「夜桜見物をしませんか？」
「ケ？」
　突然グラスが言い出したことに、アタシは首を傾げた。夜桜見物、つまりお花見。お花見といえば外でのレジャーで、しかし今はもう門限を過ぎていて外には出ることは出来ないから、それってつまりどういうこと？
　アタシのことを置いといて、グラスはいそいそとお茶の準備を始める。事前に買ってあったのか、たんぽぽの練りきりも用意して、なんとアタシの分の辛いポテチもあった。
「わざわざ買っておいたのデスか？」
　ポテチをグラスが用意してくれたお皿に開けながら聞くと、にこにこと楽しそうな笑顔がこちらに向けられる。
「ええ。一度やってみたかったんです。普段は体重が気になりますから夜食はいけませんけど、今日は無礼講です」
「ぶれいこー」
「ほら、窓際に行きますよ」
「うん」
　時計とかを退かして、お菓子とグラスの入れてくれたお茶を置く。もう寝るかと思って閉めてしまった窓をグラスが開けると、ふわりと春の匂いが部屋の中に入ってきた。
　そして、夜桜見物と言ったグラスの言葉を理解する。
「あ、そっか。ここからなら桜が見えますね！」
　学園に咲く桜が街灯に照らされて、淡く光って見えた。きちんと狙ってライトアップされたものと比べてしまったら流石に見劣りしてしまうだろうけど、子どものアタシたちが大人な気分を楽しむには十分だ。
「明るいうちに見る桜もキレイデスけど、夜に見る桜もオツデスね！」
「風流ですね〜」
　グラスが淹れてくれたあたたかい緑茶をすすりながら、夜桜を眺める。もしアタシたちが大人になったらこの緑茶はお酒に変わるのかな、なんて思いながら。
「桜を見ると卒業シーズンだなーって感じます」
「ここらへんはそうですね〜。でも昔は入学式の時期に咲いていたそうですよ」
「ケェ！？　地球温暖化はシーズンクラッシャーデェス」
「そのうち二月に咲くものになってしまいそうです」
「えぇ……そんなに地球がホットになるの嫌デス」
　春が早まるということはそれだけ地球があったまって、しかも夏まで暑くなっちゃうんじゃないか。それはちょっと、いや、かなり困る。
「あれ？　でもスペちゃんが入学してきた頃は桜が咲いてたような……」
「あの年は特別季節の移ろいがゆっくりだったかと」
「そうでしたっけ……？」
　あれ、ちょっと記憶が曖昧。でもまあグラスのことを信じましょう。グラスがスペちゃん絡みで嘘言うはずないですし。
「いつか、アタシたちがこの学園を卒業することになったら、外で夜桜見物がしたいデスね」
「そうですね。スペちゃんやキングちゃん、セイちゃんやツルちゃんを誘って皆で」
「皆で賑やかなのもいいデスけど、グラスと二人きりでゆっくりもしたいデス」
「あら。エルなら賑やかな方がいいと思ってました」
「二人で静かなのも、風流、でしょ？」
「……あらあら。これは一本取られてしまいましたね」
　グラスの声が嬉しそうに弾んでいて、これは喜んでくれているんだなってわかった。
　グラスにはまだ言えないけど、夜桜の下のグラスはきっと絵になるだろうから、独り占めしたいなって思ってしまったのだ。まだ言えないけど。内緒の気持ち。
　今は部屋から夜桜を眺めるグラスのにこやかな顔を独り占めできる幸せを、アタシは静かにお茶をすすりながら噛みしめるのだった。