもらいたい。
今白山を連れて行ったら、鳴狐のキツネは返してもらえるし、白山のキツネはもっとさらさらになるはず。いっきょりょうとく。
白山のキツネはさらさらしていたけど、鳴狐のキツネはふかふかだ。今日は特に一段とふかふかしていると思う。さっきのお返しに白山に触ってもらおう。がんばれキツネ。あと、短刀たちと話してみるのもいいと思うし。
座布団を押入れに戻して、キツネじゃなくて白山を抱いて立たせた。
「鳴狐、わたくしは、」
大丈夫大丈夫。みんな鳴狐で口下手には慣れてる。手を引っ張ったら戸惑いながらもついてくる、素直。鳴狐だからいいけど、鯰尾にはついて行かない方がいい。後で注意しよう、今は疲れたからあとでね。
「あの、」
言葉は大事。行動も大事だ。鳴狐は白山に会いに来るし、白山を連れて行く。なんと今日は喋るのも頑張った。ほまれ。
「『異物ではありません、本丸の仲間です』」
「わたくし、」
うん、まだ練習した方がいい。白山、こんど、見本聴かせて。


write2020/04/01


フリーダムコンコンで白山回想リトライ。
突発性なので薄目でシチュだけ舐めてください。
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