「オルフェさん、オルフェさん」
「誰だ……余の眠りを妨げるのは……」
　聞き慣れた気がする声に揺り起こされ、仕方なく目を開けた。
　すると視界に入ったのは、視界を遮るものと、その隙間から顔を覗かせるジェンティルだ。
「……何故」
　視界を遮っていたのはジェンティルの走るには邪魔になりそうな胸部だった。そして芝の上に寝転がっていたはずだが、いつの間にか余の頭はジェンティルの膝の上にあった。
「お見かけしたときには夕方でしたので。ぐっすりでしたわよ？」
「ああ……、最近は煩わしいことばかりでな」
　余の気持ちを荒立てる出来事が続いていた。勝ち切れず煮え切らない。その焦燥が胸を焦がし、集中を欠き、ここ最近はあまり眠れていない。
　今日のトレーニングは休むようにトレーナーに言われ、芝の上で空を見上げていた。芝の香りを感じていたことが良かったのか、どうやら寝落ちていたらしい。
「熱発で出走取消だなんてつまらないこと、許せませんので」
「……ああ」
「お節介は承知で、膝を貸してブランケットをかけさせていただきました」
「……そうか」
　まさかジェンティルに他人にかまける心があったとはな。
　いや、違う。
「私と戦うまでの間に醜態を晒し続けることは許さない」といったところか。
　歯応えのない相手と戦うことを嫌う故の行動だ。
「手間をかけた。ああ、随分と長い間眠っていたようだな」
　時計を見ると寮の食事時間は過ぎており、寮長が用意した細やかな食事しか望めないだろう。
「ジェンティル、余はこれから行きつけの店に食事に行く。膝を借りた礼だ、ついて来るといい」
「そうですわね。誰か様のおかげで夕食を逃してしまいましたし、ご相伴に預からせていただきます」
「きっと貴様が気に入るメニューもあるだろう。味の保証はする」
「あら、楽しみですわ」
　食事をともにする栄誉を、余を楽しませることができる好敵手へ。
　雰囲気の良い店で二人きりで語り合うのも、また一興だ。
「家のものに車を手配させた。いくぞ」
　エスコートをするため手を差し出せば、ジェンティルはそれに習い手を添えてくる。
　貴婦人をエスコートする栄誉を、甘んじて余は受け入れよう。