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本丸という空間を形作るのは、審神者の力だというのは本当なのだろうか。

「出目」
「蝶尾さん、どうしました」
では、審神者を二人据えられたこの本丸はどちらが空間を支えているのだろうか。出目と呼ばれた三十路ほどに見える男の横で、資材を運ぶ手伝いをしていた刀は思案する。
男を呼び止めた両手指ほどの年頃の少女ーー蝶尾は、膝を折った出目の耳元で何かを告げると、出目の頷きを確認してから身を翻して歩き去った。
出目と蝶尾。血もつながらない、年も性別も違うこの凸凹の二人が、この本丸に務める審神者その人共だ。
彼女の横に付いていた刀剣は、こちらに一瞥もくれることなくその後を静かに追いかける。
今、蝶尾についているのは出目の近侍だ。出目を手伝う間だけ、近侍を交換しているだけで。
男の刀は、かの近侍の如く機械的なものばかりに思える。いいや、本来ならばただの鉄塊である本性を、機械と例えるのもおかしな話だが。
一つの本丸ではあるが、生活域は区分けられていて余り行き合うこともない。近侍のあれとも、刀は言葉を交わしたことがない。
「  さん?」
出目はいつの間にか立ち上がり、資材を抱え直して刀を見つめていた。…いや、恐らく、見つめられていた。
出目の目元はいつも額に巻かれた手拭いの影にあり、誰も見たことがないという。謝りを入れて、歩を進める。
出目という審神者は物腰柔らかく、勤勉であることは知っていた。この本丸の基本運営は、そもそもこの出目がほぼ請け負っているのだ。
なのだから、刀は別に、出目を嫌っている訳ではない。戦の指揮も悪くなく、何くれと世話を焼いてくれるのはこの男だ。
翻って蝶尾も、要らぬ審神者と思っているわけはない。幼子にしては聞き分けよく、まだ戦に携わっているわけではないが、将としての気質は備えているようだと普段から感じ取れるし、刀に対する理解もある。
しかし、こと力の話となると、分からないことが多すぎた。
判別が、難しいのだ。
出目の力も蝶尾の力も、付喪としてそれぞれ違うと感じることは出来るのに、己や仲間がどちらの刀なのか、本丸がどちらを基礎として成り立つのかと視ようとすると区別がつかない。
共同運営とはそのようなものか、とこれまでは思っていたが、先日出た演練で、相手の男士から「それは違う」と指摘を受けた。
「引き継ぎにしろ、共同にしろ、己が誰の刀なのか分からないはずがない」
そう指摘する訝しさに歪んだ眼差し!思い出す度に、それは刀の喉をひりりと焼いた。
しかしやはり、どれだけ意識を凝らしても、二人の力の多寡が区切れない。
「  さん、どうかしましたか?やはりどこか具合でも…」
出目さん、と言葉を遮る。きょとん、としたのが雰囲気でわかったが、はい?と促す声は優しい。
悪い審神者ではない。嫌っているわけではない。
「一つ、質問が」
「はい、どうぞ」
「その…霊力、についてーー」
出目が、口元しか見えない表情を強ばらせた。
資材を支える手元から、何かが転がり落ちる。
刀はついそれを目で追う。転がったそれは。
白い、玉のようなそれは。

「  さん?」
ふと気が付くと、ずいぶん先に出目がいた。
刀ははっと慌てて歩を急がせる。
「大丈夫ですか?」
心配そうな男に問題ないと軽く謝罪し、この後の予定へ話をはぐらかす。
「ああ、この後なら、さっき蝶尾さんが演練に行く予定だと言っていましたよ」
そうか、と刀は頷いた。自分は連れて行ってもらえるだろうか。もうしばらく、演練には出ていないから。
「  さんも、ご希望ですか」
できれば、と告げれば、出られるといいですね。と出目が笑う。
優しい男なのだ。
刀は二人の審神者を、どちらもそれなりに気に入っている。どちらの力も、どちらの人格も、実に申し分ないものだ。


write2020/1/5
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