リクエスト2
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《全て想う故に》
眉目秀麗で検事局きっての天才。今や若くして検事局長まで上り詰めた男。
御剣怜侍。
容姿端麗で女性でありながら警察学校を首席で卒業。今や敏腕刑事として名を馳せる女。
羽影雨月。
彼女は自身の能力にさることながら、御剣の幼なじみであり、婚約者でもあるという絶対的ヒロインの座を有していた。
そんな彼女が。
女性の誰もが羨むヒロインから、悲劇のヒロインへと転落したのはつい数日前のこと。
とある事件の被疑者を追って路地裏を駆け回っていた彼女。
相手の武器で確認が取れていたのはスタンガンと果物ナイフのみ。だから、距離を詰めても問題ないと判断したのだ。
判断した、というより取り逃がす訳にはいかなかったから。多少のリスクを負ってでも彼女は飛び込んでいったのだろう。
まさか拳銃を所持してるとは思わずに。
御剣が病院に駆け付けた時には、彼女は既に緊急手術中。何時間にも及んだそれが終わっても、医者の顔は晴れず、
"とても、厳しい状態です"
と苦言を吐いた。
頭に銃弾を浴びた彼女は、目を覚ますだけでも奇跡といえる状況だった。
まして、近距離での発砲であった為に神経の損傷が激しく、意識が回復しても殆ど動けないだろう。
というのも医者の見解だった。
「…雨月」
集中治療室にいる彼女への面会は厳しく制限された。
それでも朝夕30分ずつ、その時間をフルに使って御剣は彼女に会いに行く。
それこそ、どんなに仕事が立て込もうが、どんなに疲れていようが。
彼は彼女がどんな姿であろうが生涯の伴侶にすると決めていた。
一生を尽くしていいと思える相手であるし、きっと、彼女以上の女性に会うことはないと解っている。
その想いがあるからこそ、沢山の管に繋がれ、包帯を巻かれた姿を見ても。
ひたすら手を握りしめて彼女の名前を呼ぶのだ。
「…雨月」
『…………』
そんな月日が流れ、殆どの管や包帯は外れた。
目を開いたり、眼球を動かすようにもなった。
けれど、一度も焦点が合わなかったその目。
「雨月…帰ってきたまえ」
『……………ぁ……ぁ』
その視点が漸く定まり、声とも覚束ない音を発したのは半年後のことだった。
「雨月、解るか?私だ、御剣だ」
「……ぁ…………ぅ」
半年寝たきりだった体は思うように動かないのだろう。いたる部位を痙攣させながら、彼女はぎこちなく笑った。
それから、何ヶ月にも渡る気の遠くなるようなリハビリが行われていった。
初めは言葉も上手く発声できなかった彼女。
やっと話せるようになり、食事を噛んで飲み込めるようになった。
もちろん、その傍らには時間を割いてやってくる御剣の姿があった。
「…本当に、君の努力には頭が下がる」
『運が良かったのよ、きっと』
よくて寝たきりと言われていた彼女は、半年に及ぶリハビリの末、左半身を動かせるようになった。
杖を使えばゆっくりではあるが歩行もできる。
まさに奇跡と呼べる状況だった。
『早く刑事に戻れたらいいんだけど…』
その言葉にピクリと反応する彼。
彼女の右半身を司る神経は完全に破壊されてしまっている。刑事に戻ることは恐らく不可能だ。
けれど、
「…焦らずにリハビリしたまえ。骨折でもしたら元も子もない」
『そうだね、気長にやるよ。これ以上怜侍に心配かけられないもの』
せっかく見られるようになった彼女の笑顔を失いたくないが為に、0と解っている可能性にすがりついている。
『明後日にはリハビリセンターに移動だし、もっとよくなれるよね』
「…そうだな。面会時間も長くなるし、回復した証拠だ」
『本当ね。………ありがとう、怜侍』
「ム…」
『毎日毎日忙しい時間を縫って来てくれて、意識のない私を呼んでくれて、不自由な私を介助してくれて…本当にありがとう』
「礼を言われることではない。当然のことだろう?大切な婚約者なのだから」
その言葉の後、彼女は妙な空気を纏って笑った。
「……な…………」
言葉を失うとはまさにこのことだった。翌朝病院に呼ばれてみれば、病室はもぬけの殻。
貴重品こそなくなっているが昨日きた時のまま、彼女の姿だけがない。
まるで、すぐそこまでいってくる、とでもいうような………
「すみません、夜間巡回の時には確かにいたのですが…」
「院内にはいないのか?」
「隈なく探してもいないのです、それに…」
患者につけられる、ブレスレット状のバーコード。
それがベッドの上に置かれていた。
彼女に限って逃げるはずがない。まして逃げられる体でもない。
「…雨月」
すぐに捜索願いがだされ、誘拐の可能性も疑い包囲網もひかれた。
なのにだ。
「…すまねっス…手がかり0っス………」
「なぜだ!」
半身麻痺の女、そう多い人口ではないのに情報が一つも入ってこない。
誘拐、にしては要求がない。
脱走、にしては手がかりがなさすぎる。
更に追い打ちをかけたのが、郵送で届いた警察への辞職願い。
知っていたのか?もう刑事には戻れないことを…
「…雨月」
だが、これほど心配するのも。
自分の時間を割いてでも会いにいくのも。
君を愛しているからだと、まだ伝えていないではないか。
その愛を、誓い合っていないではないか。
「雨月、帰ってきたまえ」
彼女が自分からいなくなる理由が思い当たらなかった。
私に迷惑をかけまいとするなら、もっと、短絡的で手間のないやり方がいくらでもある。
むしろ、失踪する方が心配をかけると、彼女なら気づくはずだ。
それに、なくなっていたのは財布と手帳と携帯だけ。
余りに軽装で、遠出をしたとは思えない。
しかし、死ににいくとしたら持ちすぎる。
(頼むから、無事でいてくれ…)
そんな祈りを胸に抱きながら、もう一週間経つ。
1年に及ぶ見舞いや介助の時でさえ見られなかったやつれが、御剣の顔に現れていた。
「…気持ちは解るけど、少し休めよ。そんなんじゃ仕事にならないだろ」
「じっとしていられないのだ…上手く眠る事もできない」
気分転換にでもなれば、と。捜索を手伝う成歩堂が御剣を捜査から引きはがした。
このままでは、御剣が倒れてしまう。
「……お前が心配するように、お前に何かあったら羽影さんも心配するだろ」
「…………そうだな……………………?」
「…どうした?」
「…雨月」
「えっ!」
目の前の角を曲がっていった人間。
確かに杖をついて、右足を引きずっていた。
だが、あれは
「おい、どうみても男だぞ!しかも帽子に眼鏡、顔解らないだろ」
「…いや、雨月だ、絶対に」
言うやいなや走り出した御剣を、成歩堂は慌てて追い掛けた。
「…雨月!」
杖をついている人間に追いつくのは難しいことじゃない。
追い掛ける背中はどんどん近くなって、それでもなぜか、その後ろ姿は逃げようと必死になっているようだった。
「…っ!なぜ逃げるのだ!」
がしっ、と。腕を掴んで振り向かせたその人。
弾みで帽子はとれ、短い髪がさらりと揺れた。
その顔は間違いなく、
「…雨月」
『れ…いじ』
最も愛する人のもの。
「…どれだけ、どれだけ心配させるつもりなのだ」
『………………!ごめん、なさい』
たった一週間で、疲労を色濃く見せる表情。まして、どんな状況でも流れなかった涙が一筋、その頬を濡らしていた。
言葉に詰まった彼女も、驚きと共に謝罪を口にする。
「はあはあ、追いついた…あ、羽影さん!」
『…あ……』
よもや逃げ切れないと判断したのだろう。
彼女の腕を尚も掴んでいる逞しい腕に、杖を棄てて体を預けた。
「……なぜ、何も言わずに出たりしたのだ。捜索されているのも知っていただろう」
お互いに落ち着きを取り戻してから、局で話を聞くことになった。
『…ニュースで、まだ犯人が捕まってないっていうのをみたら、いてもたってもいられなくて』
「………一人で駆け出していったと?」
『だって、』
"刑事として追うことはもうできない"
「……」
『…迷惑かけるでしょ、こんな体じゃ』
「…知っていたのか」
『何年の付き合いだと思ってるの、怜侍の嘘なんて…バレバレだよ』
そうだ。彼女に隠し事が上手くいった試しはない。
それでも彼女は、必死にリハビリをしていた。一番辛いのは彼女であるのに。
「辛い想いをさせてしまったな」
『貴方の嘘は優しいから。好きよ』
「……そうか」
頬を僅かに染めて、そう答えた彼女に、久しぶりの微笑みを浮かべた。
「…だとしても、一人で無茶をしすぎだ。もっとも、君が持ってきてくれた情報のおかげで逮捕に至ったわけだが」
『嫌だったの。途中で仕事を投げ出したみたいで』
「では逮捕できた今もう一度言おうか…」
"結婚して欲しい"
『不束ですが、よろしくお願いします』
(君の手となり)
(君の足となり)
(君を幸せにすると誓う)
(貴方の肩を借り)
(貴方に寄り添い)
(貴方を幸せにすると誓う)
Fin.