しとしとと雨が降っている。本来であれば今日はグラスちゃん主催の野点会だった。グラスちゃんがこの日をどれだけ楽しみにしていたかは、よく知ってる。私もお買い物に付き合ったから。
（グラスちゃん、落ち込んでたりしないかな……）
　メッセージでのやり取りだけだから、グラスちゃんの心がわからない。本当は残念そうな声だったんじゃないのかなとか、今頃一人の部屋でしょんぼりしてるんじゃないのかなって。
「……よし」
　クッションを抱きしめてベッドでごろごろとしてたけど、決めた。栗東寮と美浦寮の行き来は門限内なら自由だし、歩く距離だって大したことない。
　お母ちゃんから貰ったお気に入りの傘を差して、美浦寮まで少しの距離を歩く。
「こんにちはー」
　寮の入り口で挨拶してヒシアマゾン先輩に声をかけてから、グラスちゃんのお部屋に。扉をノックすると「はい」といつも通りのグラスちゃんの声がした。
「あら、スペちゃん」
「えへへ、来ちゃった。お邪魔しても大丈夫かな？」
「ええ、構いませんよ。どうぞ」
「失礼しまーす……あ」
　中に入ると、テーブルの上に今日のためのお茶の道具が置いてあるのがすぐ目に入った。私の声にグラスちゃんがほんの少しだけ困ったように笑った。
「せっかく用意していたのですが」
「仕方ないよ。まさか朝からゲリラ豪雨だなんて誰も思わないもん」
　最近の天気はおかしいね、なんて話ながら座布団の上に座る。
「ねえ、グラスちゃん。今日はお部屋の中でお茶会しようよ。ここを茶室に見立てて……なんて」
「ここを茶室に……。成る程、スペちゃん、名案です」
「寮の子たち呼ぶ？」
「いえ。お茶菓子は寮の皆で分けてしまって、もう二つしか残ってないのでスペちゃんと二人で」
「うん！」
　善は急げと言わんばかりの手さばきで、グラスちゃんはあっという間にお部屋をちょっとしたお茶のお部屋にしてしまう。さっきまで寮の部屋だったのに、ちょっとした茶室みたいな空気に早変わり。
　お湯や道具を用意して、グラスちゃんがとても綺麗な所作でお茶を点てていく。
（茶道のことはよくわからないけど、グラスちゃんがお茶を点ててくれる姿が綺麗だってことはわかるなぁ……）
　きっとこれも茶道の大事なことなのかな。あとでグラスちゃんに聞いてみよう。
「どうぞ」
「ありがとう」
　深い緑色のお茶が目の前に。詳しいお作法がわからない私はぺこりと一礼だけをして、お抹茶をくぴりと一口。
「んんﾞっ……結構なお手前で」
「スペちゃん、無理はしなくて大丈夫ですよ？　お菓子をどうぞ」
「うん、ありがとう」
　苦いお抹茶には少しずつ慣れ始めたけど、まだまだ眉間にものすごく皺が寄っちゃう。でもグラスちゃんが好きなことだから、私も味わえるようになりたいって思っちゃう。
　小さな練切りを竹の匙で一口。小さな一口でも十分な甘みが口の中に広がった。
「美味しー。あまーい」
「ふふっ。気に入ってくれたみたいですね」
「うん！　グラスちゃんが用意してくれるお茶菓子は、全部大好きだよ！」
　何を食べても美味しくて、ついつい食べすぎてしまってはグラスちゃんに諌められちゃったりもするっけ。今日は二つしかないから大丈夫だけど。
　グラスちゃんが自分の分のお茶も点て終わって目の前に座ったから、お話タイム。
「グラスちゃんがお茶を入れてる姿、綺麗だなーって」
「どうしたんですか、突然」
「前から思ってたんだけどね、今日は二人きりだからかな？　ゆっくりグラスちゃんを見てられたから」
「まあ、ありがとうございます」
「それでね、着物とか着てたらまた違うのかなって」
　着物を着たグラスちゃんを見る機会って、あるようであまりない。カルタ大会はグラスちゃんは殿堂入りとかで出られなくなってたし、駿大祭だって私たちはまだ代表に選ばれたことはない。夏祭りも動きやすさ重視で私服で行くことが多くて、たまたま知った近所のお祭りで浴衣になったことがあるかなって感じ。
「あの、それって、スペちゃんが私の着物姿を見たい……ということでよろしいのですか？」
「うん！　そう！」
「まあ……！」
　グラスちゃんのほっぺたちょっとだけ赤くて、耳がぺたんとしてる。照れてるのかな。どうしたんだろう。
「あの、次の野点はスペちゃんのリクエストにお答えして、着物を着てみようかと思います」
「ほんと！？」
「はい。それに、スペちゃんが望んでくれるのなら、私はいつだってスペちゃんの好きなお洋服を着ますから」
「わぁー！！　ありがと！！　グラスちゃん！！」
　嬉しくなってグラスちゃんの両手をぎゅっと握る。嬉しくて自分でも凄くにこにこしちゃってるのがわかる。
「楽しみだなぁ……！　早く次にならないかなぁ……！」
「ふふっ、スペちゃんったら」
　私はグラスちゃんの着物姿が見られるということにものすごく喜んじゃって、グラスちゃんが「いつでも私の好きな服を着てくれる」といった部分に気がつくのは、もう少しあとのことになるのだった。