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刀/メンヘラ本丸

呼ばれたいと、思うものだろうか。
「そりゃあまーね、『俺』を指し示して定義するものは嬉しいでしょ」
そうかあ、と審神者は文机に肘突いていた腕を倒し、へたりと上半身を寝そべらせる。加州は慣れた様子でその背中に寄りかかると、どーしたの?と柔らかく声かける。
「真名って欲しいもの?」
答えでなく投げられたさらなる質問に、加州がその大きな瞳を更に丸くした。
「……別に、欲しいとまでは思わないけど。くれるならもらう」
意図が読めない質問だが、嘘を吐かねばならぬ関係ではない。正直すぎる回答にそうかあ、とさっきと全く同じ声音がした。どーしたの、何かあった?加州は少しだけ答えを催促するように語調を強める。
「先月の講習会でやってたんだよねえ。一応ね、気をつけた方がいいかもくらいのやんわりとした説明だったけどね。
で、休憩中に女の子達がさ、でも名前で呼ばれたいとかも言ってたしさあ」
漸く分かった理由に、ふうん、と今度は加州がやる気のない声を出した。
「自分の刀に信頼があるなら教えてやればいいじゃんね」
下らない、と評価は決まったのだろう。興味の失せた声音はいささか冷たい。
「足りないから欲しがるんでしょ、満たしてやれないくせに生意気だよね」
ゆるゆるとつり上がった口の端の酷薄さは美しく、審神者は見惚れて溜息を吐く。それをもちろりと視線で舐め、加州はそれで?ともたれかかる背を振り返りながら尋ねる。
「くれるの?真名」
口調は明らかにからかいだった。審神者はううん、と背筋を伸ばしながら首をひねる。
彼らという存在がヒトの真名をどうできるのかは、講習会でも先ほどの回答でも不明瞭で諮り知れない。ただ、悩ましいのはそこではない。
「何だったかなあ、名前」
「嘘でしょあるじ」
「だってもう、要らないものだからさあ」
色味を捨てた返答が、加州の喉を震わせた。さすがにその方向で困られるとは思っていなかった、おかしいことだ。いつもこの審神者はそうだ。
「要らないんだ?」
「要らないでしょ」
繰り返した確かめても返答は変わらない。笑いと呆れを滲ませたまま、あるじ、と彼はこの空間に唯一の人間を呼ぶ。
「なに?」
「審神者名なんだっけ」
「『皁』だねえ」
「そっちは覚えてるんだ」
「うん、これは要るものだから」
「皁」
「うん」
付喪神は人の背にもたれるのを止め居住まいを正し、笑みを深めて親しみを込める。
「『皁』」
「うん」
必要な名前はここに共有されている。
それは主が主たるに十分な力を持っていた。呼び声に引っ張られるように審神者は背後の初期刀を振り返り、珍しくしっかりと目を合わせて微笑んだ。
「加州。俺の加州」
「なーに?俺のあるじ」
「呼ばれるより呼ぶ方が好きかな」
「そ。じゃ呼ばれる方が好きな俺と相性いーね」
サラリと戻る言葉に審神者の表情が崩れ、その手が加州の頭を撫でる。美しい髪、美しい顔、美しい体、美しい刀。名前は加州清光、この本丸の初期刀で、同じ名前はいくつもあれど、二振りとはない審神者の所有物だ。
審神者は確かめるようにその頭頂を愛撫し、刀は満更でもない表情でそれに甘んじていたので。そういえば、と人間は悶え撫で続けながら言葉を足した。
「思い出したんだけどさあ、俺の真名は、

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