君の
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《君の影》
※[君の…]シリーズの赤井sideのストーリーです。
俺よりも何年か後に入ってきた女のFBIがいた。
彼女を見るようになったのは、彼女も日本人だと解り、若干の親しみと興味を持ったから。
そのうち沸いてきた一つの疑問
"何故FBIになったんだ?"
向いていない、と断言するつもりはないが…どうにも不慣れなのだ。
いくら後輩とはいえど、もう何年かはFBIとして働いているはずなのに。
自信がない、居心地悪い、そんな空気をまとっている。
(アメリカ人の中でそう見えるのは仕方ないかもしれないが…)
実際、彼女は大きな仕事を任せられることはなかった。
小さな仕事をこつこつ慎重にこなしている。
それも長所ではあるが、表立って評価されることもなかった。
「シュウ、あの子気になるの?」
「気になる…といえばそうだな。何故FBIに入ったんだろうと思うよ」
(向いてないとかではなく、似合わないんだ)
「あの子羽影っていうんだけど…勤務年数に実力が伴わないから長官とかも扱いに困ってるのよ」
「能力が低い奴は他にもいるだろ。それだけ言われてクビにもなってない」
「あら、庇うのね。クビにはできないのよ、難易度の低い仕事をしてるから、何か失敗したわけじゃないもの」
ジョディの情報からするに、余りいい印象を持たれていないのは確かだった。
(勿体無いな)
地道でこつこつ。
日本人の短所であり長所でもある。
長い辛抱が必要な仕事なら、彼女程向いている人材はない。
それに…
馴染めないなりに、直向きに仕事をこなす姿に惹かれたのも事実だ。
彼女の力が評価されるといい、評価されてほしい。
そうしたら、その黒く澄んだ瞳はもっと輝くんじゃないか。
そうしたら、そんな辛そうな顔じゃなくて、笑顔を浮かべてくれるんじゃないか。
そこまで考えて、自慢のポーカーフェイスが崩れていたと気付く。
(確かに、気になっているよ)
彼女に近づいてみたい。
.
彼女を表舞台に出すチャンスが巡ってきた。
長いこと追っている黒の組織に潜入捜査をする、その捜査員の選抜だ。
上官からの指名で俺の潜入が決まる。
「頼むよ、赤井君。あと…リスクは高まるが誰か補佐に欲しいかね?」
「…羽影捜査官を」
その言葉に会議室は少なからずどよめく。何より、名前を出された夜神が一番驚いていた。
「理由を聞いても?」
「彼女には人を威嚇するオーラがないことが一つ。見掛けなら潜入してくるような輩には見えないし、万が一どちらかがバレても繋がりがあるようには見えないかと」
「…赤井君の判断なら信じよう」
会議はそれで終わり。
ペアとなった彼女と大まかな打ち合わせをする。
『…赤井さん』
「なんだ?」
『なんで私を指名したんですか?』
「さっきもいったが…平たく言えばお前はFBIらしくない。一般人に見える。疑われないだろうと思ったんだ」
本当は、潜入捜査という長く忍耐の必要な仕事なら彼女に向いていて。その才が日の目をみるんじゃないかという期待があった。
もっとも、自分の不器用な口はそんなことは紡がず、彼女は俯いてしまったのだが。
『そうですか…』
「基本的に接触は持たない。どちらかが危機に瀕していても、介入は避ける。1年無事に過ごせたら、こちらから接触を図る。寧ろ、どちらかがバレたらそちらが囮になって注意をひくのがベストだろうな」
『…』
「わかったか?」
『はい…でも、自信がないです』
それはわかっていた。
全身に不安を訴えるような雰囲気を纏っているし、俯けた顔は未だにあがってこない。
「…」
『こんな大役、初めてで…』
「お前はFBIだろ。その肩書きがある以上、やるしかない」
『っ…』
「できるな?」
はい、と蚊の鳴くような声で彼女は返事をした。
この任務が成功すれば、彼女だって自信がつく筈。
彼女はできないわけじゃない、それは…ずっと見てきた俺が断言する。
だから、そんな辛そうな顔をするな。
「…………」
けれども、やっぱり。何一つ言葉にすることはできず。
缶コーヒーを両手で包むように持ち、若干震える彼女を見つめるしかなかった。
まあ、彼女からしたら睨まれてるとでも思ったろうが。
そうして、時期をずらして二人とも組織に潜入することはできた。
*****ヒロイン視点*****
私が潜入するルートは赤井さんのものとほぼ同じだった。
下っ端の組織員と知り合い、刺激がある仕事がしたいと持ちかけて仲介してもらう。
そこまでの流れは問題なく進み、射撃やスパイ的な仕事の仕方を教わるところまできて。
FBIのくせにどちらも下手だったから、一般人というのは疑われずにすんだ。
ただ、できる仕事がなくて。研究室の整頓やロビーの片付けなんかの雑用を言い渡されるあたり。
どこに行ってもこんなものなんだ、私なんて。
「おい…」
『…?』
「お前だ、」
『私、ですか?』
そんなことを考えながら研究室の整頓をしていれば、後ろから声がかかる。
聞き覚えのない声に疑問を抱きつつ振り替えって、驚愕した。
「お前しかいないだろ」
『え…あ、本当だ…』
「新入り一人とか不用心だな、これでお前がネズミなら情報盗み放題だぜ?」
扉に背を預けて、小さく、でも確かに愉しそうな笑みを浮かべる、銀色の髪を長く伸ばした男。
ジン
知らないわけ、なかった。
最重要人物、そして、要注意人物。
『さっきまで皆さんも片付けしてたんですけど…』
「さっきっていつだよ、他の研究員を廊下で見かけてから1時間近く経ってるが」
『え…』
慌てて時計を見た。
ああ、本当だ、仕事が終わってから小一時間。ビーカー洗うのに夢中になってたなんて。
『すみません、ビーカー洗うのに夢中で…時間忘れてました』
「…」
『…っ!』
「…嘘じゃなさそうだな」
拳銃を左手に提げ、右手で彼は私の手を握った。
長時間洗剤と冷たい水に晒された私の手は、赤く染まっている上に荒れていて。
おまけに凄く冷たかった。
それを見て、嘘じゃないと判断したんだろう彼はゆっくり手を離す。
組織の幹部とこんなに早く接触できた。何か、とっかかりを持った方がいいか。
いやでも、怪しまれるかもしれない。
「お前、FBIのスパイだろ」
離れていく手を目で追いながら思案していれば、突然降ってきた質問に思わず顔を上げた。
「…お前、裏家業に向いてなさすぎる。悪目立ちしてんだ。しかも個人情報の裏はとれない…なあ、どこの誰だ?」
ああ。なんて答えたら正解なんだろう。鎌をかけられてるんだろうか…彼なら上手くやるんだろうな。
「まあ、答えられねぇよな?…羽影雨月捜査官?」
『…いつから?』
「割と最初からな」
『…じゃあ今、殺す?』
彼の左手を、右手で自分の頭まで導いて。
空いた手で彼の右手を握った。
「何の真似だ」
『もう、疲れた。FBIも、組織も、私向いてない。何もできない、いなくていい。でも、貴方が私のこんな手を握ってくれた。そんなつもりないだろうけど、労われた気がした。だから、この手を握ったまま死にたい』
まさか、この人の前で泣くことになるとは思わなかった。
自分を変えたくてなった筈のFBIも、もう私を縛る鎖でしかない。この鎖が切れないならいっそ、殺してほしい。
「…どうせ死ぬならこっちのがいいだろ」
表情が読めないまま、私は彼の腕に収まることになった。
布越しに伝わる暖かさに、彼も人なのだと感じさせられる。
「そんなに辛いならやめちまえ。お前はここにいればいい、ここがお前の居場所だ」
『…っ』
「殺すのはいつでもできるが、お前は従順で真面目だ。生かさない手はないだろ」
自分の居場所がある。
自分を認めてくれる。
その言葉は私を黒く染めるには十分だった。
.
*****赤井視点*****
組織に潜入して1年も経たないうちに、羽影がジンと接触したと風の噂で聞いた。
様子を伺っていれば、愛人か恋人か。そのくらいの近さまでいっていることを知り、喜ぶ反面複雑な気持ちだった。
余りに早い接触だったので、彼女と連絡を取ったのは2年経つ頃だった。
「驚いたよ、俺より先に接触できるとは」
『なんか、気に入ってくれたみたい…』
「そうか、何か情報はとれるか」
『然り気無く聞いても答えてくれない。私物もないし、資料の言語も読めないのばっかり』
「……また動きがあったら話そう」
これを、ジンがまだ羽影を警戒していると考えたのが間違いだと気付くのは、大分後になってからだ。
やっと俺がジンと接触できる取引の日。
ジンの行動に変化があればなんらかの形で伝えて欲しいと、作戦を彼女に話した。
了承の意である空メールを受け取り、作戦を続行する。
そこでアクシデントが起きた。取引場所に老人が居すわってしまったのだ。
彼女からの連絡はない、ならばジンは来るはず。老人がフェイクだとして、そこには触れるなという意味なのだろう。
だが、待機していた捜査官の一人が老人に声をかけてしまう。
後は知っての通り、失敗に終わってしまった。
「…今回の作戦は失敗した。俺は本部に戻る、お前は――」
『赤井さん、私に言った言葉覚えてますか』
「なんの話だ…?」
『潜入する前。FBIの肩書きがある以上、やるしかないって』
「あ、ああ」
そんなこと、言った。
彼女を励ます言葉を選べなくて。
そんなこと、言った。
『私、ずっとできない子だった。FBIになれば認めて貰えるかもって思ってたけど、私は私のままだった。寧ろFBIなのにできない私が嫌で、FBIだからできなきゃいけないなら…』
「おい、!」
『辞めます。折角の選んでくれたのに、出来損ないのペアでごめんなさい。囮には上手くなれてましたか?…では、お世話になりました』
「お前、ふざけて…!」
『ううん、本気。さようなら』
ガシャッと、通話を切断する音というよりは本体を壊すような音が聞こえた。
「…」
彼女のことだ、冗談ではない。
組織に脅されたとして、これに何の意味がある?
…間違いなく彼女の意思だ。
そこでやっと気づいた。
彼女の言葉からするに、FBIという立場にもう疲れきっていて。そこに俺が追い打ちをかけてしまったのだ。
真面目な彼女が上手くやろうとすればする程、組織に似つかわしくない人間になる。
きっと、ジンにすぐバレたんだろう。
でも多分、ジンは俺とは違って彼女が欲しかった言葉を与えた。
彼女の従順で愚直な程の真面目さは組織の幹部の心さえ動かした。
でなければ、彼女は幹部と接触でき、気に入られていた筈なのに。何の情報もとれないということがあるのか?
ジンは、ジンという男は、彼女を守る為に一切の情報を彼女に渡さなかったんだろう。彼女が俺に嘘をつかなくてもいいように、俺が失敗した時に彼女が傷つかなくていいように。
(負けた)
彼女が欲しかったもの。
ずっと見ていたのに気づかなかった。
彼女はただ。
認められたかっただけだ。
「羽影が寝返るなんて…どうなってるのよ」
「…俺が、間違えたんだ」
俺が、もしお前の欲しかった言葉を伝えられて。
"お前"じゃなく、名前を呼べていたら。
(雨月は笑ってくれたんだろうか)
Fin.