タイキ×ドーベル
かこーんと獅子威しの音がする。どこで鳴っているのか何となく耳を傾けるけれど、場所は特定できない。心を落ち着かせる風流な音に、お茶を点てるとある後輩の姿が浮かんだ。
「ヘイドーベル。お隣失礼シマース」
「うん」
全身を洗うのに悪戦苦闘していたタイキが、やっとこっちにやってきた。ザブザブと水面を揺らして、アタシのすぐ横に腰を下ろす。
潮干狩りで海水と砂まみれになったアタシたち。
海の家で落とせるところは落としてきたけれど、いざ服を脱いでみるとまだまだ砂は入り込んでいた。
潮干狩りのお客さんが宿泊にくることを想定しているらしいこの旅館は、別個にシャワールームがあってまずはそこで念入りに砂を落とす。大はしゃぎで潮干狩りをしていたタイキは、思っていたより砂の侵入を許していたようで、一足先にアタシが湯船へとやってきたのだった。
「あったかいデスネ〜」
温泉効果か、早速とろけてしまっている声。タイキは初心者ながら大漁の貝を持ち帰れるほど頑張っていたから、全身の疲労を溶かしてくれるようなこの温泉の魔力に逆らえるはずもない。アタシも使い慣れない筋肉をたくさん使ったせいか、温泉が気持ちよすぎてこのままお湯と一体化できそう。
「ずっと入ってたいかも」
「のぼせちゃいますヨ?」
「んー、そうだけど、気持ちよすぎて」
「ミートゥー」
タイキだって同じじゃない。
思っていたより力が抜けて、肩が触れ合う。普段ならびっくりするはずなのに、それすら心地よく感じるのはこれも温泉効果なのかな。
硫黄の香り。心地よい温度と、隣には大切な友だち。じわじわと体温が上がってきて、頬がだいぶ熱くなる。ゆっくりと流れる時間にもう少しだけ身を任せていたいけど、これ以上はタイキの言ったとおりのぼせてしまいそう。
「そろそろ髪と尻尾洗って出よっか」
「りょーかいデース。ドーベルゥ、洗ってクダサーイ」
「しょうがないなぁ。今日は特別だよ」
「イエー! アイムハッピー!」
最初の返事はまだ温泉から出たくないのかトロンとしてたのに、アタシが洗ってあげることを承諾した途端、シャキッと立ち上がってアタシの手を引いて急かしてくる。ころころと変わるタイキの嬉しさと楽しさがふんだんに含まれた仕草に、愛おしさすら感じてしまう。
「ババンバBangBangバーン♪」
「それ、お風呂中で歌うやつじゃない?」
「楽しければAll OK!」
「浮かれすぎて足滑らせないでよ?」
「ハーイ」
※ ※ ※
「まだぽかぽかシマース」
「暑くなくてちょうどいい感じ」
パタパタとスリッパの音を響かせながら、部屋に戻るまでの通路を歩く。今日の気温は平年より少し低めで、長湯ぎみだったけれどのぼせた感じはなく、湯上がり特有の心地よさに全身包まれていた。
「タイキ、さっきはありがとね」
「どういたしましてデース。ファンサービスはワタシの得意分野デスから!」
脱衣場で髪としっぽを乾かしてたら、アタシたちのファンだというヒトに声を掛けられてしまった。突然のことに上手く話せないアタシの間にタイキが割って入ってくれて、上手く対応してくれたおかげで大きな騒ぎには発展せず、無事部屋に戻ろうとすることができている。
(あのときのタイキ、ちょっとカッコ良かったな)
明るく気さくに対応していたタイキ。
ある程度対応を終え、諦めきれず遠目でこっちを見ているファンの視線に気がつくと、牽制するように「ビークワイエ」と、それほど大きくない、いつもよりほんの少し低めの声で発した。左目でウィンク、人差し指を立ててジェスチャーもセットにして。あれは、うん。可愛いというよりカッコイイ感じになってた。浴びたファンの子たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていったもん。
(普段とのギャップで、アタシもドキッとしたし……)
お風呂から上がったのに頬に熱が集まった感じがして、気が付かれませんようにと祈ってしまったのはタイキには秘密。
「アイムバーック!」
部屋に到着するとタイキはテレビへとまっしぐら。
アタシはケア用品をキャリーの中に戻そうと、寝室の方のふすまを開ける。
「っ!!」
大きな声を出しそうになるのを寸前で堪えた自分を褒めてあげたい。入る前にもう一度タイキの方を見て、注意が完全にテレビに向いてることを確認。それから音を立てないようにそっと中へ入り、ふすまを閉めた。
(な、何で布団、こんなにぴっちりくっついて……!!)
いくら何でも近すぎる。漫画とかでよくある、恋人同士が宿泊したときにイチャイチャのシーンに発展するアレそのままだ。漫画では素直にイチャイチャしたり、どっちかが慌てたりするテンプレシーンがあるのだれけど……って、こんなこと考えてる場合じゃない。
(タイキが気がつく前に離しておかなくちゃ)
これを見たタイキの反応は容易に想像がつく。見た瞬間テンションが一気に上がって、マシンガンのごとく言葉が飛び出し、それで一緒に寝ることになるのだ。その過程でアタシが墓穴掘ることもあるかも。
(一緒に寝るのは、まあ、たまにあるけど。でも非日常なこういうとこで一緒に寝るのは無理だって……)
寮で同じベッドで一緒に寝るときも、ひと悶着ありつつなのだ。旅先でくらい平和でありたい。
片方の布団の上に乗り、ずりずりと布団同士の距離を開けていく。少しよれてしまったので整えて、痕跡を消す。
「これでよし」
「ドーベル!! お茶淹れマシタ!!」
「うわあ!!」
スパーンと勢い良くふすまが開く音と、タイキの声が同時に響いた。
ドキドキドキ。心拍数が一気に上がって、耳の中まで鼓動が響いて聞こえる。口から心臓が飛び出してしまうかと思った。
「ドーベル? どうかしましたか?」
何もわかっていない、きょとんとした表情と目が合う。
「な、何でもない!! お茶ありがとね!!」
素早く立ち上がりタイキを回れ右させて、ついでに背中も押す。気が付かれちゃいけない。それは絶対にダメ。
収まることのない動悸を見てみぬふりして、アタシはタイキの淹れてくれたお茶を飲む。
味なんて全然わからなかったし、舌も火傷したのだった。
「ヘイドーベル。お隣失礼シマース」
「うん」
全身を洗うのに悪戦苦闘していたタイキが、やっとこっちにやってきた。ザブザブと水面を揺らして、アタシのすぐ横に腰を下ろす。
潮干狩りで海水と砂まみれになったアタシたち。
海の家で落とせるところは落としてきたけれど、いざ服を脱いでみるとまだまだ砂は入り込んでいた。
潮干狩りのお客さんが宿泊にくることを想定しているらしいこの旅館は、別個にシャワールームがあってまずはそこで念入りに砂を落とす。大はしゃぎで潮干狩りをしていたタイキは、思っていたより砂の侵入を許していたようで、一足先にアタシが湯船へとやってきたのだった。
「あったかいデスネ〜」
温泉効果か、早速とろけてしまっている声。タイキは初心者ながら大漁の貝を持ち帰れるほど頑張っていたから、全身の疲労を溶かしてくれるようなこの温泉の魔力に逆らえるはずもない。アタシも使い慣れない筋肉をたくさん使ったせいか、温泉が気持ちよすぎてこのままお湯と一体化できそう。
「ずっと入ってたいかも」
「のぼせちゃいますヨ?」
「んー、そうだけど、気持ちよすぎて」
「ミートゥー」
タイキだって同じじゃない。
思っていたより力が抜けて、肩が触れ合う。普段ならびっくりするはずなのに、それすら心地よく感じるのはこれも温泉効果なのかな。
硫黄の香り。心地よい温度と、隣には大切な友だち。じわじわと体温が上がってきて、頬がだいぶ熱くなる。ゆっくりと流れる時間にもう少しだけ身を任せていたいけど、これ以上はタイキの言ったとおりのぼせてしまいそう。
「そろそろ髪と尻尾洗って出よっか」
「りょーかいデース。ドーベルゥ、洗ってクダサーイ」
「しょうがないなぁ。今日は特別だよ」
「イエー! アイムハッピー!」
最初の返事はまだ温泉から出たくないのかトロンとしてたのに、アタシが洗ってあげることを承諾した途端、シャキッと立ち上がってアタシの手を引いて急かしてくる。ころころと変わるタイキの嬉しさと楽しさがふんだんに含まれた仕草に、愛おしさすら感じてしまう。
「ババンバBangBangバーン♪」
「それ、お風呂中で歌うやつじゃない?」
「楽しければAll OK!」
「浮かれすぎて足滑らせないでよ?」
「ハーイ」
※ ※ ※
「まだぽかぽかシマース」
「暑くなくてちょうどいい感じ」
パタパタとスリッパの音を響かせながら、部屋に戻るまでの通路を歩く。今日の気温は平年より少し低めで、長湯ぎみだったけれどのぼせた感じはなく、湯上がり特有の心地よさに全身包まれていた。
「タイキ、さっきはありがとね」
「どういたしましてデース。ファンサービスはワタシの得意分野デスから!」
脱衣場で髪としっぽを乾かしてたら、アタシたちのファンだというヒトに声を掛けられてしまった。突然のことに上手く話せないアタシの間にタイキが割って入ってくれて、上手く対応してくれたおかげで大きな騒ぎには発展せず、無事部屋に戻ろうとすることができている。
(あのときのタイキ、ちょっとカッコ良かったな)
明るく気さくに対応していたタイキ。
ある程度対応を終え、諦めきれず遠目でこっちを見ているファンの視線に気がつくと、牽制するように「ビークワイエ」と、それほど大きくない、いつもよりほんの少し低めの声で発した。左目でウィンク、人差し指を立ててジェスチャーもセットにして。あれは、うん。可愛いというよりカッコイイ感じになってた。浴びたファンの子たちは蜘蛛の子を散らすように逃げていったもん。
(普段とのギャップで、アタシもドキッとしたし……)
お風呂から上がったのに頬に熱が集まった感じがして、気が付かれませんようにと祈ってしまったのはタイキには秘密。
「アイムバーック!」
部屋に到着するとタイキはテレビへとまっしぐら。
アタシはケア用品をキャリーの中に戻そうと、寝室の方のふすまを開ける。
「っ!!」
大きな声を出しそうになるのを寸前で堪えた自分を褒めてあげたい。入る前にもう一度タイキの方を見て、注意が完全にテレビに向いてることを確認。それから音を立てないようにそっと中へ入り、ふすまを閉めた。
(な、何で布団、こんなにぴっちりくっついて……!!)
いくら何でも近すぎる。漫画とかでよくある、恋人同士が宿泊したときにイチャイチャのシーンに発展するアレそのままだ。漫画では素直にイチャイチャしたり、どっちかが慌てたりするテンプレシーンがあるのだれけど……って、こんなこと考えてる場合じゃない。
(タイキが気がつく前に離しておかなくちゃ)
これを見たタイキの反応は容易に想像がつく。見た瞬間テンションが一気に上がって、マシンガンのごとく言葉が飛び出し、それで一緒に寝ることになるのだ。その過程でアタシが墓穴掘ることもあるかも。
(一緒に寝るのは、まあ、たまにあるけど。でも非日常なこういうとこで一緒に寝るのは無理だって……)
寮で同じベッドで一緒に寝るときも、ひと悶着ありつつなのだ。旅先でくらい平和でありたい。
片方の布団の上に乗り、ずりずりと布団同士の距離を開けていく。少しよれてしまったので整えて、痕跡を消す。
「これでよし」
「ドーベル!! お茶淹れマシタ!!」
「うわあ!!」
スパーンと勢い良くふすまが開く音と、タイキの声が同時に響いた。
ドキドキドキ。心拍数が一気に上がって、耳の中まで鼓動が響いて聞こえる。口から心臓が飛び出してしまうかと思った。
「ドーベル? どうかしましたか?」
何もわかっていない、きょとんとした表情と目が合う。
「な、何でもない!! お茶ありがとね!!」
素早く立ち上がりタイキを回れ右させて、ついでに背中も押す。気が付かれちゃいけない。それは絶対にダメ。
収まることのない動悸を見てみぬふりして、アタシはタイキの淹れてくれたお茶を飲む。
味なんて全然わからなかったし、舌も火傷したのだった。