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神様だと思った。

このあたりの気候では珍しく、今日は朝から雪が降っていた。傘をさすほどでもない、服に届けば消えて終わるようなゆったりとした落ち方で、それでもたくさんの音を吸い消して、どこかいつもより静かな道を歩く。
平日の夕方だというのに人気が少ないのは、こんなに寒い日だからだろうか。駅からの10分ほどの道のりをとぼとぼ進む。濡れた色のアスファルトに、小さな白がまたひとひら落ちてすぐに消える。
(寒い)
マフラーを口元まで上げ直して目線を道の先に向ければ、何にもなかった中空に、ただの日常の風景の真ん中に、自分が踏み出すはずだった数歩先の空間に、パッと。
「っと、乱暴だな」
神様が現れた。

白い神様だった。雪の白さをしていた。目の前に降り立ったその姿は男の人の姿形で、それでも「神様だ」と分かるような見目をしていた。
自分の足元と地続きのアスファルトに神様の足が立つ。硬そうな下駄?を履いているのに音はしなかった。代わりにその首元と腰のあたりでしゃらりと金属の涼音が響く。
視線を上げればきんいろの、母が持っていた琥珀の指輪のような透き通った金色の、どこか烟る瞳がこちらを捉えていた。
思わず息を飲む。
白い神様だと思った。白すぎるほど白い神様だと感じた。けれど、よく見れば神様にもちゃんと肌色があり、きんいろがあり、服装もモノクロで濃淡が付いていて、きちんと質量をもっているようだった。
きれいな顔をしていた。どことなく女性にも見えるような、整い過ぎているほどのうつくしい顔だった。
髪の毛が、暗く暮れた道端に残る僅かな光を白く反射していた。
外国の、モデルさんかもしれない。
人ではない、なんて思うくらい美しくはあったけれど、日本で珍しいだけで別に有り得ない色合いではないと思いなおす。
どういった手品なのかは知らないけれど、この人は人間なのではないかとようやく頭が現実に戻ってくる。
彼は、自分の向かう数歩先に降り立ったままじっと留まっていた。こちらも足を動かせないまま、彼に向き合って突っ立ってしまっている。
こういうのって、自然に大きなリアクションをとれるようなものではないのだな、なんて頭の片隅でのんきに捉える思考は遠く、まだ真っ白に染められてしまった脳内の大部分は、目の前の人の情報処理を必死で終わらせているところだった。
「君」
神様が声を出した。
思ったよりも人間のような、思ったよりも普通の男の人のような、あたりまえに口を開いて下と唇を動かし喉を震わせて、ああ神様もおしゃべりするんだなんて思って。
「よかった、間に合ったな」
神様がこちらを見ていた。

ドンッ

突っ込んできた大きな鉄の塊は、自動車と呼ばれるこの時代の乗り物だった。速度を緩める様子もなくまっすぐに壁へその頭を打ち付けて、鶴丸の目の前にいた人間を轢き潰してくれた。
TLLLL
懐にしまいこんでいた端末が短く震える。すぐに応じれば、機械の中からひずんだような初期刀の声が聞こえた。
「ああ、終わったぞ。間違いない。まさか、これで生きてたら、それこそもう人間じゃあないはずだぜ」
安堵のため息の向こうで、やった、よかった、とはしゃぐ短刀たちの声が漏れてくる。鶴丸はへしゃげた鉄から煙が立ち始めるのを眺めながら、ああ、うん、と会話を続ける。
「わかったわかった、一応確かめはするが、すぐに帰還させてくれ。今なら件の人間以外にも見られていないしな、そうだ。うん。頼んだぞ」
P、と気軽な様子で端末を切ってかつこつと数歩進んだ鶴丸は、おもむろにしゃがみこんで割れてへこんだ壁と、半分ほどに潰れた自動車の間から飛び出ている人間の手のひらを握った。
力の入っていない指先に、雪がひらりと触れて、溶けるか迷うようにしている。
体温の失せ始めた手のひらから手首へ握りどころを動かして、脈が完全に途絶えていることを確認する。
「よーしよし、死んでるな」
無邪気に笑った鶴丸は、ぱっと立ちあがると数歩バックステップで移動する。
「これで歴史も元通りだ!」
とん、と軽く跳ね上がった身体がそのまま影も形もなく消える。ははは、と響いた軽い笑い声だけを、落ちかけていた六花が吸いこみ飛び散った赤に溶けた。



merry bad end
write2019/12/24
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