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雪の積もった夜だった。

しんしんと、しんしんと降り積もる少し水気の多い雪は、まだ新しい木の香が漂う本丸の中から音を吸い出すようにして、寝静まった辺りには縁側に踏み出す軋みすらも響くように目立った。
刀数の揃わないここでは、白い息を吐き両手を重ねさする私を咎める誰かもいない。
半分は暗く塗り潰されているのに、妙に明るい。雪の庭には、枯れ木の色すらない。白い。白い、白くて、冷たい。
「や、何をしてるのかと思えば」
「……つるまる」
庭石か、それとも庭木だっただろうか。こんもりと丸い山の裏から、白い顔がにょっきりと生えた。
「なに、してるの」
「それはこちらの台詞だな」
凍みるだろうに、雪に頬杖を突いてこちらを見眇める金色は、降り続く雪の向こうでちらちらと揺らぐようだ。
「俺たちよりも、自分を大切にしろといつも言っていただろう」
「……そうね」
そうだ。彼は、いつもふざけたようにしながらも、私のことばかり忠告をくれた。
「人の子は脆いからなあ、気をつけろよ」
酷くうっすらと、笑みととるかも迷う程に表情を緩め、彼はこちらを見つめていた。
脆いのは、あなた達でしょう。
私が呟いた声は雪に飲まれる。
脆いのは、あなた達よ。
何もかも消えてしまう。
何もかも後回しにされる。
物だなんて、思わせてくれない癖に。
雪の庭は白い。何もかもが白の下に消えている。踏み荒らされたあの子達の枯山水も、皆で水遊びをした小さな池も、鉄臭く赤茶けぬかるんだ地面も、皆で設計図を作った綺麗な花壇も、拾いきれずキラキラ光る刃の破片も。
白い、白い、冷たい、白い。
「驚いた、泣いてるのか」
いっとう白い、まぼろし。
「主」
ふさりと体を覆った布に、熱を感じた。
眠れないのか、と訊ねる声に頭を振る。部屋に、と手を引く身体は温かい。少し前には、指を吹き飛ばされていても私を護ろうと奮迅してくれた腕だ。僅かに、遺された私の熱だ。
「…冷たかった」
あの日、この庭先で、拾ったものは。
「冷たかった…!」
しんしんと、しんしんと、雪が降る。白い、白い、冷たいものが降り積もる。全て消えて、何もかも隠して、いつかは全部無くなってしまう。
触れることも出来ない、変わらないことは許されない。
真新しい障子が、まだ不慣れが見える近侍の手によって閉め切られた。


write2019/4/20
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