※ジェンティルドンナに姉がいるという、現時点ではねつ造の設定を使用しています。


　両親に外国の耐久性のある新しいトレーニング機材の発表会があるからと連れられてきたその会場で、ヴィルシーナさんとヴィブロスさんの姉妹を見つけた。真ん中の妹さんは……どうやら不在のようだ。
　彼女たちの父親は有名な選手なので、そのツテといったところか。
　彼女たちの父親と、あれは有名企業の取締役だ。
　まあ気軽に声をかける間柄でもないからと、この場を去ろうとしたときに聞こえてきてしまった。
「娘さんをうちの息子と会わせてやりたいですねえ！　うちの息子、ヴィルシーナさんの大ファンでして」
「あはは！　うちの娘を応援してくださって大変ありがたいですね！」
「ええ。息子さんにもよろしくお伝えください」
「ははっ！　それで今度うちの会社でパーティがありまして、よければヴィルシーナさんたちにゲストとして参加していただきたく……」
　随分とわかり易いナンパですこと。
　ヴィブロスさんもそれをわかっているのか、パーティという場所が好きなはずの彼女が戸惑いの表情を浮かべている。
　ああいう手練はしつこく付きまとうことが多い。ヴィルシーナさんたちの父親であれば慣れているとは思うので、上手く躱すとは思うけれど、しかし、ああ、気に入らない。
　気がつけば私は、ヴィルシーナさんに直接声を掛けようとする不躾な方との間に割って入っていた。
「失礼。見慣れた方をお見かけしたものですから、お声がけしようと思いまして」
「貴方はジェンティルドンナさん！　ああなんて幸運だ！　今、ヴィルシーナさんたちをうちのパーティにどうかとお誘いしてまして、よろしければジェンティルドンナさんもいかがですか？」
「申し訳ありませんがそのお話は両親を通してくださいませんか？　まあ、私はヴィルシーナさんたちとトレーニング合宿の予定がありますので、しばらくは無理だと思いますが」
「え……ジェンティルさん？」
　そんなの初耳だとこちらを見るヴィルシーナさんと、何かを察したヴィブロスさん。妹さんの方が鋭いなんて、姉としてどうなのかしら。でも、そんなことはいい。
「そーなんですよお。ジェンティルさんにどうかって誘われててー」
「……え、ええ。申し訳ありませんが、しばらくスケジュールに空きがなくて、申し訳ありませんがパーティのお誘いはお断りさせていただく可能性が高いかと」
　ヴィブロスさんが乗ってきたことにより、ヴィルシーナさんもようやく準じた。
「ねえねえパパー。私疲れちゃったから、お姉ちゃんとジェンティルさんと休んできていいー？」
「いいよ。行っておいで」
「わあい！　お姉ちゃん、ジェンティルさん、行こ行こー！」
　天真爛漫なヴィブロスさんに手を引かれて、騒がしい場所から遠ざかっていく。
　会場からそれなりに離れた場所に着くとヴィブロスさんは「この近くに超映えなスウィーツがあるカフェがあるから、私はそっちに行くね！　お姉ちゃんはこっちの静かな喫茶店でジェンティルさんお願い♡」と言って別行動になった。
　ヴィブロスさんはどこまでお見通しなのかしら。ヴィルシーナさんも少しは見習ってほしいものですわ。
「えっと……、入りましょうか」
「ええ」
　ヴィブロスさんが連れてきてくれたその場所に入る。
　たおやかな旋律を奏でるクラシックが場を満たし、たまにコーヒー豆を挽く音が聞こえてくる。
　会話の声も本当に細やかな空間で、年相応の若者が好むようなカフェとは一線を画している。
「ヴィルシーナさん、注文はお決まりでして？」
「はい」
　店員の方に声をかけて、それぞれ気になったコーヒーの銘柄を注文する。
「いいお店ね」
「ヴィブロスがこんなお店も知っていたなんて。普段は可愛いスイーツがあるカフェにばかり興味を示すので、意外でした」
「いつも一緒のお姉さんでも知らないことがありますのね？」
「そうですね。こうやって私の知らないことを増やしていくのかしら」
　少し寂しそうな表情を浮かべるヴィルシーナさん。本当にお二人は特別仲がよろしいこと。
「私も姉には内緒にしていることがあります。妹なんてそんなものですわ」
「そう」
　ヴィブロスさんが自分の手を離れていくことでも想像しているのか、ヴィルシーナさんは何か感慨に耽っている。
　そうしているうちに注文していたコーヒーが届いて、私はミルクを一垂らし、ヴィルシーナさんはミルクと角砂糖を三つ入れた。
「あら、可愛らしいお砂糖の量ですわね？」
「砂糖無しで、飲めないわけではないんです。昔からヴィブロスとシェアしてきたので、ついヴィブロスでも飲める量を入れてしまって」
「そういうことでしたの」
　先程も感じたばかりの感情が胸に湧く。本当に仲が良くて、微笑ましい。
　コーヒーを口にして音楽に耳を傾けていると、ヴィルシーナさんが何かを思い出したように口を開いた。
「あの、さっきのことなんですけど」
「なんでしょう？」
「私たち、別にトレーニング合宿の約束なんてしてなかったですよね？　少々しつこい方だったので、助かりましたけれど……」
「本当に、鈍いお方。妹さんを見習ってはいかが？」
「なっ、何なんですか。いきなりヴィブロスを見習えって」
「……はぁ。今日は私の気分も良いので特別です。教えて差し上げましょう。耳、お借りしますわ」
「えっ？」
　この気持ちが万が一周囲に聞こえては良くない。
　立ち上がり、正面に座っていたヴィルシーナさんの耳に口元を寄せて、彼女にしか聞こえない僅かな声で、想いをそっと音に乗せる。
「貴方が他の誰かに言い寄られる姿が不快だったからです。貴方を好きにしてもいいのは妹さんと……私だけですわ」
「……っ！？」
　ヴィルシーナさんは叫ばないようにか口元をパッと抑えて、目を丸くし、頬を少々赤らめながらこっちを見てくる。
　そんなヴィルシーナさんの表情をお茶請け代わりにして、私は甘くないコーヒーを口にし、クラシックに耳を傾けるのだった。