リクエスト2
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
《私と鳥と彼と》2014/07/05
『動物園、行きませんか?』
その言葉を聞いた彼は、いつにもまして鋭い視線を寄越した。
「お前、この忙しい時に何言ってやがる」
『忙しいのは承知です。だから、楽しみがあった方が仕事もはかどるし、リフレッシュにもなるんじゃないかと…』
「…できれば次の休みはきっちり休みてェんだ。生憎獣をみて楽しむ余裕はねェ」
なんというか、予想通りの答だった。確かに彼は忙しくて、休息も必要だと思うのだけど。
癒されて欲しい、というのが私の考えなのだ。そう簡単には引けない。
『…一応パンフレットは持ってきたんです』
「だから行かねェ……」
『ほら、ここの動物園、ペンギンの赤ちゃん産まれたんです』
「…」
『あと、鳥類とのふれあいコーナーとかショーもやってるんですよ』
「…」
『やっぱり、ダメですか?』
彼は無類の鳥好きだ。
この話でのってこなければ多分誘えないだろう。
「…雨月は行きてェのか?」
『えぇ…まあ』
「行けばいいんだろ、行けば」
さも、"仕方ない"とでもいいたげだが、釣り上がった口角が"楽しみ"と告げているようだった。
『夕神さん、着きましたよ。起きて下さい』
獄中にいた彼は自動車の免許がなく、『じゃあ私の運転で行きましょう。そうすれば車中で眠れますから』と、彼を車に押し込んだ。
案の定窓に頭を預けて眠っていた彼を起こし、園内へと引きずっていく。
「混んでるな…」
『仕方ないですね、日曜日ですから』
私が引きずっていた筈なのに、いつの間にか彼に手をとられて進んでいく。
ライオンの檻もキリンの檻も無視してあっという間に鳥類のコーナー。
『…夕神さん、よく場所解りましたね』
「鳥の匂いがしたからな」
『えっ!』
「…冗談に決まってるだろ」
後で聞いたら、前に渡したパンフレットを見て場所を覚えていたのだとか。
やっぱり楽しみにはしててくれたらしい。
『…うわぁ、ギンより一回り大きいですね』
「…」
猛禽類の狩りを目の前で見て、ギンの性格はまだ大人しい方で、手懐ける夕神さんがいかに凄いかを実感する。
「…ギンの方が上手いな」
『えっ、ギンも狩りするんですか?』
「餌はくれてねェからなァ…その辺の小鳥襲ったり鼠捕まえたりしてらァ」
ギンの知らない一面を知ってしまい、青くなる私の横で。
彼は低空を旋回する鷹を少年みたいなキラキラした顔で見つめていた。
疲れている筈の彼も目を輝かせて見入っているのだから、これは連れてきて正解だろう。
鷹匠のお姉さんが狩りを終えた鷹を呼び、その腕に留まらせて一礼する。
本当に綺麗な動作だ。
「それではこれよりフクロウのフク丸との記念撮影を行います。ご希望のお客様は向かって右へお進み下さい」
流れたアナウンスにピクリと反応する彼。
『夕神さん、写真撮りましょうよ』
「…付き合ってやらァ」
本当は行きたかった癖に。やっぱり"仕方ない"って空気を出して進んでいく。
口許がにやけてるの、バレバレだ。
「はい、じゃあ行きますよー、あっ!ちょ、フク丸!」
写真が私達の番になり。止まり木で大人しくしていたフクロウが急にバサバサと羽ばたいて、夕神さんの肩に留まった。
「構わねェ、このまま撮ってくんなァ」
『すみません、お願いします』
「いいですよ、ハイ!」
パシャリ。
シャッターがおりるとフクロウは夕神さんに2、3度頭を擦り寄せて止まり木に戻った。
「はは、フク丸も女の子だねー、カッコイイお兄さん解るんだ」
『えっ、フク丸…』
「白フクロウのメスなんですよ、フク丸」
鳥類のメスまで落とすなんて。夕神さん…
あ、なんか嬉しそうだし。
「さて次は、ペンギン行くか」
オウムとインコが"アリガトー、マタキテネ"なんて喋っているのを笑顔で見遣りながら進んでいく彼。
プレートを見れば
"オウム(♀) パロ"
"インコ(♀) パラ"
ここもメスばかり。
鳥類に嫉妬するなんて、私もどうかしてる。
きっと、彼が普段しないような穏やかな笑い方をするせいだ。
「ボサッとしてると迷子になるぜ?ほら、」
そんな小さなことでささくれかけた心を知ってか知らずか、彼は私の手をとって先へ進む。
さっきは手首を掴んでいたのに、今はしっかりと手を繋いで。
「…あれか」
繋がれた手に釘付けだった私は、やっとペンギンコーナーについたことを知る。
確か、餌やりの触れ合いができた筈。時間もそろそろだ。
『餌やり、参加します?』
「…いや、見るだけでいい」
まあ、これだけ小さな子供が群がってるのに混ざるのは流石に無理か。
一人納得してペンギンの親子に目を移す。
ペンギンの子供は両親とは違い、灰色で、もふもふとした羽を生やしていた。
『かわいいなぁ…』
親ペンギンの足の間に入って周りをキョロキョロと見渡す様は、どこか愛おしさを感じる。
そこへ、餌を貰ったもう一匹の親ペンギンが、餌を分けにやってくる。
本当に仲睦まじい。
「ああ見ると、家族ってのはいいもんだと思うなァ」
『本当ですね。私もいつか…』
いつか、お母さんになって子供を育てるのか。
いつか、夫ができて支えあっていくのか。
「…いつか、なんだ?」
『なんでもないです』
その夫が彼であって欲しい。
なんて、口にするわけもなく。
「ククッ、そうか」
ただ、言わなくても彼にはバレている気がした。
繋いでいた手が、いつの間にか指まで絡まされている。
「帰るか」
『え、まだ閉園時間じゃないですよ?』
「閉園までいる気か、明日も仕事あんだぞ」
『うぅ…』
「また、くればいいだろ。運転すんのは雨月なんだ、そう長居するわけにはいかねェ」
『…解りました、また来ましょうね』
絡ませた指を握り締めれば、彼が穏やかに笑った気がした。
(今度はバードウォッチングでも誘ってみようかな)
彼は、来たときと同じように。窓へ頭をもたれて寝ているようだった。
今日は楽しんでもらえただろうか。
疲れるだけじゃなく、リラックスしてもらえただろうか。
一抹の不安と疑問はあるけれど、彼が見せてくれた笑顔が、それを払拭していく。
そして何より、鞄についたストラップ。
「先に車に戻っててくんなァ」
ふと、人混みに紛れて行った彼。
戻ってきた彼に手渡されたのは、青地のステンドグラスに鷹のシルエットが嵌めこまれたストラップ。
その鷹は片翼で、よく見れば彼の手にあるストラップと対になっているようだった。
「…パンフレットにあったのが、気になってなァ」
確かに、パンフレットの裏には"人気のお土産BEST3"みたいな記事がついていた。
そんなところまで、彼は見ていてくれたのか。
それだけ、楽しみにしていてくれたんだろうか。
そう思うと嬉しくて。
弛緩する頬を抑えることもせず、
『ありがとうございます!』
と、受け取った。
でも、
「これで番(つが)いだなァ」
そう言った彼の、悪戯な笑みに。
私は面食らってしまって。
真っ赤な顔のまま車を急発進させたのだ。
Fin.
1/10ページ