今年の年末は私もスペちゃんも帰省の予定は無くて、他のクラスメイトはみんな規制してしまった。
「ふぅ……」
　せっかくだからとスペちゃんと一緒にランニングに行った。いつもはそれぞれルームメイトだったり、スペちゃんはチームメイトの子たちと行くから、こうして一緒に走るのは珍しい方。
「いっぱい走ったねー！」
「はい。気持ちがいいです」
　スペちゃんの無邪気な笑顔。
　私は私で大好きなヒトと思う存分走れて、とても晴れやかな気持ちだ。それに思うまま気の向くままに走るなんて、時間のある冬休みのちょっとしたときでなければ出来ない。
　ぐぅ〜と、隣からとても元気なお腹の虫さんの鳴き声が聞こえる。
「いっぱい走ったらお腹空いちゃった」
「私もです。そろそろ寮に戻りましょうか」
　空は綺麗な夕焼け。オレンジ色が鮮やかだ。
　スペちゃんとの二人の時間もここでおしまい。私たちは寮が違うから、私はエルのいない、少しだけさみしさの感じる部屋に戻らなくてはいけない。一日目は良かったけれど、いつもいるヒトがいないというのは、やっぱりさみしいものだった。
「あっ、待ってグラスちゃん！」
「はい？　どうしたんですか、スペちゃん」
　先に行こうとしたらグッとスペちゃんに腕を掴まれた。腕を掴む力はいつもよりこもっている気がする。
「グラスちゃん一人でしょ？　その、年越しに一人は寂しいんじゃないかなって。スズカさんもね、今日はエアグルーヴさんのところにお呼ばれしてるみたいでね、私も一人になっちゃうから、その、グラスちゃんも一人だし、お泊り会したいなーって」
「まあ……！」
　なんて嬉しいお誘い。今日は大晦日で、一人で年を越すとばかり思っていたから、これは思わぬサプライズ。
「スペちゃん、とても嬉しいです。お泊り会、是非したいです。どちらの部屋にしますか？」
「えーっと、えへへ、決めてなかった……。じゃんけんで決める？」
「いいですよ、受けて立ちます」
　じゃーんけんと掛け声。
　そしてその結果。
「おじゃましまーす」
　私の部屋にスペちゃんが来ることになった。直前のことだったけれどヒシアマ先輩もフジ先輩も快く許可してくださった。
　夕食だけはそれぞれの量で済ませてきて、お風呂はこちらで。
　お風呂だから当然スペちゃんは普段編み込んでいる髪を解いていて、その姿をあまり見たことがないから新鮮。
「スペちゃん、お背中お流しします」
「ありがとー！　私が終わったら交代ね！」
「はーい」
　スポンジにボディーソープをつけて、スペちゃんの肌の上に滑らせる。雪国育ち故なのか、服に隠されたスペちゃんの肌は白く透き通っている。
　前はスペちゃんにやってもらって、次は髪。手のひらの上でシャンプーをしっかりと泡立てて、スペちゃんの髪に触れていく。
「気持ちいいべ〜」
「ふふっ、お痒いところはありませんか〜？」
「大丈夫だよ〜」
　蕩けた声のスペちゃん。リラックスしてくれているのが伝わってくる。
「それではシャンプーを流しますから、耳、塞いでいてくださいね」
「はーい」
　スペちゃんは私に安心して身を任せてくれている。その姿に嬉しすぎて顔がニヤついてしまいそう。
「それじゃあ次はグラスちゃんの番ね！」
「お願いします」
　交代に私が椅子に座る。スペちゃんの手がゆっくりとした手つきで、私の肌を傷つけないようにと背中を擦ってくれている。
「ふふっ」
「どうしたの？」
「いえ、ほんの少しだけくすぐったくて」
「……このままくすぐっちゃおうかな？」
「あら、どうぞ？」
「……やっぱりやめとく」
「うふふ」
　深めた私の笑顔に何かを感じたのか、スペちゃんは出したイタズラ心を引っ込めた。前は勿論、自分でやらせてもらう。スポンジを私に渡すとスペちゃんは、早々にシャンプーを手の上で泡立てる。
「あのー、私の髪は長いですから、下の方は自分でやりますよ？」
「ううん！　私だってグラスちゃんの髪、最後までやりたいもん！」
「そういうことなら、お願いします」
　私が前の方を洗っている間に、スペちゃんは下の方から私の髪を洗い始めた。私が体を洗うのに合わせてスペちゃんの手は上の方へ。体を洗い終わるとスペちゃんの手は頭の上に到達する。
「グラスちゃん、痒いところはない？」
「大丈夫です。スペちゃん、洗うの上手ですね？」
「えへへ、よくお母ちゃんと洗っこしてたんだー」
「なるほど〜」
　優しく頭皮を刺激してくれるスペちゃんの手。とても気持ちよくて、なんだか眠たくなってしまいそう。こうして誰かに髪を洗ってもらうのは本当に久しぶりだ。
「それじゃあ流すね」
　耳に水が入らないようにスペちゃんはシャワーを当ててくれて、それがまた気持ちよくてうとうとしてくる。
　お風呂から上がった頃には私はすっかり眠気に包まれてしまっていた。
「グラスちゃん眠そうだね？」
「うふふ、スペちゃんの洗い方が上手だからですよ〜」
「そんなに上手かったかなー？」
「スペちゃんにこんな才能があったなんて、驚きです」
「えへへー」
　部屋についてスペちゃんが髪の乾かし合いとか、しっぽのお手入れとかをお互いにしたいと言ってくれたけど、それはお断りさせてもらった。本当に眠たくて、やってもらってるうちに眠ってしまいそうだったから。
「さてと、髪としっぽも乾かし終わりましたし、何をしましょうか？　花札ならありますよ？」
「んー、遊びたかったけどいいかなーって」
「スペちゃん？」
「グラスちゃん眠たそうだし、今日はもう寝ちゃおう？　それで明日の朝またランニング行こうよ！　実はね、朝日が出る前に外に出てもいいって許可もらったんだ！　初日の出見に行きたいな、二人きりで」
「……まあ！」
　二人きりで。
　その言葉に心踊り、眠気がほんの少しだけ覚めた。
「学園の中でも見られるけど、他のみんながいるでしょ？　他に誰もいないところで、グラスちゃんと二人きりで見たいって思ったんだ」
「スペちゃん……！」
　えへへ、と照れくさそうに頬をかくスペちゃん。
　どうしよう。嬉しすぎて、喜びを程よく隠すなんて出来なくて、きっと今、すごくニコニコしちゃってる。
「それと、今日はおんなじベッドで寝たいなーって。せっかくの年越しだし、少しでも近くにいたいな」
「……はい！」
　こんなお願い、断れるはずがない。私の返事を聞くとスペちゃんは顔を赤くしながらも、大輪の花が咲いたように笑った。
「スペちゃん、狭くありませんか？」
「大丈夫だよ」
　私が少し小さめでスペちゃんが普通とはいえ、一人用のベッドだから二人で入るには少し手狭。自然と体は密着する。
「グラスちゃん、来年もよろしくね」
「はい、スペちゃん。来年も一緒に駆け抜けましょうね」
　来年も、そのまた次の年も、ずっとずっとスペちゃんとこんなふうに過ごせますように。
　ベッドが狭いせいに出来るからと、私はもっとスペちゃんにくっついて瞳を閉じた。