試供品でもらったエナジードリンク。今までそれとは無縁な生活を送ってきたんだけれど、パパのプロレス団体のスポンサーさんと偶然出会って、よかったらどうぞと好意を受け取った。
「んー、制限体重はクリアしてるし一本……？　でもパパは大人になってから飲みなさいって言ってたし……」
　けれどスポンサーさんも未成年が飲めないものは渡さないはずだ。好意は無下に扱ってはいけないよと言ったのも、これまたパパ。
「ヘイエル！　缶ジュースを持って難しい顔してどうしました？」
「あ、タイキ先輩。パパのスポンサーさんから、貰ったんデス。缶ジュースじゃなくて、エナジードリンク」
「エナジードリンク……！！　とっても元気になりそうな名前デスネ！！」
「そうらしいのデス。でもほら、ここ」
　缶に書かれた注意書きをタイキ先輩に見せる。フムフムと声に出しながら読む先輩。
「ワタシたちは制限があるのデスネ？　でも体重は問題ナッシングでは？」
「そのとおりなのデスが、パパが大人の飲み物だって言ってたのでどうしようかなって」
「それならワタシとはんぶんこしませんカ？　メディスンもチャイルドははんぶんこデース」
「なるほど……！　それなら大丈夫かもデス！　さすがタイキ先輩！！」
「それほどでもデース」
　タイキ先輩がカップを持ってきてくれたので二人で分け合う。姿を現したのは紫色の、故郷のお菓子を思い出させる色をした液体。
「「カンパーイ！」」
　口に含むとシュワシュワとした味と、ちょっと何だか薬っぽいような、なんとも言えない甘さが口の中に広がっていく。
「スウィート！」
「んー、甘くて何だか目が冴えてきましたデース！」
「そうなんデスカ？　ワタシは特に何も……」
「走りだしたい気分デース！　タイキ先輩、併走お願い出来ませんか！？」
「オフコース！　お付き合いシマース！」
　全部一気に飲み干して、使ったコップをきちんと洗って戻してから、タイキ先輩と外へ駆け出した。


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　タイキ先輩と併走してこれでもかってくらいいっぱい走った。ダートに芝、逃げ先行差しとか色んな走り方もした。
　そしたらいっぱいお腹が空いて、いつもよりたくさんご飯を食べて、お風呂に入り、なんと宿題まで終らせて明日の予習なんかまでしてしまった。
「今日のエルはやる気に満ち溢れていますね？」
「そうなんデェス！！　まだまだやりたりませーん！！」
「ふふっ。もう少しだけ頑張りましょうか」
「クラーロ！！」
　アタシのやる気に答えてくれたグラスが、今までわからないままになっていたところの復習に付き合ってくれて、グラスの教え方が上手なおかげでだいぶ理解が進んだ。
　唐突に、グラスがふあっと小さくあくびを一つ。
「グラス、眠たい？」
「いえ、まだ大丈夫ですよ」
　そんな風に言うけど、時計の針は夜の十一時半を指している。そろそろ寝なくちゃ明日に響くかも。
「グラスのおかげでたくさん勉強できました！　だから今日はもう終わりにしましょう！」
「エルがそういうなら」
　ちょうどキリのいいところまで終わってたから、グラスを寝かせてあげなくちゃとノートを鞄に放り込んだ。
　それからおやすみって挨拶をしてベッドに横になった。
　なったんだけれども。
（全ッ然眠たくないデェス……）
　普段ならベッドに入ればすぐ眠れるのに、眠気は一向にやってこない。
　たくさん体と頭を使って疲れているはずなのに、おかしい。まだまだ足りない。遊びたい。体を動かしたい。
　落ち着かなくてベッドの上でゴロリゴロリ。
（ん〜！！　ダメ！！　全ッ然ダメ！！）
　何故こんなにも体を動かしたいんだろう。おかしい。どうにかなっちゃいそう。
　ムズムズ。ウズウズ。ソワソワ。
　こうなったら仕方ない。
　パッションが抑えきれない。興奮して止まらない。
　ガバッと起き上がって、眠ってるグラスのところに行く。
「グラス！！　起きて下さーい！！　夜はまだこれからデェス！！　プロレスに付き合ってください！！」
　ゆさゆさとグラスの揺すってお願い。
　興奮に支配された頭では、正常な判断もグラスの機微にも気が付かなくて。
「エル……？」
「ヒッ！！」
　怒りを隠すことのない、冷たさと熱さを兼ね備えたグラスの声に、ようやくアタシはとんでもないことをしてしまったと冷静になった。頭から氷水を被ったようなことに近い感覚。
「エル、そこに正座してください」
「は、ハイ！！」
　逆らうことを許されない声に、背筋をピンと伸ばして座る。
「今、何時かわかってますよね？　そもそも寝るように促したのは貴方では？」
「そ、そのとおりデェス……」
　グラスの言うとおり。まごうことなき事実。アタシが寝るように言ったのに。
「エルが非常識なヒトだとは、思いませんでした」
「うぅ……興奮して冷静じゃなかったんデス……」
「何をそんなに興奮することがあったんですか？」
「えっと……たぶん、エナジードリンクのせい……」
「エナジードリンク」
　パパのスポンサーさんにもらったこと、タイキ先輩とはんぶんこにして飲んだことを一言一句間違いなく伝える。
　するとグラスは小さくため息を一つ溢した。
「エルは特別カフェインが効きやすいんでしょうね」
「カフェイン……？」
　グラスの声や表情から圧が消えていく。それにしてもカフェインって何。
「とりあえずエルは、成人するまではエナジードリンクは禁止です。あとカフェインの効能については、明日補習を行いますから時間、空けておいてくださいね？」
「ス……スィ……」
「それでは、おやすみなさい」
　グラスがベッドに戻っていく。
（え、アタシは結局どうすれば？）
　次の日の朝、寝坊して大変なことになったのは語るまでもないでしょう。