祭り囃子が遠くに聞こえる。
　このヒトが人だかりを歩くとすぐにファンに囲まれるから、早々に古びた神社の方へと避難してきたのだ。
　休憩スペースとして使わせていただくお礼の気持ちを込めて、二人でお賽銭を賽銭箱に入れてご挨拶。
「まさか、日本の祭りに連れ出してくれるとは思ってなかったよ」
　すぐに人だかりを作る原因。月夜に照らされる金色の髪の美しいウマ娘は、上機嫌といった様子で口元が綺麗に弧を描いてた。
「ブロワイエ、前に言ってたでしょ。日本のお祭りに興味あるって」
「覚えていてくれたんだね。嬉しいな。しかもこんなに美しい浴衣まで用意してくれて」
　声まで弾ませて、ここまで素直に上機嫌のブロワイエは珍しいかも。浴衣はグラスにお願いしてブロワイエに似合いそうなものを一緒に選んでもらったやつだけど、ぴったりだ。涼し気な色とそれに似合う差し色が、ブロワイエの元々持ってる美しさを引き立ててる。
　まあ、ブロワイエは欧米人らしくメリハリのあるボディだから、浴衣を着せるのにグラスがちょっと大変そうだったけど。グラスに何かお土産でも買っていってあげなくちゃ。
「あ、かき氷が溶けちゃう。早く食べましょー！」
「ああ」
　アタシが選んだのは真っ赤な色のいちごシロップがかかった、イチゴ味のかき氷。
　ブロワイエが選んだのはなんとブルーハワイ。これは、ちょっと意外だった。色味はなんだかブロワイエの勝負服みたいで似合うなって思ったけど。

『ブロワイエ！　かき氷デスよ！　かき氷！！　ニッポンの夏、お祭りには欠かせない大事なコンパネーロデース！！』
『こっちのグラニテに似てるけど、何が違うの？』
『えーっとデスネ、フランスのかき氷はシャーベット削ったやつでしょ？　ニッポンのかき氷は味のついてない氷にシロップをたーっぷりかけていただくんデス』
『なるほど』

　なんて会話をしながら、味の説明までしたのだった。
　ストローで作られたスプーンを使うブロワイエ。普段は立派な食器を使っているイメージがあるから、なんか面白い。笑っちゃいそうになるのはガマンガマン。
「これはシロップの味……だね？」
　かき氷を口に含んだブロワイエは訝しげな表情を浮かべた。してやったり。作戦成功。
「デース。グラスに聞いたんですけど、かき氷のシロップは色が違うだけで、味は一緒なんだとか」
「え。キミ、丁寧に味の説明をしてくれてなかった？」
「ふっふっふっ、エルエルからのサプライズデース」
「……全く、私を騙すなんて酷い小鳥ちゃんだ」
「アタシは小鳥じゃありませーん！！」
　全くもう、ブロワイエってば隙あらばアタシのことを小鳥ちゃんだの何だの。でもまあいつもアタシのことを揶揄ってくるこのヒトに一発食らわしてあげられたので、満足。
　買ってきたかき氷は勝利の味。シロップのあまーい味が口いっぱいに広がるけれど、氷のおかげかさっぱりとさらさらいただける。
「っ、たた」
　勢い良く頬張り過ぎちゃったみたい。ズキーンと頭を襲う頭痛に顔をしかめてしまうと、くすくすとブロワイエが笑った。
「ヒトを罠に嵌めたりなんかするから」
「うっさいデスよ。これはアタシの自業自得」
　ああもうせっかく勝利の余韻に浸っていたというのに、ブロワイエはすぐにこうなんていうか上に立とうとする。それが癪に障るのだけれど、まあ何だかんだブロワイエと一緒にいるのは楽しい。
「あ、そうだ。ニッポンのかき氷のシロップって面白いことになるんデスよ？」
「面白いこと？」
「ハイ！　ほら、見て」
　舌をべーっとブロワイエに差し出す。きっと今アタシの舌はイチゴシロップの赤に染まっているはずで、ブロワイエは少し目を見開いた。
（ふふふ、ビックリしてる）
　一緒に過ごす時間が増えたから、ブロワイエ表情の変化はわかるようになってきた。普段から感情をわかりやすく表には出さないヒトだから、最初はアタシも何考えてるんでしょうと思ってたけど。
「エルコンドルパサー」
「ん？」
　あれ、待って。なんかブロワイエが近づいてくる。え。
「──！？」
　ふにって、ほっぺた、柔らかいものが。
　キスされたと理解するまでそんなに時間はかからなかった。ぽとり、スプーンに乗ってたかき氷が地面に落ちる。
「いけないよ、エルコンドルパサー。いくら人目がないとはいえ、そんな風にしては」
「あ、アタシはただ真っ赤になって、面白いデショって」
「誘っているようにしか見えなくて驚いたんだけどな。恥ずかしがりの小鳥ちゃんがって」
「ケ、ケェッ！？　ば、ばっかじゃないデスか！？　あとアタシは小鳥じゃないデス！！」
　酷い、やられた、なんてことだ。
　ビックリさせてやろうとしただけなのに、こんなことになるなんて、微塵も思ってなかった。
「ふふっ、そのかき氷みたいに真っ赤だね」
「うるっさいデース！　こうなったらブロワイエの舌も見せるデース！！」
「私はそんなはしたないことはしないよ」
「もおおおおおおおお！！」
「ほらほら、神様の前だ。そんなにはしゃいだらお叱りを受けるよ？」
「誰のせいだと！！」
　すっかり余裕の笑みを浮かべるブロワイエに、アタシは冷静でいられなくなってしまったのでした。