朝目が覚めて、お布団の中でぼんやりむにゃむにゃ。お布団から出たら刺すような寒さに襲われることを知ってるから、出たくない。もう既に顔が冷たい。
（出たくない……でも出ないと暖房入れられない……）
　グラスが先に起きてくれるかなと期待するけど、昨日はアタシが寝る前に宿題をしていたし、望みは薄い。
　それに今日はグラスの誕生日だ。誕生日の主役に寒さを味わわせるのは気が引ける。
　気合を入れて掛け布団を剥いで起き上がった。
「うぅ……さむさむ……」
　足元はあったかスリッパのおかげで守られたけれど、体は一気に寒さに襲われた。それでも布団には戻らずに、暖房のスイッチを入れてマスクを持って顔を洗いに行く。
「ぴゃっ」
　蛇口を捻って出てきた水の冷たさに思わず声がもれる。キンキンに手を冷たくして、バシャバシャと顔を洗って同じように冷たくなる。ふんわりとしたタオルで顔を包めば、ほんの少し寒いのがマシになった気がした。
　十分に顔から水分をふき取って、さあマスクを付けようとしてピタリと手が止まる。
（素顔のアタシで……）
　セイちゃんに言われたことが頭を過ぎったのだ。一日素顔のアタシでグラスをお祝いしてはと言われたことが。
（一日、マスク無しで……）
　素顔のアタシでお祝いをするということは、どこに行くにも大事なマスクがないということで、皆にアタシの素顔を見られっぱなしになるということ。
　──本当のアタシを。
（むっ、無理……！！　グラスの前だけならいいけど、皆に見られて注目されるのは無理……！！）
　グラスにはとても気を許してるから、素のアタシを見せてあげてもいいし、素のアタシでお祝いしてあげたい。素のアタシを多少なりとも見られてるので、あんまり恥ずかしくないのもあるけど。
　でも、大衆に素のアタシを晒すのは、まだハードルが高い。エベレスト並みに高い。
（だけど、グラスは家族みたいなものだから……）
　どうして朝からこんなに悩まなくちゃいけないのか。これも全部セイちゃんのせいだ。
　悩んで、悩んで、アタシはマスクをギュッと握ってグラスのとこに戻る。
　グラスのベッドに近づいて、顔を覗き込む。まだすやすやと気持ちよさそうに寝てる。そういえば同室になったばかりのときは、グラスはアタシの気配で目を覚ましちゃってたから、眠っていられるくらいには気を許してるのかな。それとも油断してる？
　勇気が宿るように、深呼吸。何度か繰り返して、マスクを握ってる手に力を入れる。
「……グラス、ハッピーバースデー」
　起こしてしまうのは忍びないから、ううん、起きたら恥ずかしいから小さな声で、グラスのことを祝福する。
　今はこれで許してほしい。
　いつかはちゃんと素のアタシでお祝いするから。
　起きたらいっぱいいーっぱい祝福するから、それで許してね。
「生まれてきてくれて、ありがとう」
　これからも、エルとたくさん走ってください。