君の
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《君の眼》
「気持ちわりぃ」
『えっ?』
「何ジロジロ見てんだよ」
読んでいる書類から目を離さずに、隣に座る男はそういった。
『ジン…横にも目がついてるの?』
「そんだけガン見されれば気づかない方がおかしい」
『…ごめんなさい』
仕事の邪魔をしないように大人しくしていたつもりだったのに、まさか気持ち悪いと言われるなんて…
ただでさえ仕事を手伝うこともできなくてしょげていたのに、ますます気分は落ち込んだ。
「で、俺の顔になんかついてるのか?」
『あ、ううん、違くて…』
言えるわけない。貴方に見惚れてましたなんて、言えっこない。
そんなことを言ったら押し倒されるか、また気持ち悪いといわれるかのどっちか。
後者だったら次こそ泣き出してしまいそうだ。
「…構ってほしいのか?」
『う…ん、半分当たり』
「半分、は当たってるのか」
やっと顔をこちらに向けてニヤっと笑った彼に、口が滑ったことを理解した。
手早く茶封筒にしまわれた書類は、ゆるく封をして放り出される。
「じゃあ、休憩がてら構ってやろうか。もう半分の答えを聞きながら――」
するりと伸びてきた彼の左手は私の顎を掴んだ。
ゆっくり合わされる深い緑の瞳。
抵抗らしい抵抗もせず、吸い込まれるようなその色を見詰めていた。
実際、構ってほしかったのも当たりだから、抵抗する気はなかったけれど。
「ククッ、抵抗しねぇか。余程寂しかったのか?」
そんなことを言う彼に、ちょっとだけ苛立ちを覚えた。
でも、寂しかった、という言葉が妙にしっくりきて。私はやっぱり抵抗できない。
『うん、寂しかった…』
合わせられたままの緑がそこで少し揺れた。
私はこの色を、彼以外にも知っている。
それを思い出した途端、一層寂しさが胸に溢れてきた。
「――随分誘うじゃねぇか」
『誘ったつもりはないんだけど…』
「じゃあ、俺は仕事に戻っていいんだな?」
するりと離れていく彼の左手。
ああ、本当に意地悪だ。
愉しそうに細められた瞳は、私が引き止めることを知っている。
『後どのくらいかかるの?急ぎ?』
「お前がやったら1日かかるな、期限は明日の取引までだ」
『…』
「俺がやる分には、2時間ってとこか」
お前、日本語と英語しかできねぇんだろ?そう言いながら綺麗な弧を描く唇に、悪戯な色を帯びる深い緑。
全然急ぎの仕事じゃない。明日の任務は夜だから、まだ丸1日以上ある。
『なら、休憩にしようよ。コーヒー淹れるから』
「いや、後でいい」
『え…でも』
「せっかく素直に答えたんだ、こっちだって応えてやらなきゃな」
"寂しかった"のことを言ってるのだろう。
並んだソファーの上、空いていた距離を縮めるように彼は座り直す。一層近づく瞳に、とてもドキドキして。
必死に隠していることも、自分でも知らない自分も、全部見透かされているような気分になる。
「そんなに怖がるな。お前を消そうなんざ思ってねぇし、無理に聞き出すつもりもねぇよ」
やっぱりお見通しのようだ。
それも当たり前か、私は彼に会った途端に目をつけられて。あっという間に正体がばれてしまった。
私の正体は…"元"FBI。
彼を見て寂しさや切なさを抱くのは、裏切ってしまった同じ瞳をしたペアを思い出すから。
彼にペアのことを話せなかったのは、もうじき敵になってしまうそのペアに、せめてもの償い、生きて仲間のもとへ帰ってほしいと思うから。
『…私、本当にダメな人間』
「?」
『貴方のこと好きになりすぎた』
ぺたりと彼の頬に手の平をあてて、親指で目許をそっと撫でる。
射抜かれそうな程鋭い眼なのに、私はどうしても逸らすことができなくて。
いつもは背筋が凍るくらい冷たい眼差し、それが和らぐ瞬間に何度となく見惚れた。
今だって、驚いた様に少し見開かれた瞳が愛おしくて仕方ない。
「ククッ、もっとダメになれよ。俺しか見えなくなるまで」
彼は私の頬へ左手の甲をあてて、人差し指で目元を撫でた。
泣いてなんかいないのに、まるで涙をぬぐうように。
『もう、ジンしか見えてないよ。さっきだって、』
"好きだから見てた"
『それだけ…』
あんまり近い距離だったから、最後はどんどん小さな声になっていって。
それでも逸らせない絡みつく緑の視線を、ひたすら見つめ返していた。
「それが、もう半分の答えか」
『うん…』
どこか穏やかさを帯びた緑の瞳に、私は完全に捕まってしまった。
たとえ今彼に拳銃を突きつけられても、私は一歩も動けない。
「本当にお前は…誘ってないなんて言わせねぇからな」
『言えない、かな。ジンも、私しか見えなくなればいいって思ってるもの』
誘ってない、なんてことはない。
誘われてくれればいい。
私から目を離さないでほしい、私の視界にいつも映っていてほしい。
『…大好きだよ』
私は君の眼に嘘をつけない
(たとえそれがいけないことだとしても)
(ねぇ、ジン…)
(明日の取引、行っちゃダメだよ)
Fin