世間は甘々な雰囲気に包まれて、トレセン学園も例外ではなく甘々そわそわ。甘いのは苦手……なんだけれどもこういうのはちょっと照れくさくても好き。
　そう、もうすぐバレンタインだ。
「うーん……」
　今年もアタシは情熱の脳細胞をぐるぐると唸らせる。脳細胞を唸らせる？　よくわかんないけど、なんかこう、すっごく考えるのだ。
（グラスは和菓子が何だかんだ喜んでくれるのはわかってるんデスけど、やっぱりバレンタインだし和菓子よりチョコレートデース！）
　グラスといえば和。和といえば和菓子。そういえばグラス、クラスのみんなやトレーナーさんには和菓子をあげるって言ってたっけ。
　でも、やっぱりバレンタイン、西洋発祥のイベントなんだしここはやっぱりチョコレートしかないデス。
　さてさて方向性は決まったけれどどんなチョコがいいのかなって、アタシは外にリサーチに出た。
　きらびやかな場所は何だか楽しくなって、ついついテンションが上がってしっぽをふりふり。
　少し歩くと和チョコレートコーナーに差し掛かって、抹茶のチョコが目に入ったけどもよく緑茶を飲むグラスに抹茶のチョコ……？
（うーん、もっとなんかこうないデスかね……？）
　もう少しだけ和チョコレートコーナーをぐるぐる見て回る。
「あっ……」
　見つけた。
　グラスの好みにきっと刺さってくれるだろう、ソレが。
「これデス！！」


　　　※　　　※　　　※


　時の流れは早いもので、あっという間にバレンタイン当日。
　アタシもグラスも両手いっぱいに友チョコたちを抱えて寮へと戻ってきた。グラスは甘いものが平気だからやっぱりチョコを中心に貰ってて、その中にたまーに混ざる美味しいお抹茶、和菓子、エトセトラ。
　アタシはというと甘いものが苦手だということは皆の周知の事実らしくて、辛いスナックだったり限定品デスソースだったり、いささかバレンタインには相応しくないだろうものを中心にもらっていた。
「今年もいっぱいですね〜」
「ハイ！　エル、モテモテ！！　人気者はつらいデース」
「あら、モテモテなエルはきっと皆さんのプレゼントで満足でしょうから、これはいりませんね〜？」
「ケ！？　ごめんなさい！！　エルの一番はグラスデスから〜！！」
　グラスがものすごく含みのある笑顔で、かわいくラッピングされた箱をわざとらしく見せつけてくるから、慌ててアタシはグラスの腰に抱きついた。まずい、不機嫌そう。グラスからチョコを貰えないのは、絶対にやだ。
　ぎゅーって、絶対に逃げられないように捕まえると、ふぅとグラスからため息が一つ。
「もう、エルってばかわいいんですから。はい、私からのバレンタインチョコです」
「グラシアス！！　ねぇねぇ食べていい？」
「どうぞ」
　包装紙の色はエルエルの大好きな情熱の赤。黄色のリボンを解いて、包装紙を丁寧に取って。
　そしたら出てきたのは、トリュフチョコだった。なんだかグラスっぽくない？　なんて思いながらチョコを一口ぱくり。
　すると甘い味の中にスパイシーな香辛料が潜んでいるではないか。ホットな味に、エルメロメロ、お口が勝手に緩んじゃう。
「グラァス！！　これ！！」
「ふふ、スパイストリュフチョコです。レシピ、いっぱい調べたんだから」
「……っ！！　グラス！！　グラシアス！！」
　ああもう、気持ちが胸の中におさまらない。溢れる気持ちをハグに変えて、アタシはグラスをぎゅーって、強く強く抱きしめた。
「エル、苦しいです」
「あ、ソーリー」
「ふふっ、そんなに喜んで貰えるなんて。手作りした甲斐がありました」
「あー……、手作り。手作りデスか……」
「エル……？」
　こんなに美味しいのを手作りしてくれたのに、アタシからこれから渡すものを考えるとちょっと怯んじゃう。
　でも、うん。ギリギリまで頑張った結果ああなったんだから、仕方ない。
「グラス、ちょっと待ってて」
　グラスから離れて部屋を出る。目的は冷蔵庫。素早く取って戻って、もう勢いそのままにグラスに紙袋を差し出した。
「グラス、その、アタシのは既製品なんデスけど、ラブはいーっぱいこもってますので。エルには和菓子の手作りは難しかったデス」
「和菓子……？　エル、開けてもいい？」
「どうぞ！」
「それでは失礼して……」
　和柄の包装紙でラッピングされたアタシのバレンタインチョコ。グラスが宝物を開けるみたいに丁寧に開けてくれるから、ちょっと照れくさい。
　最後に箱をゆっくりと開けて出てきたのは──。
「これは……大福？」
「イエース。生チョコ大福デース」
「まあ……！　和と洋の融合、ですね」
「本当はハンドメイド出来れば良かったんですけど、ギューヒに包むのがハードル高くって」
　どんどん照れくさくなってきて、ぽりぽり、頬をかいてみたり。
　するとグラスはふんわり優しく笑ってくれた。
「エル、貴方が私のために一生懸命考えてくれたことが大切ですから。いただきますね」
「ブエン、プロベーチョ」
　ギリギリまで自分で作ろうとして、でも、失敗してばかりで。時間がなくなってしまってお店の人がオススメしてくれた一番のやつを選んできた。
　渡す前にいっぱいいっぱい気持ちも込めた。
（グラスの好みに合えばいいんデスけど……）
　しっとりと柔らかく伸びる求肥と、グラスの顔を交互に見る。
　もぐもぐもぐ。
　何度か咀嚼してごっくん。
　するとグラスがゆるりと笑った。
「ん〜！　とっても美味しいです。エル、本当にありがとう」
　ほわほわとした空気が目に見えるような、グラスのほんわか笑顔にアタシもつられてニコニコ。
「えへへ。とっても喜んでもらえてハッピーデース。……あ」
「？」
「ここ、チョコが付いてます」
　グラスってばかわいい。口の端にチョコを付けちゃうなんて子供みたい。
　普段から何かと子供扱いされちゃうお返しに、今日はアタシがグラスを子供扱いしちゃおう。
　親指でぐってグラスの口の端を拭って、指に付いたチョコをそのままパクリ。
（うん、甘い）
　でも嫌な甘さじゃないかも、なんて思っていたら、目の前に頬を赤くしたグラスがいた。
「グラス！？　どうしたの？　あっ、もしかして熱デスか！？」
「……エルの馬鹿」
「ケ！？」
　えっ、なんでアタシいきなり罵倒されたの？　意味分かんない。
　馬鹿という言葉の真意を問いただそうにも、グラスはアタシから顔を背けて、黙ってもぐもぐと大福を食べてる。
（ええ……、アタシ、何かしちゃった？）
　甘い甘い夜になるはずだったのに、グラスのご機嫌を損ねちゃったアタシは、一人しょんぼり布団に包まるしかなかった。