※クラス替えや席替えについて、公式ではない設定で書いております。
公式設定はどうなってるんですか。


　年に何回かある席替え。高等部に上がるまでクラス替えは基本的に行われないこの学園で、席替えは盛り上がるイベントの一つだったりする。
「明日は席替えデスね！」
　エルもこのイベントを楽しみにしてるひとり。だいぶ興奮しているようで、ふんすふんすと鼻が鳴りそうないきおいだ。
「グラスは楽しみじゃないんデスか？　なんかいつもどーり」
「あら、これでも楽しみにしてるんですよ？」
「んむむ、わからないデス。さすが大和撫子」
　ぐっと距離を詰めて、エルは私の表情を読み取ろうとしてくる。
　エルみたいにわかりやすくはないけれど、これでも明日の席替えは私も楽しみにしているのだ。仲良しの誰かと隣になりたい気持ちだったり、今まであまり話したことのないクラスメイトと話せたりするかしらと考えたり。
「今回も後ろ側の席を引けるといいのデスが」
「居眠りをしたいからですか？　駄目ですよ、勉学を疎かにしては」
「うぐっ」
　まったくエルったら。少しは勤勉になってほしいものです。
　席替えは、視力が悪い子が前に移動したいとか、よっぽど背の高い子が前方にならない限りは、くじ引きで決まる。そのためエルとかセイちゃんとか、授業に対して少しだけ後ろ向きな子はみんな後方を引きたがるのだ。夏場だとエアコンに近い席がいいとか、そう言った事情も込み入ってくる。
「グラスはどこの席がいいとかないのデスか？」
「私は特別そういうものは」
　どんな環境でも実力を発揮出来てこそ、私が理想とするもの。環境が適していないから、なんて言い訳は自分にはしない。
「エル、そろそろ寝ないと明日寝坊しちゃいますよ？」
「はーい。おやすみデース」
「おやすみなさい」
　時計の針が就寝時刻を指していたから、まだ話したそうにしていたエルに声をかける。
　明日は一体どうなるのだろう。


　　　※　　　※　　　※


　教室に行くとそわそわとした雰囲気を感じた。聞こえてくる会話の中心は、やはり今日の朝に行われる席替えのこと。
「グラスちゃん、エルちゃん、おはよー」
「スペちゃん、おはようございます」
「グッモーニン！　スペちゃん！」
　スペちゃんが珍しく私たちよりも先に教室にいた。いつもは同じくらいか少しあとに入ってくるのに。
「今日は早いですね？」
「うん！　席替えが楽しみでそわそわしちゃって」
「あらあら、スペちゃんもですか。エルも昨日はいつもより遅くまで起きてたんですよ？　楽しみで眠れませんって」
「グラスぅ！　それは言わないオヤクソクデェス！」
「そうでしたっけ？」
「もー！」
　特に約束した覚えはないし、エルの反応からして話して揶揄っても大丈夫なことだ。ぷんぷんとわざとらしく怒って見せてくるから間違いない。
　少し話していると予鈴が鳴って、先生が教室に入ってきた。
「今日は昨日話したとおり席替えです。呼ばれたヒトから並んで引いていってください」
　先生が黒板に座席と番号を書いていく。それからひとりひとり呼び出されて、私は最後の方に。呼ぶ順番も先生がランダムに決めるというルールがあるらしい。
　最後の方の余り物。日本のことわざを思い出す。
（この余り物にはどんな福があるのかしら）
　今現在の席に戻り、全員が引き終わるのを待つ。
「それではくじを開封して、席を移動してください」
　教室に響く、紙を開くカサカサとした音。
　開いた紙に書かれた番号は、私の席が窓際の一番後ろであることを教えてくれた。
　前や隣は誰だろう。ドキドキとしながら机ごと移動すると、私の方にエルが近づいてくる。
「グラス！　一番いい席を引き当てましたね！　おひさまポカポカ、季節の風がそよそよデェス！」
「……ふふっ、そうですね〜。当たりです」
　どんな環境でも勉学に一生懸命に取り組むことには変わりないけれど、季節の移ろいを感じやすい窓際はエルの言うとおりいい席だ。
「どうやらエルも当たりみたいデス」
「そうなんですか？」
「イエース！　なんてったって、グラスの隣デスから！」
　ニヤリ笑みを決めたエルは、私の隣に机を置いて席についた。
「寮でも同じ部屋なのに、当たりなんですか？」
「クラーロ！　グラスの側は一番落ち着くので！」
「あらあら」
　思いがけない褒め言葉をもらってしまって、上手く言葉が出てこない。そんな風に言ってもらえるなんて、どうやら余り物にはたくさんの福があったみたいだ。
（できればエルが隣ならいいなって思ったけど、エルも同じだなんて）
　この思い、伝えてあげようか、どうしようか。
　それはまた次の席替えのときに考えよう。
　今はこの幸福を静かに噛みしめていたいから。