タイキ×ドーベル

「んー……」
 目が覚めてしまったのは、特別何かきっかけがあったわけではない。
 ぼんやりとした意識の中スマートフォンを探して、画面をつける。
 時刻は朝の五時半。
 仕掛けていたアラームよりも三十分近く早く起きてしまった。五月の日の出は早く、外はもうすっかり明るくなっている。
 起き上がることは、できない。
 お腹の辺りに感じる自分のものではない体温に、こっそりため息をつく。
(結局、一緒に寝ることになっちゃったな……)
 寝返りを打つこともできない。
 タイキがアタシのことを後ろから抱きしめて、気持ちよさそうな寝息を響かせている。
 布団をくっつけ仲睦まじく一緒に寝ることを、阻止できたと思っていた。旅館の豪華な夕食を食べて、今日のことを話しながらのんびりテレビを見て、さて寝ようと思ったその時。
『ドーベル! 今日は広いスペースで一緒に眠れマスネ!』
『確かに寮のベッドに比べたら窮屈じゃないよね』
『ノンノン! こうデスヨ!!』
『え』
 いい感じに開けたスペースが、一瞬にしてタイキによって縮められてしまった。アタシが最初に見たのはぴとりくっついていたけれど、これはやや衝突事故である。
『一緒にスリーピング!』
『え、あ、ちょっ』
 待ってというアタシのセリフを聞くことなく、タイキはアタシを布団の中へ引きずり込んだ。
『せっかく二人きりでトリップなんですカラ、一緒に寝ないなんてそうは問屋が卸さないデース』
『そんな言葉どこで……』 
 微妙に言葉の使い方も違う気がするとか、結局こうなってしまったことに対するもやもやとか、せっかく二人きりと言ってた辺りのタイキの言葉の雰囲気がいつもと違ってた気がするとか、色々な気持ちがごちゃごちゃに混ざり合う。
 結局アタシは抵抗という抵抗はできず、キャパシティオーバーによる気絶にも近い形で眠りについたのだった。
(タイキが強引な部分もあるのはわかってたつもりだったんだけど)
 わかっていても対処をできるかは、時と場合による。今回は負けてしまった、それだけ。
(今日の夕方には、もうトレセン学園に戻るんだ)
 朝日の差し込む窓際を見て、二人きりの時間が残り少なくなっていることを感じる。一泊二日なんて、やっぱりあっという間。学園に戻っても二人の時間は多いけれど、非日常から日常へと戻るのは、喪失感に似た何かを感じてしまう。
(アラームが鳴ったら、タイキを起こさなくちゃ)
 手持ち無沙汰だったアタシは、お腹の辺りにあったタイキの手に何となく自分の手を重ねた。


   ※   ※   ※


 アラームが鳴っても、やっぱりタイキはすやすやとよく眠っていた。もう起こしてしまってもいいからと体に力を入れて起き上がって、それでは起きなかったから声をかけながらゆさゆさと体を揺さぶって、それでようやくタイキは目を覚ました。
 それでもまだ寝ぼけ眼のタイキを洗面所に連れて行って、髪のセットを手伝ってあげて、タイキがしっかりと目を覚ましたのは。
「ワオ! クラムフェスティバル!」
 昨日取ってきた貝がふんだんに使われた料理を目にしてからだった。食卓にはハマグリやマテ貝の網焼き、ハマグリのお吸い物、アサリの炊き込みご飯に酒蒸しが並んでいる。
「「いただきます(マス)」」
 昨晩、取ってきた貝が夕ごはんには間に合わないことを知ってしょんぼりさせてしまったけれど、これで帳消しにできたかな。
 タイキは土鍋からアサリの炊き込みご飯をこんもりと盛って、もりもりと口いっぱいに頬張る。食べた瞬間目がまんまるに見開かれ、キラッキラになったから感想は聞くまでもない。
 アタシはお吸い物から。すっきりとした透き通った味が、寝起きの味覚を目覚めさせてくれる。
「ンンン〜!! どれもベリーデリシャス!! お箸がノンストップ!! 止められませーん!!」
「自分で取ったからかな。特別美味しいよね」
「イエース!!」
 アタシは朝からガッツリと食べられる方ではないのだけれど、思ったより箸が進んでしまう。
「ドーベルドーベル、これも美味しいデース」
 目の前に座ってたタイキが、満面の笑みでハマグリの網焼きをアタシの口元に差し出してくる。
「ま、待って! 自分で食べられるから!」
「あーん♪」
「…………ん」
 有無を言わせてくれない雰囲気。
 これはタイキの笑顔を奪いたくないからだと言い訳して、恥ずかしさを押し殺してタイキの箸からハマグリを貰う。
「デリシャス?」
「うん」
「アハッ♪」
 幸せそうに目尻を更に下げるタイキに、これって間接キスだとか、見られてるわけじゃないけど恥ずかしいとかいうことは、どうでもよくなってしまった。
 特別に美味しいご飯を朝から堪能して、チェックアウトまで時間はあるからと食休み。仰向けになってゴロゴロしているタイキのお腹は、少しぽっこりとしている。アタシもお腹は出ていないけど、たくさん詰まってる感じはあった。食べ過ぎちゃったかな。
「明日はドーベルのバースデーデスね」
「あ……、そういえば」
 旅行が楽しすぎて明日が自分の誕生日だなんて、すっかり頭から抜け落ちていた。
 明日は皆にいっぱいお祝いされるんだろうな。あまり目立つのはやめてほしいけど。
 寝転がっていたタイキがガバッと起き上がって、おでこがくっつきそうなくらい近づいてくる。
「このあとはズーでしたヨネ! お揃いのぬいぐるみ買いマショー! 一日早いバースデープレゼントデース!」
「ちょっと近いって!」
 タイキの言ったことを一旦保留にして、肩を掴んで距離を取った。押し返されると「ノォ〜……」とタイキは眉と耳を下げる。
「ドーベルぅ……、お揃いは嫌デスカ?」
「えっ。それは別に嫌じゃないよ。むしろ嬉しいというか……」
「嬉しいデスカ? ハッピー?」
「勿論! ただ、たくさん悩んじゃうかも。お揃いならどれがいいかなとか、お財布事情とか、どれならタイキも嬉しいかなとか」
 不安げなタイキの心配を拭うために、そんなことはないと言い切る。
 それと同時にアタシの不安も表に出してしまったけど、タイキは明るく朗らかな顔をしていた。
「たくさんシンキング、問題ナッシング! ワタシたちの大切なメモリーになるんデスカラ」
「……そっか」
 今度はアタシの不安が無くなっていく。
 タイキの全てを明るく照らしてくれる、太陽みたいな部分がアタシは大好きだ。


   ※   ※   ※


「ドーベル! カモーン!!」
 動物園の入り口で、早く早くとアタシを呼ぶ声。
 起きたときは旅行も今日で終わりかぁ、なんて考えちゃったけど、まだまだ楽しみは終わらない。
 帰るまで、全力で楽しまなくちゃ。
 ううん。帰ってもまた、時間の許す限りこうして思い出をたくさん作れる。
「タイキ、アタシ幸せだよ」
 唐突なことはわかってるけど、どうしても伝えたくなったその言葉。
「Me too」
 流暢な英語で返すタイキは、幸せで満たされているヒトが浮かべる優しい笑顔。
 晴れ渡る、雲一つない青空がアタシたちを祝福してくれているよう。
 幸せな時間は、まだ始まったばかり。
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