（ドーベル先輩とキスしたいデス！！）
　ドーベル先輩とめでたくお付き合いをすることになって、グラスやタイキ先輩に色々と相談しながらも手探りでデートとか二人きりの時間を少ないながらも重ねてきた。
　整った顔立ちのクールなドーベル先輩。そんな先輩の慌てたりした顔は特別キュートで、そんなギャップを味わったりしていたら、かわいいかわいいと胸がきゅんきゅんして、いつの間にか抱くようになったキスをしたいという欲。
　しかし恥ずかしい。とても恥ずかしい。
　さらに二人きりになる時間は少ないからチャンスも少なく、ムードを作るとなってもそのムードの作り方なんて全ッ然わからない。
（こればっかりはグラスやタイキ先輩に相談するわけにはいかないし……）
　色々と相談することへのハードルはあるのだけれど、キスしたいという相談を二人にしていたことがバレたら、ドーベル先輩に口を聞いてもらえなくなるかもしれないのだ。
　うんうん頭を悩ませながら歩いていると、ドーベル先輩がトレーニングしているのが見えた。
（トレーニングしてるときのかっこいいドーベル先輩も、またキュンってします）
　色んなドーベル先輩を見るたびにアタシの胸は高鳴ってしまう。
　まさにドーベル先輩にゾッコンラヴ。
　こんなに特別に大好きなヒトになるなんて、思ってなかった。
　しばらくトレーニング風景をぼんやりと眺めていると、気のせいでしょうか、ドーベル先輩の顔が青くなったような。
「って、たぶん気のせいじゃないデェス！！」
　ドーベル先輩のトレーナーさんが先輩のことを止めようとしてるのが見えて、アタシは練習コースに飛び込んだ。
「ドーベル先輩！！」
「きゃっ！」
　急いでドーベル先輩の元に駆け寄って、ふわりと抱き上げる。先輩が小さな悲鳴を上げたけど気にしない。
「エル！　そのままドーベルのこと保健室につれてって！」
「了解デース！！」
「ちょっとエル離して！」
「聞けませーん！！」
　恥ずかしいのか先輩が暴れそうになるけど、アタシは持ち前の筋力でガッチリ横抱きホールドして保健室まで全力で駆けた。
　保健の先生に見てもらうとドーベル先輩は軽めの貧血だと診断されて、そのままベッドに寝てもらうことになった。
「先輩、あとでタイキ先輩が迎えにきてくれますデス」
「別に一人でも帰れるんだけど……」
「ドーベル先輩のトレーナーさんが『大事なレースの前だから、無理しないでね』だそうデス」
「……心配性なんだから」
「エルも先輩のこと心配デス。少し食欲なくて、ちょっとだけ寝不足だって言ってたじゃありませんか」
「それはたまたまだから。でも、心配させてごめん」
「……ちゃんと休んでくれたら許してあげますデスよ」
「わかった。タイキが来るまで少し寝てみるから、来たら起こして」
「スィ」
　少し前のドーベル先輩なら「起こして」だなんて甘えてくれなかっただろう。関係が進展してるんだなって感じて、嬉しくなってしまった。
　ドーベル先輩が瞼を閉じる。
　そういえばドーベル先輩の寝顔って、初めて見るかも。
　瞳を閉じている姿は美しくて、まるで物語に出てくるお姫様みたいだって思ってしまった。
（キスしたいデス）
　体調不良で眠ろうとしているドーベル先輩に対して、なんてことを考えてしまっているのだ、アタシは。
　不謹慎。心頭滅却すれば火もまた涼し。煩悩滅殺。悪霊退散。大きな音を立てることは出来ないから、そっと自分の腕をつねる。
「……寝てる姿も綺麗だなんて、反則デス」
　これくらい、口にしたっていいだろう。
　ドーベル先輩のことはたくさん褒めたいけど、恥ずかしがって、やり過ぎると逃げられてしまうから、あまり言えてない。
　ぴくり、ドーベル先輩の耳が反応する。
　もしかして。そう思ったらドーベル先輩が布団で顔を半分くらい隠してしまった。
「アー……起きてました？」
「あまりそういうこと、言わないで」
「寝てると思ってたので」
　恥ずかしがってるドーベル先輩を見たら、今回はなんだかこっちも恥ずかしくなってしまった。ほっぺたがちょっと熱い。寝てると思って口にしたことを聞かれてたのは、流石にアタシも恥ずかしい。
（ちょっと褒めただけなのにこんなに恥ずかしがってる先輩が、もしキスしたいなんて言ったらどうなっちゃうのかな）
　これはまだまだキスしたいなんて言えないなぁって、心の中でため息を吐くのだった。