タイキ×ドーベル
「タイキ、窓から外見て」
「ワオ……! マウントフジ……!!」
窓側に座っているタイキが、トレセン学園から見るものより大きくはっきりと見える富士山に興奮しているのを見て、アタシはホッとした。
これも目的の一つ。
タイキは新幹線での移動のときは窓側には座らないと、タイキのトレーナーから聞いたことがあった。理由を尋ねれば、窓側は小さな子どもに譲って外の景色を見せてあげているのだとか。妹たちがたくさんいるタイキらしい理由に和んだのは、それなりに前のこと。だからアタシといるときくらいは、こうやって窓の外の景色を見せてあげたかった。
『タイキの席は窓側ね』
『リアリィ? ドーベル、乗り物酔いとか大丈夫デスか?』
なんてやり取りを新幹線の駅に向かう電車の中でしたけれど、タイキは自分が窓側に座る理由がないと首を傾げていた。サプライズ感を出したかったから理由は伏せたままにして、無事成功した作戦。タイキのキラキラとした表情が、アタシの心を満たしてくれる。
あと少し乗っていれば降りる駅に到着だろう。そこからはバスに乗って旅館に向かって、荷物を預けてから本日の目的地に行く。
【まもなく静岡に到着します】
聞こえるアナウンスに荷物と駅弁の空などをまとめて、少し慌ただしくアタシたちはホームへと降り立った。
※ ※ ※
「海デース!」
目の前に広がる青い海に、麦わら帽子を被ったタイキのテンションは最高潮。首から下げた、防水用のポーチに入れたスマホを操作して、パシャパシャと何枚も景色を収めている。トレセン学園の近くには海がないから、アタシも鼻をくすぐる海の香りに気分が高揚していた。
ゴールデンウィークということもありヒトがそれなりにいるけれど、顔を隠すために大きな麦わら帽子を選んだから問題はあまりないと思う。
「ドーベル、これから何をするんデスカ? 海開きはまだデスヨネ? 濡れてもいい服に着替えましたケド」
タイキは半袖シャツの上にチェックのシャツを羽織って、下はだいぶ短いショートパンツという格好。アタシもオーバーサイズのシャツにゆったりとしたショートパンツのコーデ。足元は二人とも長靴だ。
「道具、借りに行こっか」
「道具?」
タイキには今日なにをするかを伝えていない。行き先が静岡であることだけ伝えて、プランは当日のお楽しみ。
海の家に予約していた道具を取りに行く。店員さんが男の人で少し緊張したけど、どうにかなった。
「バケツ、軍手……ムム、これは?」
「それは熊手だよ」
「ベアーハンド? これで何をするんデスカ?」
「あはは、漢字はそう書くね。今借りた道具は全部、潮干狩りに使うんだよ」
「シオヒガリ……?」
きょとんと首をかしげる姿は予想通り。これは教え甲斐がありそう。
タイキの手を引いて海岸に戻る。
「ほら、みんな屈んで熊手で砂を掘ってるでしょ? ああやって砂の中に埋まってるアサリとかハマグリとか、貝を探して取るんだよ」
「オゥ! フィッシングのことだったんデスネ! でもファミリー全員でエクスカーションのために貝を取るのは、アメリカではしないデース」
「タイキに日本らしい行楽を楽しんでもらいたくて。取った貝は旅館で料理してもらえるから」
「それではたくさんディディングしなくてはデスネ! ドーベル! 早く早く! 競争デース!!」
「もう、闇雲に掘っても見つからないよ」
アタシを置いて駆け出したタイキの後ろを、ゆっくりと追いかける。海に縁のない場所に住んでたタイキには、どこを掘れば貝が取れるかなんてわからないだろう。かく言うアタシも、潮干狩りなんて弟や妹が産まれる前に一度だけ連れて行ってもらったことがあるだけで、コツなんてほとんど覚えていない。
タイキに追いつくと既に波打ち際で熊手で砂を掘っていて、その手つきはかなりパワフル。
「待って。あまり乱暴にやると貝が割れちゃうから」
「オゥ! どれくらい掘ればいいデスカ?」
「アサリはね、波打ち際の浅い場所にいるんだって。小さな穴が空いてるところを見つけて、そこを十センチくらい」
「ふむふむ」
潮干狩りのために調べて頭に入れておいた情報を伝える。今はスマホで気軽に調べられる世の中で本当によかった。
タイキは屈んだまま地面を凝視して、ちょっとずつ歩を進める。手分けしたほうがいいのだろうけど、一人になるのは不安だし何よりタイキが寂しがるから、それはナシ。
「ドーベル! 穴デスヨ!」
「じゃあ掘ってみよっか。十センチくらい掘って、見つからなかったら少し移動してまた掘って」
「OK!」
しゃりしゃりと熊手を振るう音を聞きながら、アタシもほんの少しだけ離れた場所で掘ってみる。少し掘って前に進むタイキの背中を見ながら、ほんのちょっと離れた場所を熊手で探る。真剣に掘ってるから自然と会話が無くなるけれど、アタシはタイキの顔をたまに盗み見れるだけで満足。
「ん?」
カツンと何かが引っかかる感触。石だったらアレだけど、もしかして。
「タイキ、ちょっとここ掘ってみてくれる?」
「ここデスカ?」
「そう」
じりじりと座ったままこちらに寄ってきて、アタシが指差した場所に熊手を差し込む。二回、三回掘りすすめると、姿を現したのは待望のもの。
「ドーベル!! これ!!」
「やった! たぶんアサリだよ!」
「イエーイ!!」
タイキがこちらに手のひらを向けてくるので、慣れないけれどお返しにパンっと軍手越しに手のひらを合わせ行った。
「オゥ!?」
「へっ!?」
どうやら体勢が不安定だったのがいけなかったらしい。ぐらりと体が後ろへ。ぱちゃんと音を立てて、ショートパンツにじんわりと海水が侵入してお尻が冷たくなっていく。
「ごめん! 大丈夫!?」
「オフコース! ヒップがちょっと濡れたくらいデース」
「アタシも冷たいや」
「……アハハ!」
「あはっ」
何がおかしいわけでもないけど、何だか笑えてきちゃった。しばらくの間タイキはアハハと、アタシはクスクスとお互いの顔を見て笑い合う。
「ふふっ。一カ所から見つかると集まってるんだって。続き掘ろっか」
「イエース! たくさんゲットして、帰ったらすぐにお風呂デスネ!」
「だね」
それからアタシたちは濡れることも気にせず、夢中で貝を掘って、大漁の成果を手に旅館に戻るのだった。
「ワオ……! マウントフジ……!!」
窓側に座っているタイキが、トレセン学園から見るものより大きくはっきりと見える富士山に興奮しているのを見て、アタシはホッとした。
これも目的の一つ。
タイキは新幹線での移動のときは窓側には座らないと、タイキのトレーナーから聞いたことがあった。理由を尋ねれば、窓側は小さな子どもに譲って外の景色を見せてあげているのだとか。妹たちがたくさんいるタイキらしい理由に和んだのは、それなりに前のこと。だからアタシといるときくらいは、こうやって窓の外の景色を見せてあげたかった。
『タイキの席は窓側ね』
『リアリィ? ドーベル、乗り物酔いとか大丈夫デスか?』
なんてやり取りを新幹線の駅に向かう電車の中でしたけれど、タイキは自分が窓側に座る理由がないと首を傾げていた。サプライズ感を出したかったから理由は伏せたままにして、無事成功した作戦。タイキのキラキラとした表情が、アタシの心を満たしてくれる。
あと少し乗っていれば降りる駅に到着だろう。そこからはバスに乗って旅館に向かって、荷物を預けてから本日の目的地に行く。
【まもなく静岡に到着します】
聞こえるアナウンスに荷物と駅弁の空などをまとめて、少し慌ただしくアタシたちはホームへと降り立った。
※ ※ ※
「海デース!」
目の前に広がる青い海に、麦わら帽子を被ったタイキのテンションは最高潮。首から下げた、防水用のポーチに入れたスマホを操作して、パシャパシャと何枚も景色を収めている。トレセン学園の近くには海がないから、アタシも鼻をくすぐる海の香りに気分が高揚していた。
ゴールデンウィークということもありヒトがそれなりにいるけれど、顔を隠すために大きな麦わら帽子を選んだから問題はあまりないと思う。
「ドーベル、これから何をするんデスカ? 海開きはまだデスヨネ? 濡れてもいい服に着替えましたケド」
タイキは半袖シャツの上にチェックのシャツを羽織って、下はだいぶ短いショートパンツという格好。アタシもオーバーサイズのシャツにゆったりとしたショートパンツのコーデ。足元は二人とも長靴だ。
「道具、借りに行こっか」
「道具?」
タイキには今日なにをするかを伝えていない。行き先が静岡であることだけ伝えて、プランは当日のお楽しみ。
海の家に予約していた道具を取りに行く。店員さんが男の人で少し緊張したけど、どうにかなった。
「バケツ、軍手……ムム、これは?」
「それは熊手だよ」
「ベアーハンド? これで何をするんデスカ?」
「あはは、漢字はそう書くね。今借りた道具は全部、潮干狩りに使うんだよ」
「シオヒガリ……?」
きょとんと首をかしげる姿は予想通り。これは教え甲斐がありそう。
タイキの手を引いて海岸に戻る。
「ほら、みんな屈んで熊手で砂を掘ってるでしょ? ああやって砂の中に埋まってるアサリとかハマグリとか、貝を探して取るんだよ」
「オゥ! フィッシングのことだったんデスネ! でもファミリー全員でエクスカーションのために貝を取るのは、アメリカではしないデース」
「タイキに日本らしい行楽を楽しんでもらいたくて。取った貝は旅館で料理してもらえるから」
「それではたくさんディディングしなくてはデスネ! ドーベル! 早く早く! 競争デース!!」
「もう、闇雲に掘っても見つからないよ」
アタシを置いて駆け出したタイキの後ろを、ゆっくりと追いかける。海に縁のない場所に住んでたタイキには、どこを掘れば貝が取れるかなんてわからないだろう。かく言うアタシも、潮干狩りなんて弟や妹が産まれる前に一度だけ連れて行ってもらったことがあるだけで、コツなんてほとんど覚えていない。
タイキに追いつくと既に波打ち際で熊手で砂を掘っていて、その手つきはかなりパワフル。
「待って。あまり乱暴にやると貝が割れちゃうから」
「オゥ! どれくらい掘ればいいデスカ?」
「アサリはね、波打ち際の浅い場所にいるんだって。小さな穴が空いてるところを見つけて、そこを十センチくらい」
「ふむふむ」
潮干狩りのために調べて頭に入れておいた情報を伝える。今はスマホで気軽に調べられる世の中で本当によかった。
タイキは屈んだまま地面を凝視して、ちょっとずつ歩を進める。手分けしたほうがいいのだろうけど、一人になるのは不安だし何よりタイキが寂しがるから、それはナシ。
「ドーベル! 穴デスヨ!」
「じゃあ掘ってみよっか。十センチくらい掘って、見つからなかったら少し移動してまた掘って」
「OK!」
しゃりしゃりと熊手を振るう音を聞きながら、アタシもほんの少しだけ離れた場所で掘ってみる。少し掘って前に進むタイキの背中を見ながら、ほんのちょっと離れた場所を熊手で探る。真剣に掘ってるから自然と会話が無くなるけれど、アタシはタイキの顔をたまに盗み見れるだけで満足。
「ん?」
カツンと何かが引っかかる感触。石だったらアレだけど、もしかして。
「タイキ、ちょっとここ掘ってみてくれる?」
「ここデスカ?」
「そう」
じりじりと座ったままこちらに寄ってきて、アタシが指差した場所に熊手を差し込む。二回、三回掘りすすめると、姿を現したのは待望のもの。
「ドーベル!! これ!!」
「やった! たぶんアサリだよ!」
「イエーイ!!」
タイキがこちらに手のひらを向けてくるので、慣れないけれどお返しにパンっと軍手越しに手のひらを合わせ行った。
「オゥ!?」
「へっ!?」
どうやら体勢が不安定だったのがいけなかったらしい。ぐらりと体が後ろへ。ぱちゃんと音を立てて、ショートパンツにじんわりと海水が侵入してお尻が冷たくなっていく。
「ごめん! 大丈夫!?」
「オフコース! ヒップがちょっと濡れたくらいデース」
「アタシも冷たいや」
「……アハハ!」
「あはっ」
何がおかしいわけでもないけど、何だか笑えてきちゃった。しばらくの間タイキはアハハと、アタシはクスクスとお互いの顔を見て笑い合う。
「ふふっ。一カ所から見つかると集まってるんだって。続き掘ろっか」
「イエース! たくさんゲットして、帰ったらすぐにお風呂デスネ!」
「だね」
それからアタシたちは濡れることも気にせず、夢中で貝を掘って、大漁の成果を手に旅館に戻るのだった。