グラスちゃんの誕生日がやってきてしまった。でも先週末は大きなレースがあって、ついでに今週はテストの追試に追われる毎日になってしまって、何も用意が出来てない。
「す、スズカさーん！　どうしましょー！！」
「えーっと……」
　スズカさんを困らせちゃうのはわかってるけど、それでもスズカさんなら何かヒントをくれる気がして、縋ってしまった。
　案の定ちょっとスズカさんは困った顔をしてて、申し訳なくて。
「スペちゃん、今日は追試はないのよね？」
「はい」
「グラスさんの予定は聞いた？」
「はい。今日は誕生日だからお休みにしてくれたって」
「うーん……、二人のことだしグラスさんと決めた方がいいんじゃないかしら……？」
「グラスちゃんと……」
　出来ればサプライズをしてあげたいなって思ったけど、そんなことしてたらきっとグラスちゃんのお誕生日を祝い損なっちゃうかもしれない。大好きなグラスちゃんの誕生日だもん。少しでも隣にいたい、と思うのはきっと私だけじゃないはず。
「スズカさん、ありがとうございます！」
「ううん。頑張ってね、スペちゃん」
「はい！」
　やっぱりスズカさんに相談してみてよかったなぁ、なんて思いながら私は軽くなった足取りで登校した。


　　　※　　　※　　　※


「グラスちゃん、おはよー！　わぁ……！　机の上、プレゼントでいっぱいだねぇ……！！」
「あ、スペちゃん。おはようございます。朝教室にきたら皆さんがくださって」
　みんなに優しくて頼りにされてるグラスちゃん。たぶん普段のお礼とかも兼ねて、みんなグラスちゃんにプレゼントをくれるんだと思う。
　グラスちゃんはプレゼントの山を見ながら、困ったように眉をハの字にしながらも嬉しそうに微笑んでいた。
「ねぇグラスちゃん。放課後はお出かけしない？　本当は私もプレゼントを用意しようと思ってたんだけど……」
「ふふっ。スペちゃん、レースのあとは追試でしたもんね」
「あはは……ごめんね。でも一緒にお出かけしてプレゼント選ぶのもいいかなって。それに、せっかくの誕生日だもん。少しでもグラスちゃんの隣にいたくて」
「スペちゃん……！」
　あ、グラスちゃん少しほっぺが赤くなってる。喜んでくれてる、のかな。グラスちゃんの周りの空気がふわっと一段と優しく温かくなった気がする。なんだか自分の言葉がちょっとだけ照れくさくて、ぽりぽりと頬をかいた。
「それではいただいたプレゼントを一度寮に置いてから、お出かけ……いいえ、デート、しましょうか」
「……っ！！　うん！」
　グラスちゃん、ずるい。私が言いたかったこと先に言っちゃうなんて。
　けれど嬉しさのほうが圧倒的に勝っちゃって、ほっぺたがゆるゆるとしてしまった。
「スペちゃんってば、かわいい」
「ぐ、グラスちゃんだってかわいいもん！」
「必死になってるスペちゃんも可愛いですよ。あ、そろそろホームルーム始まります」
「はーい」
　放課後、頑張ってグラスちゃんを喜ばせちゃうぞー！　と意気込みを胸に、まずはまた追試にならないように目の前の勉強に集中するのだった。


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　いつもの放課後なら制服のまま出かけることが多いけど、今日は金曜日だしせっかくだから私服に着替えちゃおう。
（それに、大事な人とのデートだし）
　これでグラスちゃんが制服だったら私の空回り……なんだけど、きっとグラスちゃんも私服で来てくれると信じることにした。
　美浦寮で待ち合わせにしたから、私はるんるんとしたうかれた足取りでグラスちゃんを迎えに行く。
「スペちゃん、お待たせいたしました〜」
「グラスちゃん！　大丈夫だよ、今来たところだから」
　グラスちゃんは白いブラウスの上に青の上着、黄色いスカートのあまり見たことのない私服で来てくれた。
「グラスちゃん。今日の服、かわいいね」
「ありがとうございます。それでは参りましょう」
「うん！　はい、グラスちゃん」
「はい」
　今日はデートだからしっかりエスコートをしてあげなくちゃと左手を差し出せば、当たり前のように握り返してくれた。
　それからグラスちゃんの歩くスピードに合わせて、車道の右側をキープ。
（グラスちゃんの手、私よりちょっとだけ冷たいな）
　冷え性だとは聞いたことはないけれど、グラスちゃんの手はいつだって私よりもちょっとだけ冷たい。それに手と背も私よりちょっとだけ小さくて、それがかわいくて、守ってあげなきゃってなる。
「スペちゃん、いつものところですか？」
「うん、いつものところ」
　いつものところ。
　向かっているのは学生のお財布の味方、大型ショッピングモールだ。ここならリーズナブルなものからちょっと冒険したものまで揃っているし、和も洋も色々とあるから、グラスちゃんが気に止めたものを買ってあげる。それが私のプレゼント大作戦。
「どこから見よっか」
「そうですね〜。スペちゃんが前に行ってみたいって言ってたデザートバイキングのお店にしませんか？　スペちゃん、レース前で体重管理頑張ってたでしょう？」
「ええっ！？　確かに食べたいものは我慢してたけど……。今日の主役はグラスちゃんだから、グラスちゃんの行きたい場所でいいんだよ？」
　まさかの私の行きたい場所を指定されてしまってびっくり。今日の主役はグラスちゃんなんだよーって、言ってあげてもグラスちゃんはにこにこと笑ったまま。
「私、スペちゃんが美味しそうに食べてる姿を見るのが大好きなんです。だからこれは私のためですよ〜。それにここでバースデーケーキ食べてしまいましょう？」
「そ、そういうことなら」
　なんだか上手くコントロールされてる気がするけども、グラスちゃんが喜んでくれるっていうなら、ここで決まりだ。
　店員さんに案内されて、上着を脱いでから二人でビュッフェを見に行く。
「わぁ……！　いちごがピカピカだぁ……！」
「こっちのモンブランも美味しそうですよ」
「あ、グラスちゃん抹茶のムースだって」
「まぁ……！」
　二人ではしゃぎながらケーキを選ぶ。普段は落ち着いてて大人っぽいグラスちゃんも、かわいくて美味しそうなデザートたちを前にするとちょっとだけ子供っぽくて、目をキラキラさせてて可愛い。
　おかわりは何度でもできるからとお皿に少しずつケーキを持ってくる。
「グラスちゃん、お誕生日おめでとう」
「ありがとう、スペちゃん」
「それじゃあジュースでかんぱーい！」
「乾杯」
　たまたまあったにんじんジュースでグラスちゃんと乾杯。これが大人になったらお酒になるのかな、なんて。
　私が取ってきたのはいちごのショートケーキに抹茶のムース、それからベリータルト。
　グラスちゃんが取ってきたのは抹茶のムースにザッハトルテ、それにモンブラン。
「グラスちゃん、美味しいねー」
「はい〜、とっても」
「抹茶のムース、苦いかなーって思ったけどこのほろ苦さがいいよね！」
「ええ、甘さとほろ苦さと抹茶の香り。三位一体となって、舌を喜ばせてくれます」
　私の子供っぽい感想に比べて、グラスちゃんの感想はすごく大人だ。私ももう少し大人っぽくなりたいけど、まだまだ難しそう。
　あ、難しいこと考えてたら美味しそうな顔じゃないかも。
（美味しい顔、美味しい顔）
　ショートケーキのいちご、甘いホイップクリーム、ふわふわのスポンジ。それを一気に口の中にいれたら、一瞬でふわーって幸せな気持ちになった。
　そういえばグラスちゃんは私が美味しそうに食べてる顔が好きだって言ってたけど、グラスちゃんの食べてる顔はどうだろう。
（あ……）
　にこにこってしてて、お花がたくさん咲いてるみたいな笑顔。デザート、きっと美味しいんだろうな。私だけじゃなくてグラスちゃんも楽しんでくれてるなら、良かった。
　しばらく眺めてたらぱちりと視線が合って、グラスちゃんがきょとんとした。
「スペちゃん？　食べないんですか？」
「あ、うん！　食べるよ！　いっぱい食べる！」
「ふふっ」
　グラスちゃんが言ってたこと、ちょっとだけわかっちゃった。
　大好きな人が美味しそうにご飯を食べてる姿は、可愛いんだって。


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　私とグラスちゃんは制限時間いっぱいまでデザートバイキングを楽しんで、お腹いっぱい幸せいっぱいでお店を出た。
「いっぱい食べちゃったね」
「そうですね〜。明日の走り込みは少し多めにしていただきたいくらいです」
「あはは、私も」
　はい、グラスちゃんと一緒なのが幸せすぎていつもより食べちゃいました。トレーナーさんに怒られちゃいそうなくらい。でもお腹は出てないからセーフ……だよね。
　それから私とグラスちゃんはブラブラとウィンドウショッピング。グラスちゃんが好きそうな和風雑貨のお店に入って、漆塗りの食器に興味がありそうだったからお値段を見てみたら、学生にはかなり苦しいお値段だった。
（うう……来年、来年買ってあげられるようにお母ちゃんにお小遣い上げてもらわなきゃ……）
　和風の雑貨って高いんだなぁと染み染みと感じながら、グラスちゃんがお店から出たからそれについてった。
「グラスちゃん、他に行きたいところとかはある？」
「ん〜……、見たいものはあらかた見終わりましたね。スペちゃんは？」
「私もだいたい見ちゃったかなぁ……」
　どうしよう。このままだとグラスちゃんに何も渡せないまま帰ることになっちゃう。
（誕生日のプレゼント、当日に渡せなくなっちゃうよ……）
　グラスちゃんの手を握る手に力がこもってしまう。じっとりと汗までかいてきて、焦ってるの、グラスちゃんに伝わっちゃう。
「スペちゃん、フラワーショップ覗きませんか？」
「フラワーショップ……？」
　あちらに、とグラスちゃんに手を引かれて連れて行かれる。お店に近づくとお花のにおいがいっぱいして、鼻がちょっと驚いた。
「そろそろ寮のお花を新しく生けようかと思いまして」
「美浦寮のお花ってグラスちゃんが生けてるの？」
「はい。ヒシアマ先輩にお願いして飾らせてもらっています」
「へえー」
　グラスちゃんの生けたお花があるなんて美浦寮の子たちがちょっと羨ましいな。真剣にお花を選んでいるグラスちゃんの横顔を暫く眺めていたけれど、ふと視界の片隅に青いソレが目についた。
（あ……これ、グラスちゃんの勝負服の色に似てる）
　お値段も私の今のお財布にそれなりに優しいけど、グラスちゃんが興味を示したものではない。
（うーん……、でも、これがグラスちゃんに似合うって思っちゃったから）
　グラスちゃんはまだ私が側を離れたことに気がついてなくて、こっそり買うなら今のうちだ。
　店員さんを静かに呼んで包んでもらって、そっとお店から出た。
（喜んで、くれるかな）
　不安はあるけどもう買っちゃたから逃げられない。
　少ししたらグラスちゃんがちょっと慌てた様子でお店から出てきて、私を見つけるとホッと安心した顔。
「スペちゃん、ごめんなさい。待たせちゃいましたか？」
「ううん。私がグラスちゃんを驚かせたくてこっそり出てきちゃっただけだから」
「私を？」
「うん」
　見えないように背中の方に隠していたソレを、グラスちゃんの目の前に差し出した。
「グラスちゃん、お誕生日おめでとう！」
「スペちゃん……！　えっと、これ」
「青い薔薇だよ。これを見たときにグラスちゃんに似合いそうだなぁって思ったのと、お店の人が教えてくれたんだ」
「ユメがかなう、ですよね」
「えへへ、やっぱり知ってた。それと、一本の薔薇にはあなただけって意味があるって教えてくれて」
　五本くらいならなんとか買えるかなって思ってたら、お店の人が渡す本数にも意味があることを教えてくれた。その中で私が気に入ったのは、一本の意味「あなただけ」。
「私にはグラスちゃんだけだよ。お友だちはいーっぱいいるけど、誰よりも大切な恋人はグラスちゃんだけ。受け取って、もらえますか？」
　私が渡したいからと買った、一本だけの青い薔薇。グラスちゃんなら断るわけがないとわかってるけれど、それでもお伺いを立ててしまう。
　ほんの少しだけ、不安だったから。
　私の「あげたい」って気持ちの押し付けなんじゃないかって。
「もう……。こんなの、断れるわけないじゃないですか」
　そう言って、グラスちゃんの手に奇跡の青い薔薇は渡っていく。潤んだ瞳を隠すように、グラスちゃんは幸せそうに微笑んでくれた。
（あ……、今、すごくキスしたい）
　けれどここは人目がたくさんあるショッピングモールだから、我慢、だ。
「スペちゃん、ありがとうございます。でも、たくさん伝えたいことがあるのに、上手く日本語に出来なくて」
「グラスちゃん……！」
　すっごく、かわいい。どうしよう。
　早く誰にも見つからない場所に、グラスちゃんを攫ってしまいたい。
「スペちゃん、帰りましょうか」
「……！　うん」
　帰りましょうかと言ってくれたグラスちゃんの瞳の奥底に、仄かに燃える炎を見つけて、私の心臓はドクリと大きく脈打った。
　行きと同じようにグラスちゃんの手を引いて、しかし行きとは違って早鐘を打つ心臓に落ち着けと言い聞かせながら、私達は寮へと戻る道を歩き出した。