君の
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《君の髪》
見惚れる、ということがどういうことか初めて知った。
腰まで届く長い銀髪。
普段、黒いコートの上を流れている時だって十分綺麗だと思っていたのに。
もとより黒いキャンバスに映えるであろうその色。
それが今、ベッドに散らばっている。
余程黒が好きなのかベッドカバーまで真っ黒なおかげで、まるで一枚の絵のようだ。
銀色の流れが風に見えたり水に見えたり。
感嘆の溜息をもらさずにはいられなかった。
それにしても。
銀色の持ち主であるジンが、私が部屋に来たことにも気づかずに寝ているなんてことがあるだろうか。
人一倍警戒心が強い彼が、私に背を向けて寝ているなんて。
珍しすぎる。
というか、ありえない。
だから、私はそれをチャンスだと思った。
人前で寝ることなんて絶対にない彼の寝顔、希少価値が高すぎる。
仮に寝たふりだったとしても、目をつむっていれば寝顔を拝んだことと何ら変わりはない。
好きな人の寝顔を見たいと思うのはそんなに変なことじゃない…と思う。
いざ。
そろりと近づいて行って、綺麗な髪を踏んでしまわないようにベッドの縁に腰かける。
ゆっくり反対を向いている彼の顔を覗き込むものの、前髪が邪魔をして目元が見えなかった。
退けてしまおうかと思ったけど、もし本当に熟睡しているのなら起こしたくない。
彼が激務をこなしている事はよく知っているから。
(少しだけ…)
私の体を支える私の左手。
その近くに流れていた銀糸を一掬い手に取って眺めた。
枝毛もなく、ストレートなのに柔らかい髪。
固い髪質の割にはくせ毛で真っ黒な髪の私からすれば羨ましい限りだ。
最初は毛先を弄るだけだったのに、段々と物足りなくなってきて。
首のあたりから毛先までを撫でてみる。
触ったことないけど、シルクってこんな感じなんじゃないだろうか。
………
…………
……………
どのくらい撫でていたかわからないが、結構時間が経っていると思う。
そろそろ起きて文句の一つや二つ言ってもおかしくないのに、一向にその気配がない背中。
どこか寂しさを覚えたけど、起こしてしまうのは申し訳ない気がして。隣に一緒に寝転んでその髪を抱きしめた。
鼻腔をくすぐる匂いは私と同じシャンプーの筈なのに、もっと魅力的でもっと優しい匂いの様な気がする。
『…ん』
何だか私まで眠くなってきてしまった。
彼が起きないのならこのまま一緒に寝てやろうと思って、彼の横に寝っ転がりながら、長い銀糸に顔を埋めるようにすり寄る。
「――お前、いつまでそうしてるつもりだ」
『…なんだ、起きてたんだ』
「人の睡眠を妨害しておいてその言い草か」
『…ごめんなさい』
名残惜しいけれど、彼の髪を抱きしめていた腕を解く。
ゆっくりと振り返った彼の顔の近さにドキッとして。
その表情が予想以上に疲れていることに一層ドキリとした。
起こしてしまったことへの罪悪感が生まれる。
『もう邪魔しないからゆっくり寝て?何なら部屋の見張りもしてようか、それとも出ていった方がいい?』
言いながらも起き上がろうとすると、軸にしていた腕を掴まれて。
当然、黒いベッドに倒れるように再び沈む。
『…えっと?』
「お前は、髪伸ばさないんだな」
肩で切りそろえられた私の髪。
空いている方の手で首元にかかるそれを弄りながら彼は呟いた。
ジンが私の容姿に興味を示すのは珍しい。
『これ以上伸ばすと、くせ毛が酷くて大変なんだよ』
“だからジンの髪が羨ましい”
今度は彼の前髪に手を伸ばして目元を覆うそれを掻き分ける。
ついでに何度か撫でれば、一瞬目を細めたような気がした。
「アイロンでもあてればいいだろ」
『私が不器用なの知っててそういうこと言うの?』
"意地悪"
そう付け加えれば彼はクツクツと笑って私の横髪を撫でる。
「まあ、お前はこのままでいいな。見慣れてる」
『ジンもそのままでいいよ。見慣れてるから』
似合う、と言ってくれないあたりがまた意地悪だ。
それこそ、そんなことには慣れっこだから。私だって似合うなんて言ってあげない。
その長い銀髪が大好きだなんて絶対に言ってあげない。
どうせ彼は言わなくたって解ってる。
『お疲れなんでしょ…?休んでよ』
髪を弄っていた左手の力が抜けてきたのが解って、足元に追いやられていた布団を手繰り寄せる。
それを彼の肩口まで引き上げれば、なぜか一緒に引きずり込まれる私。
『睡眠の妨害じゃないの?』
「…見張りしてくれるんじゃねぇのか?」
いや、まさかこんなに近距離でだとは考えてなかったし。
第一この向きじゃジンしか見えない。
『一緒に寝ちゃうかもよ?』
「別に、それでも構わねぇよ」
だから寝させろ。
そう言わんばかりに彼は首まで布団に潜り込んだ。
疲れたような表情に切ない気持ちと、私の頬に手を添えたままの彼に愛しい気持ち。両方が綯交ぜになって溢れてきて。
『おやすみ』
私より少し低くなった彼の頭の天辺にキスをした。
長くて綺麗な君の髪を撫でながら眠る
(やっぱり一瞬細められた瞳は)
(すぐに微睡へ堕ちていった)
(どうやら寝顔は拝めそう)
Fin
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