その年、珍しくメジロドーベルは年末に家に帰らなかった。
　学業もレースも成績が振るわず何となく帰りにくく感じていたとき、同室のタイキシャトルに「それならワタシとクールなイヤーエンドをエンジョーイしまショー！！」と誘われ乗ったのだ。
　いつもより静かな寮の中、メジロドーベルはタイキシャトルと他に残っていた寮のウマ娘たちとワイワイと過ごした。
　程よい時間で解散して、二人で部屋に戻ってきてもメジロドーベルは先程までの余韻で笑みを浮かべていた。
「タイキ、誘ってくれてありがと。騒がしいのはあまり好きじゃないけど、今日はなんか楽しめた」
「オーイエース！　ドーベルもエンジョーイできて、ワタシ、とってもとってもハッピーデース！」
「もう、大げさ」
　体いっぱいに喜びを表現するタイキシャトルに、メジロドーベルは笑みを深くする。
　外からは除夜の鐘が聞こえてきて、もうすぐ年が変わることを知らせに来た。
「もう今年も終わりかぁ。来年は頑張らないと」
「ドーベルはメニーメニー頑張ってマース！　少しはショルダーのパワーを抜くべきデース」
「わ、タイキ、くすぐったい」
　ベッドの脇にそれぞれ座っていたが、タイキシャトルはメジロドーベルに近づくと肩を揉みほぐしにかかった。ぐりぐりと肩を揉んでみるとほんの少しだけ反発がある。
「スタディーのし過ぎデース」
「タイキ、いいから」
「ムー、アフェクションにはビースポイルドデスヨー？」
「え？　何？」
「甘えてクダサーイ」
　甘える、と言われてもメジロドーベルは特に何も思い浮かばない。ひとまずこのまま見を預けるしかないのかと、抵抗することをやめた。
「ドーベル、あとワンミニッツでニューイヤーデス」
「あ、ほんとだ」
「サーティ、トゥエンティナイン」
　メジロドーベルはタイキシャトルのカウントダウンを聞きながら、時を刻む秒針に注目する。
「スリー、トゥー、ワン」
　三秒前を告げる声に、メジロドーベルは体をタイキシャトルの方を向ける。新年の挨拶をしっかりと顔を見て言うために。
「あ──」
　そして、恒例の口上を口にしようとしてそれは叶わなかった。
　メジロドーベルの言葉を塞ぐように、重なり合う唇と唇。視界はタイキシャトルの爽やかな青しか目に入らない。
　キスをされている。そう認識すると同時に、タイキシャトルの方から離れていった。
「ドーベル。ハッピーニューイヤー」
「──」
　いつもより幾分かしっとりしたタイキシャトルの声音に、メジロドーベルはぱくぱくと言葉にならない。
「ドーベル？」
「た、タイキ、な、んで」
　メジロドーベルにとって、キスとは愛する人とする大切なもの。確かに彼女にとってタイキシャトルは大切な存在と言えるが、恋愛的な感情はわからない。
「ニューイヤーキスデスヨ？　ワタシのカントリーではニューイヤーのときにこうシマース」
「ニューイヤー、キス」
　そうだ。どうして忘れていたんだろう。
　前に後輩のグラスワンダーより、メジロドーベルは聞いていた。昨年グラスワンダーはタイキシャトルにキスをされそうになって、全力で逃げたと。だからなるべく年末は家に帰ろうと、メジロドーベルは考えていたはずだった。
「〜っ！！」
　羞恥、後輩の優しさを無駄にしてしまった罪悪感、忘れていた自分への怒り。
　一気に押し寄せてきた感情と熱にメジロドーベルは頭を抱え、タイキシャトルは困惑する。
（ああもう！　アタシのバカー！！）
　メジロドーベルは心の中で自分への怒りを思い切り叫ぶのだった。