なんてことでしょう。
　夏休みを楽しんで、楽しんで、楽しんで。
　本日は最終日。エルエルの机の上には半分残った宿題のドリル。
「……嘘デース。こんなの嘘デース！！」
「嘘も何もないでしょう？　だから毎日コツコツやりましょうって言ったじゃないですか」
　膝突き、腕を突いて、オーマイガッ。そんなエルエル仕方ない子と言った母親目線で見てくるグラス。
　いえ、アタシだって前半はコツコツ頑張ってたんデスよ？
　でも、半分くらい終わったら合宿が始まって、夏のビッグイベントも次々と。
「ほらエル、半分なら頑張れば今日中に終わりますよ」
「ぐ、グラァス……写させて──「駄目です」「ノオオオオオオオオ！！！！！！」
　グラスってば笑顔で問答無用のシャットアウト。今目の前でシャッターが閉まりました。知ってましたけど。わかってましたけども。
　エルの心はレイニーデー。でも宿題を提出しないわけにはいかない。先生に怒られるのはウルティモバッド。
　得意科目と苦手科目どっちも半分ずつ終わらせてあっただけよし。シャーペンをカチカチカチと鳴らすと、コトンと冷たい麦茶が隣に置かれた。
「わからないところはヒントくらいならあげますから」
「グラァス……！！」
　神は、いえ、グラスは見放してはいませんでした。
　グラスは聞けば解き方のヒントを教えてくれたり、教科書のここを見た方がいいと教えてくれたり、時々お茶を注いでくれたり。それはそれはナイスなアシストをしてくれました。
　終わらないと思っていた宿題はスムーズに片付いていって、空がオレンジとネイビーの狭間がキレイなグラデーションを描いた頃、ゴールに辿り着いた。
「フィナーレ！！　終わった！！　完走デース！！」
「お疲れ様でした」
「グラスもずっと付き合ってくれて、ありがとデース！！　グラシアス！！」
　解放された喜びをぶつけるように、グラスにハグ。去年もやった気がする。なんだろう、デジャヴ。
「全くもう。去年と一緒ですね」
「あ、やっぱり？　この流れやった気がしました」
「……来年こそはちゃんとしてくださいね？」
「肝に命じますデス！」
　びしっと敬礼。
　来年こそはグラスに頼らず、宿題を自分の力だけで終わらせなくてはいけません。そう、来年こそは。リベンジマッチデス。
「あ」
「エル？　まさか忘れてたものでも？」
「違います違います。あ、ある意味違わないかも」
「？」
「最後まで付き合ってくれたグラスにお礼しなくちゃって。何でも良いデスよ！　並走でも、お昼のおかずを一品ちょうだいでも！　あ、お金が沢山かかることは困ります」
「何でも……」
　アタシの提案にグラスは、うーんと頬に指を当てて考え始める。視線は明後日の方向に。
「……決めました」
　ぱちり、視線が再び合う。
「何デスか？」
「今度の日曜日、蹄鉄を一緒に見に行きましょうか。エル、調子が良くないと言ってたでしょう？」
「え。それがグラスのお願い？」
「はい。一緒にお出かけがしたいです」
　グラスなら無茶ぶりはしてこないとわかっていたけど、何だか拍子抜け。お出かけするだけでいいのって。
　考えてたことが伝わったのか、グラスはクスリと小さく笑った。
「エルと二人きりで過ごせる時間を大切にしたいんですよ」
「ケ……ッ！？」
　一拍遅れて、グラスの言葉を理解する。
　胸にあふれる愛しい気持ち。頬はカーッと熱くなる。
「エル、そろそろお夕飯ですよ」
　グラスは平静そのもの。いつも通り。
　でもアタシは。
「ちょ、ちょっとだけ待ってください」
　グラス、ずるいデス。
　このままで出ていったらセイちゃん辺りに揶揄われること請け合いだから、先に行こうとするグラスを呼び止めて、アタシはしばらくグラスの肩に額を乗せていた。