このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

死に節覗き(再録)



歌仙兼定はその身を試している。


歌仙は己が好きだ。歌仙は世界を愛している。
歌仙は美しくほほえむ。彼は、この本丸の歌仙兼定は。


歌仙は自分を信じている。
健やかな体、多彩な能力、雅を介す心、整った出で立ち。
歌仙が顕現された時、手にした自分自身と、初めて得た身体を一目で風流だ、と自己肯定百パーセントで受け入れたのは記憶に新しい。直ぐにまみえたお小夜だって、挨拶序でに語ってみたがそれを否定しなかった。
第一印象はそのまま、自分の身に対する満足感として今も続いている。


歌仙は自分を尊重したい。
どこかの本丸の自分は、自分の本丸でいうところの加州清光のように審神者の初期刀なのだと、それを初めて知った時、歌仙はひどく訝った。
歌仙の主は気違いで、初期刀もそれに後れを取らない気違いだった。刀は主に似るという。歌仙は幸い自分の主にそれほど似ては在らないけれど、影響は確かに本丸のあちらこちらに見受けられ、悩みの種といえばそうだった。
だから歌仙の気鬱は深かった。自分のようなそもそもわびもさびも理解する心のある素晴らしい刀が、審神者などというものに狂わされてしまっていたら、どうすべきか。
悩んだ歌仙は思いつく。その首落としてでも同位体としての威厳を守ろう。だって歌仙は歌仙兼定だ。之定の名品、忠興様譲りの佳い刀なのだ。それが触れるなんてとんでもない!
歌仙の昂りは、けれどすぐに、幾度か自身の同位体と会ってそこまでとち狂った個体がいなかったので鎮まった。
安心したよ、とニコニコ語る歌仙に、茶飲み友達はいやお前はいささか狂ってるんじゃないかとは言えなかった。


歌仙は自由気ままである。
この本丸で、歌仙は運営の要を担う一人である。主に任されているのは日々の当番組みや、厨監督、備品の管理などだ。細かな計算事は苦手だが、人員の取り回しや細かな気づかいには自信がある。文系だからね。
予算はそれなりに潤沢だし、余計な仕事を負う分手当に色も付いてくるし、ある程度振り分けを好き勝手できる上に一目も置かれる。確かに時々腹に据えかねる事態もあるが、頼りにされるのは悪くない。
何よりここの本丸で評価できるのは、主の私費から歌仙用に「雅予算」が出されていることだ。あまり多くはないものの、月に一つはそれなりの器や掛け軸を買える程度には渡される。
書籍に関しては別途りくえすとも出来る図書館があるし、部屋とは別の金庫だって人一倍置き場を与えられているし、業務時間の調整はそれこそ仕事として歌仙に預けられているから誤魔化しも出来、十分に趣味を楽しめる。
やるべきことはもちろん果たすが、心の余裕が持てないのは宜しくない。だからこれは必要なんだよ、と歌仙は今日もおーくしょんと漫ろ歩きに精を出す。


歌仙は上手く手玉に取る。
時には例え歌仙であっても、うまくいかないこともある。
たとえばこの前は南瓜を煮ていてうっかり調理指南本のこらむに夢中になり、底の方を少し焦がしてしまったし、その前には和泉守が買ってきただめーじじーんずとかいう奴を、ちょっとした善意で全て綺麗に繕ってしまった。少し前には髭切に誘われるままホイホイ野点に厚樫山へ行ってみて、膝丸を発狂寸前に追い込んだし、その少し後にはお小夜と同田貫にちょっと進展してもらえればと、二人を蔵に閉じ込めて忘れ去り三日ほど放置した。
可愛い失敗とはいえ過ちは過ちだ。歌仙はきちんと始末をつけた。
南瓜は上の方なら無事だったので夕飯には間に合ったし、底の方は自分で胃に納め事無きを得たし、じーんずはどっちにしろ雅じゃなかったので和泉守を二時間ほど正座で諭して理解を得た。膝丸には野点で使った髭切の分の懐紙や何やを渡してやれば元気になったし、小夜にはちゃんと謝った。
本丸は、このように今日も歌仙がうまく取り沙汰して巡っている。



歌仙はーーーーじっくり見極めている。
人の世は移り変わり、風雅や雅の世界は遠く押し流され、土埃や緑の香は無機質に挿げ替えられた。けれど何の因果か数百年を経てまたその刃は必要とされ、出会うのは相変わらず愚かで可愛そうな人間で、臨むのは欲に塗れた願いの末にある、懐かしく身に馴染む戦いだ。
吾が心を奮わせ、我が身を揮い我が刃を振って、他が世界を篩に掛ける。
この歌仙の思うところに、争うことの意義はない。美しい花は摘まれ散る。世に名立たるモノとして、千々に乱され時のあわいに儚く消えるのも、それはそれで風流だ。この刀身が在るか否かで世を震わせる。泡沫の煌きは、自身の一閃にも似てそれは素晴らしく美しいだろう。
いま薄明るいかげろうの手招きに抗うのは、今世で副産物として得られた肉と感情を謳歌すべしという衝動ゆえ。
慈しみ尽きることのない五感、重ねるほど深み増す想い、研ぐほどに冴える血肉!

歌仙兼定はその身を試している。
肉のからだは面白い。
人のこころは面白い。
脆弱で、しぶとくて、取るに足らず、あはれだ。
歌仙は今が好ましい。
どこまでこの快に耐えられるのか。どこまで己を謳えるか。
どこまで人と遊べるか。どれほど咲っていられるか。
歌仙兼定は、今日もその身を存分に試している。
4/8ページ