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刀/メンヘラ本丸


※後書きより


さに しってるか かしゅう(よそ) は かたな を もっていない

預かり加州の本丸は審神者が誉と日常ではなくすべからく暴力と圧政を学習させた世紀末本丸でその中でもとっておきの搾取子として扱われていた加州のSAN値はそもそも0。誰もが程度の差はあれど抑圧され虐げられている本丸の中でも誰よりも酷い目に遭っていたのが加州でした。
レア度などは関係なくともかく運が悪ければそれだけで折られていくし、気に入られれば絶えず苦痛に喘ぐ羽目になる。そんな中、加州は本丸の初期刀でもないのに顕現歴としては一番長く存在している。つまり、そういうことです。
加州の記憶に1日と言う区切りはありません。時に夜戦で肉壁とされ戻った後は猛った者たちの玩具となり悪辣を隠蔽する贄にされ八つ当たりのはけ口となりまた戦に駆り出され、そういう24時間フルスロットル酷使の中で信じられるものは誰もいない。人間も男士も敵も男も女も短刀も昔馴染みも誰も。
悪夢から救いあげられても加州の傷が癒えるわけでもありません、他の気晴らしが出来ていた男士たち、まだ少しでも正気が残っていた男士たちは各々しばらくお休みするなり移籍するなり解かれて還るなりを選択できましたが加州は一切何をすればいいのか分からない。
知らないものは怖い、知っているものはもっと怖い、息をすることも咎められてきた加州にとってその本丸でしていいことは何もない、存在することだけが命令で生きることは望まれていなかった。
「うちの管理の本丸に来てみますかあ?」
扱いあぐねられた加州を拾ったのは愉快犯でしかない担当さんでした。
担当さんは超放任主義のため碌な評価をされていない人物ですが、それゆえ抱えた本丸のバラエティには富んでいます。選ばれたのは御存じかしゅキチ審神者の図書館付きメンヘラ本丸。
水清ければ魚棲まず、加州に厳しい元ブラがダメなら加州にダダ甘のグレー本丸にご案内。やっぱり基本的には何も考えていませんでした。考慮とは。
ともあれマッチングはそう悪くなかった模様。加州は割と元気に何度も発狂しつつ一週間で見違えるほど「加州清光」になりました。

ただし、本体はありません。

加州の本体はどこに行ったのか。恐らく前の本丸の床下、誰にも見つからないような土の中、風化することもないはずのどこかで、さらりとした綺麗な白砂が見つかるのではないでしょうか。
担当さんは戻ってきた加州にねだられて一振りのただの刀を与えます。拵えは加州の希望の通りに誂えました。新しい主も希望通りに選出します。清く正しく優しい者を。力は弱くとも構わない、俺が主を助けるから。
その意味は深く聞きません。担当は審神者ではないただの人間でしかないので、神様の意図など知る必要はありません。神様が傷付いているならば助けようとし、神様に求められれば融通する、そんな無関心で善良な一日本人でしかない。
折れることのない「加州清光」は、ちょこっと変わった個体ではありますがよく働きます。よく懐きますし、戦も果敢、目端も利きますしいつも可愛く美しい。
昔はつらいこともあったと聞かされても、その面影は見つからず、すぐに皆になじむでしょう。
「加州清光」はけなげな個体です。
愛して、許して、可愛がる限り彼はけして折れません。審神者の傍に、本丸の要に、男士たちの先頭に立っていてくれる個体です。
「加州清光」は求めません。
ただ加州と呼んで、ただ愛していると言葉にする限り、他には何も要りません。彼は彼と認められる限り、その甘露に酔っていてくれるでしょう。
「加州清光」は語りません。
必要がないでしょう?彼は、「加州清光」。良く見知られた、あの一振りの筈なので。



ーーーー


※無配「毀れ咄」より


可愛いと、言われることはとても心地いい。それは「■■■■」という存在でいるのに当然のことなんだろうと思う。
彼は文机に備え付けた端末のディスプレイに映し出された文字を追いながらぼんやりと考えた。雑多な話が流れていくそれは掲示板と呼ばれるもので、狭いこの業界であっても、常に玉石混淆の会話が飛び交っている。
可愛い、綺麗、大好き、愛してる。何時だってそう評価される「■■■■」がこの世界にはあふれていて、その一端に自分も引っかかっている現状を思い返しながら彼は画面をスクロールさせる。
非番と言うのは、どうしてこんなにもつまらないのかと思う。
『いつも頑張ってくれているのだから、その分しっかり休みも摂るべき』
主は定期的にそう言って彼の頭を撫でて窘めるが、彼にとって何もすることがないというのは苦痛でしかない。
主の傍に居る理由がない。ここに存在する理由がない。
自分が「■■■■」である理由がない。
必要とされることが、請われることが、与えられることがないというのは、怖いこと。
居心地が悪いと思う。思うようになった。
カチリ、カチリ。
手持無沙汰に幾つもの窓をたどって、また別のスレッドを開く。色んな本丸で、色んな「■■■■」が、いろんな言葉で愛でられて、好まれて、望まれて。
カリ、と彼は親指の爪を噛み締めた。切り揃えた爪に綺麗に刷かれた赤が剥がれて苦みを発する。懐かしい味だと思う。カリ、カリ。彼は続けて噛み締める。
可愛い、綺麗、大好き、愛してる。
画面の中に何度も繰り返し表示される言葉。「■■■■」だけではない。話題にされる誰に対しても、どこからか沢山募る好意の一端。
彼の主もよく彼に言う。「可愛い■■」「綺麗だね」「大好きだよ」「いつもありがとう、愛してる」彼はそれをいつも笑顔で受け止めていた。いつだって、喜んで見せる。
カリ、カリ、カリ。
繰り返し歯を立てて、執拗に喰らい付く。剥がれた赤の奥から、今度は別の赤が滲んだ。鉄の味と香り、この本丸では臭気に紛れることなく判別がつく。ピリピリとした痛みも、指先だけにしか今はない。
ギリ、ギリリ、ブチ。抉れた指先にふやけている肉を千切って舌先に転がす。小さな肉の切れ端は、記憶にある気持ちの悪い塊とは違い薄味だ。
更新されていく賛辞と、はしゃぐ言葉達。彼へのものではない、「■■■■」に向かう想い。
ごくん。
ズタズタに噛み砕いた爪と肉を飲み込んで、彼はいくつか開いた窓のうち、目を付けたIDを検索欄に放り込んだ。
ざ、と何件かの書き込み結果が表示され、彼は目を細める。

987 萌え捨て御免☆七七四人目
今日は加州が晩ご飯作ってくれた
なんと手ずからお湯を沸かしてカップに注いでくれたんだ
加州の作ったカップ麺は至高の御馳走だぜ

並んだうちの特にたわいもないレスを、噛み千切ったせいで目減りして血の止まらない親指でなぞり、浅く息を吐く。
それを打ちこんだのがあの人だと、彼は知っていた。
今日も「■■■■」は愛されている。何もかも、その全て、ひとつ残らず。
「俺も成ったよ」
ぽつりと呟いた一言を聞く者はいない。ねえ、と呟く割れた声が常ならぬ音であるのを判じるものはいない。
抉れた指先から垂れる赤は机に血溜まりを作っていた。
じわ、拡がる木目の黒ずみが、体液の染み込みだけで起こったのではないと知る者もまた、いない。
「俺も■■■■に成ったよ」
煌々と点る機械に照らされた瞳は光を反射せず、どろりと昏い。ぐちりと傷口で文字を引掻いて濡らし、錆の味が残る舌を震わせる。
「俺も、愛される、■■■■に、」
「加州!」
ばすばす、と間抜けなノックの音が障子から聞こえて、続きを吐くことなくパッと部屋の入口を振り向いた。
「居る?休みなのにごめん、ちょっと頼みたいことがあって―――」
加州は手早く端末をシャットダウンし、建具をさっと開いて目の前に立つ人影に笑いかける。
「なに、主?何でも言って!」
弾む声が彩る少し婀娜っぽい笑みは美しく、困ったように下げられていたその人の表情はほっと安堵の色を見せた。執務室に、と求められ、加州は軽く頷いて廊下に進み、後ろ手に戸を閉める。
繰り返し休日に申し訳ないと恐縮する主の背をぽんぽん、と叩く仕草は酷く優しい。
「いーんだって。…俺のこと、必要なんでしょ?」
「もっちろん!!加州がいてくれてよかったよ~!!頼りにしてる、大好きだよ」
「とーっぜん」
クスクスと笑いあって歩く姿に影はない。本丸は日の下に明るく、庭や広間からは男士たちの活気あるさざめきが聞こえている。
加州の足取りに躊躇いはない。行き合った者たちとの快活に挨拶を交わす背中はまっすぐと伸びていて、揺れる髪は陽を受けてきらきらと輝いている。翻るコートは皺ひとつない。
彼はひとまたたきの合間だけ、笑みを消して左手の親指を隣り合った人差し指でなぞる。
丸く弧を描く、赤く、美しい、切り揃えられた爪。
僅かに残っていた液体の残滓をそっと削り落して、何事もなかったようにその手で執務室の扉を開ける。
「今日も指の先まで可愛くキマってるね」
ほう、と感嘆の溜息と一緒に落ちたニンゲンの声に、■■は一際美しく微笑った。
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