「今日は一段と騒がしいな……」
「ええ、本当に」
　エイプリルフールに浮かれたヒトたちが、ざわざわと空気を騒がしているのが気に入らないのか、オルフェさんの耳が少し絞られている。
　私としても浮かれている暇があったら、少しでもトレーニングに時間を充ててはどうかと思う。
　静かな場所に移動しながら、オルフェさんがふと口を開く。
「貴様はエイプリルフールを嗜んだことはあるのか？」
「私から吐いたことはありませんわ。幼い頃に家族に巻き込まれたことはありますが」
　楽しい嘘を吐いてくれた懐かしい記憶が蘇る。あれはとてもよかった。すぐに嘘だとわかったけれど、その内容がとてもユーモアに溢れていて涙が出るまで笑った。
「オルフェさんはありませんの？」
「家のものが余を楽しませようと、毎年様々な催しを開いたな」
「お気に召したものはありまして？」
「イースターと掛け合わせてきたものはよかった。イースターエッグを探したのだが、そのなかに本物のダチョウの卵があってな」
「あら」
　オルフェさんの家も中々に楽しそうだったらしい。
　人気の少ない芝の上、私は持ってきた最新のスポーツ学の本を開く。今日はどこのトレーニングルームも浮ついた空気に満ちていて、研鑽を積むには耳障りなものが多すぎた。
　オルフェさんも最初は本を読んでいたけれど、どうやら微睡みに身を委ねることにしたらしい。
　本をアイマスク代わりに顔に伏せて、芝の上に体を預けていた。
「……ジェンティル」
「何か？」
「膝を貸せ」
「……はい？」
　あのオルフェさんが、私に膝を貸せという。
（おねだり？　あのオルフェさんが？）
　命令形での言い方ではあるが、私相手にリクエストをしてくるというのが不思議でたまらない。
　脳裏に浮かぶのは、今日という日がエイプリルフールであるということ。
　顔にかぶせてある本を奪うと、オルフェさんはふっと笑った。
「いい顔をしているな、ジェンティル」
「なんの事でしょう？　オルフェさんにエイプリルフールを楽しむお心が残ってるとは思いませんでしたけども」
「余は臣下たちの様に瑣末な行事で浮かれたりはせん」
「……つまり？」
「本当にしても良いということだ」
　これは、嘘か真か。
　精査しているとオルフェさんが私の手から本を奪い取り、遠慮など一切なしに膝に頭を乗せてくる。
「寝物語を語る許可をくれてやろう」
「随分と手のかかる王様ですこと」
　浮ついた空気は、僅かに私たちにも感染してしまったようだ。
　普段とは違う空気に蝕まれる感覚にくすぐったさを覚えながらも、私は寝物語代わりに過去に家族がしてくれたエイプリルフールをオルフェさんに語るのだった。