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刀/メンヘラ本丸

「あなたは、」 /宗三・審神者]
大した人間ではない。
はっきりと分かっていた。人らしいと言えば聞こえは良いが、ただの凡人であることは明白且つ確固たる事実で、歴代自分が傍で見てきた様な者たちから考えると、その矮小さは可愛くさえ思える。
それでも此れが――自分を喚び降ろした「主」なのだと、いつの間にかこの頭は認めている。

「あなた、そこで何を?」
全く何をしているのか。
人気のない一角の庭木の下で、主はべったりと地面に座り込んで当てもなく虚空を見ていた。
毎度ながら、訳がわからない事をする――思わず声をかけてしまったものの、その目がこちらに向けば、面倒臭い時に絡んでしまった、とほぞを噛んだ。
「いやー何でもないよ」
へらっとだらしのない返事に、そうですか。と今来た道へ踵を返す。
危うきには近寄らず。当然のことだ。案の定、あちらからはそれ以上の動きはなかった。
――嗚呼、面倒臭い。
仕方なく自室へ帰る道すがら、あれの側近に先程の居場所を伝えておいた。
投げられた簡素な礼と、バタバタと急く足音は品がなく、全くあれは主従揃ってどうしようもない、と苦く思う。大儀なことだ。あの様に寄り侍って、飽かないのだろうか。
しかし――あれも、誰にも遇いたくないのなら、一人閉じ籠りでもすればいいものを。
嫌だ嫌だ。一連を目にした疎ましさが、薄皮のごとくカンにまとわりついて不快だった。

「あ、先刻はありがとーね。ちゃんと回収したから」
湯殿前にて行き合った清光が声をかけてきた。そうですか。良かったですね。
「ホントよく見付けるね、専用索敵値でもあるの?」
知りませんよ、気色悪いことを言わないでもらえますか。不愉快です。
「ごめんごめん、あっ、厨に湯上がりの水菓子あるって!」
わかりました、後で頂きます。
当たり障りなく流してすり抜ける。本当にこの主従は、余計なことを言う。なぜ自分があれに何かしら特化などするものか。そんなこと、微塵たりとて必要も、願望もない!
後で、とは言ったが、特別気にもならなかったので、厨には寄らずに部屋に戻る。途中月見酒をする輩に声をかけられたが、またの機会に、とだけ返した。
朧月夜と言えば聞こえは良いが、ただ曇っているだけだ。まあ、気温としては寒くもなく過ごしやすいから構わないが。酒は嫌いではないが好きでもない。酔わないから面白くもないし。
帰りつき、先ずは荒れ抑えに頂いた軟膏を肌に伸ばした。仄かな花の香は朝には布団の中にしか残らないほど密やかで好ましい。まだ湿り気のある髪を櫛で整え、頭髪専用の乳液を塗り込む。細くもつれやすいこの毛質も、手入れをしてやれば多少は言うことを聞く。
面倒たらしい体の手入れを終え、汲み置きの水を一杯飲んだ。
温い水は存外に甘く、少々湯に浸かりすぎたかと思う。それでも、当たりやすく冷えやすいこの厄介な体は、既に足先をヒシヒシと湯冷めで痛め始めている。
ああもう、早めに寝よう。
とりあえず寝具を降ろすだけして、それでも少しは読み物でもしようかと思った時、ふと手元に羽織がないのに気がついた。
何処に置いただろうか。
今日は特に任もなく、屋敷周りしか動いていない。羽織も脱ぐ機会は少なかった筈だけれど。
暫し思い返して、そういえば、いつもの談話室で脱いだかもしれない、と取りに行くことにした。

談話室と言っても、ただの空き部屋を好き好きに少人数で使っているだけだ。
自分がよく使うそこは、個人の部屋より二回りほど広いだけの特に誂えもしていない部屋だから、出入りする顔触れも左文字を筆頭に落ち着きのあるものが多い。
彼らは生活態度も真っ当なもので、夜も更けたこの時間に、当然部屋灯りは点いていなかった。
「入りますよ」
誰もいないだろうが、と一言かけて障子を開ければ、部屋の角に畳んだ目当てのものを見付ける。探していた羽織と――
「……」
「…………」
またですか。
思わず袖で口元を覆った。それでも苦虫を噛み潰したような顔になったのは間違いあるまい。嗚呼いや、人の子はそこまで夜目が利かないのだったか。では僕が誰かも判らないのかもしれない。
「……そーざさんか」
なんですか。
見えてるじゃないか、と直前の思考に文句を付けた。理不尽だとはわかっているが腹が立ったんだ、仕方ないでしょう。
言うにかこつけて「そーざさんか」は無いでしょう。「か」ってなんですか。不満ですか。僕はお呼びじゃありませんでしたか。これでも一応天下人の刀なんですけどね。ふうーん、そうですか、この人間は!!
「……どうしたの」
「忘れ物を取りに来ただけですよ、あなたに用はありません」
キッパリと言い切ってやればあっそっかー、とへらへら笑い出す。うろんな反応だ。
なんですか。気持ち悪い。もう。意味がわからない。わかりたくもない。
明かりをつけようか迷い、擦れ違ったあれの視線に気がついて止めた。別に顔を見たいわけでもないですからね。羽織さえ取り返せればそれで良いのだ。
「あなたこそ何をしてるんですか、ここは居住棟ですよ。用なんか無いでしょう」
いまいち踏み込むのが躊躇われて、手持ち無沙汰に一応指摘すると、ウ~ン、と歯切れが悪い。まあそうだろう、個人の居室やげーむ部屋ならばまだしも、ここは特に何もない空き部屋だ。
別に僕たちの居住棟にこれが入ってはいけないなんて決まりもないが、まあいい。何しに来たんですか、あなた。
「……何かないとだめかなあ」
間違えました。
僕は自分が選択を間違えたことを深く理解して、下ろしていた袖を改めて口元に寄せた。
質問に質問で返すな。
面倒なことだ。どうしてこれはこんなにも拗らせているのか。あなたみたいな凡百が何をそんなに悩むことがあるんですか。馬鹿じゃないのか。鬱陶しいから出てって厨で水菓子でも食べなさい。僕の分をあげます。どうせまた低俗な論理にでも踊らされているだけなのだから、それくらいで幸せになれるでしょう。
面倒臭い。心底面倒臭い。
疎通は諦めて、誰かが畳んで端に寄せておいてくれたらしい羽織を取り上げた。帰りましょう。そういえば早く寝るんだった。
おや、この畳み方は小夜ですね。あああの子はなんて優しい気の利く子でしょう!さすが小夜!略してさ夜!
可愛い弟の心遣いを感じながら、温まった胸を浮わつかせて部屋に背を向ける。誰かがこれを探しに来るかもしれないので、拳一つ分、障子は開けたままにしておいた。

翌朝は冷え込んだ。
朝食に昨日の羽織を着ていけば、小夜が「それ、にいさまのだったの…なら、部屋に持っていけばよかったね。気付かなくてすみません……」としゅんとしかけたので、全身全力で褒め称えて撫で回した。
小夜は困惑しながらも桜を舞わせていたし、兄様も小夜の逆隣からそっと便乗で撫で回していたので、これは多分朝一番によい和睦を贈れたようだ。小夜の手柄ですね。さ夜!
手伝い当番の手で卓へ汁椀が並べられている間に、配膳台へ用意された主菜を選びに行く。
今日は二皿までか、と張り紙を確認しながら目ぼしいものを見繕っていると、またしてもあれとかち合った。ふうん、おかずを見る目はあるんですね。それ、歌仙の西京焼きでしょう。あっこの人間、蜻蛉切の卵焼きを確保しているだと…!?
初期には奪い合いも発生したという、ふわりと出汁がきいた少し甘い人気の厚焼き玉子を見咎めると、それはふいに此方を見返り、こてりと首を傾けた。
可愛くないから止めなさい。そういうのは小夜がすべき仕種です。目を眇めて無言で訴え、二皿めに青江の漬物を探しに行こうとすれば、そーざさん、とのんきな声がかかる。
なんですか。だからあなたに用はありませんよ。
「卵焼き、」
「ありがとうございます」
差し出されかけた皿を受け取って席に戻る。
号令は信濃藤四郎だった。きちんと礼までする小夜は本当にいい子だ。僕の弟が今日もかわいい。
さあ、小夜、あなたの好物のあの卵焼きですよ。三人で頂きましょうね。
「でも……」
「良いんですよ、僕が主から直々に譲られたのですから、僕が小夜にあげても何の問題もありません」
ちらちらと小夜はあれとこちらを交互に見遣る。どうやら配膳中のやりとりを知っていたようだ。優しい小夜、略してやさ夜。そんなに気にしなくても大丈夫ですから。
あれは近侍の隣で漬物をかじっていた。キュウリの浅漬けだ。ほらやっぱり、青江の漬物があるなら十分ですよ、遠慮なんて要りません。あのひと、歌仙の西京焼きも確保してましたし。さ、小夜。早く取って兄様にも回してあげてくださいね。
分けあった卵焼きはおおぶりで、一切れでも十分味わえる。繊細な巻き加減はほろりと口の中でほどけ、じゅんわりと染み出す柔らかな甘みが舌を踊らせた。
炊きたての白米も併せて甘い。
ああ、美味しい。
今日は昨日より天気が良いみたいだ。嗚呼、あれに訊ねて出陣でもしましょうか。


write2016/10/31


何かと行動が被る二人
気遣いに当たらない主の下、奔放で明るい彼だが顕現後暫くの記憶はない
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