リクエスト1
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
《まず友達から》
妙な事もある。
いや、彼にとっては妙ではないのだろう。
至って大まじめな声色と、何時も通り眉間にヒビをいれた表情で彼は言った。
「…貴女を、好きになってしまったようだ」
と。
『…人違いではありませんか?』
「では、昨日自動販売機で間違えて温かい飲み物を出して熱がっていたのは貴女ではないのだな?」
『えっ!』
「昨日、裁判所の中庭のベンチで猫と話していたのも貴女ではないのだな?」
『……私です』
私は検事の羽影雨月。
職業以外は、どこにでもいる平々凡々な女。
体格も平均、顔は美人じゃない。不細工、だとは思いたくないけど。
仕事だって、特に目立った功績はあげていない。
真面目にはやっている。
「なら、間違いない。私と、付き合って頂けないだろうか」
そんな、大した取り柄のない私に告白している彼。
検事局きっての天才、御剣怜侍。
容姿端麗、気骨稜稜、冷静沈着。
まさに文質彬彬。非の打ち所のないような男。
『えっと、何故私なんですか?』
「何故?人を好きになるのに理由はあるまい」
『いやいやっ。理由は確かにそういう人もいますが、きっかけってものがありますよね!?』
そうだ。彼が、私を好きになるきっかけがない。
局にいる人間で彼を知らない者はいないだろう。
目立つ赤いスーツとヒラヒラ。そして、あまりにも眉目秀麗な顔立ち。
一度見たら忘れるのは不可能だ。
けれど、彼は?
「昨日の公判を見ていて…だが?」
『見てたんですか!?』
「ああ。しっかり敗訴だったな」
『…うぅ、何でそんなとこを…』
「さて。きっかけを話したところで、返事を頂けるだろうか」
この人は、何を考えているんだろうか。
人の裁判を見てどう惹かれるのか皆目見当がつかない。
というか、聞いたら一層解らなくなった。
『私、御剣さんのこと、名前と職業しか存じないのですが』
「私も、貴女の事は名前と職業、しか知らない。これから知っていくのではいけないのか?」
『…まずはお友達から、っていう選択肢はないのですか……』
「ム…では、いずれは付き合って頂けるということか?」
『えっ…まあ、気が向いたら…』
「ならば、それもよかろう。では羽影さん、連絡先を……」
そんな訳で、私の電話帳に彼のアドレスと電話番号が入った。
彼の電話帳には私のアドレスと電話番号が入っている。
そして、
[急に押しかけてすまなかった。仲良くして頂きたい]
という初メールが届いていた。
[お友達から。よろしくお願いします]
一応釘を打ちながら返事をする。勿論、不仲になるつもりはない。
知識も多彩で有能検事となれば、話題も尽きずに楽しいだろう。
ただ、些か順番に問題があるだけだ。
翌日、妙に落ち着かなくて早く家をでる。
それがいけなかったのか、エントランスでばったりと落ち着かない原因に会ってしまった。
「今日は早いのだな」
『…まあ』
「裁判が近いのか?」
『今日の午後に一昨日の窃盗事件のがあります』
「そうか。…、落ち着いて頑張りたまえ」
何か考えた後、困ったような顔に小さな微笑を乗せてそう言った彼。
なぜか上手く答える事が出来ず、一つ頷いた。
その夜届いた
[勝訴おめでとう]
とだけ書かれたメール。
[ありがとうございます]
と送り返す。
まるで業務連絡だ。
そうは言っても、友人も少なくメールのやり取りなどないに等しい私には、友人同士のメールもこんなものだけど。
それからというもの、殆ど毎朝エントランスで出会い、どちらかが別れるまで雑談をするようになって。
週に一度か二度、簡素なメールが届くようになって。
でも、その短い文にも関わらず
[疲れていたら返信はいらない]
と配慮を忍ばせていて。
友達、と呼ぶには申し訳ない程に気を遣ってくれている。
そんなメールも1ヶ月、2ヶ月と続き、朝の雑談も少しずつ内容が変わってきた。
始めこそ裁判や事件について。今ではお互いの事を話すこともある。
でも、今日届いたメールは少し違っていた。
[君を食事に誘いたい。都合のいい日時を教えて頂けないだろうか。]
それを見て、身構えてしまった。
何故か私を好きになったという彼。それを意識したらどうにも緊張してしまって。
[明日のお昼なら空いてますよ。事件がなければ]
平日の昼なんてお互い忙しいに決まっているし、もともと大した時間はない。
渾身の冗談だった。
なのに。
[了解した。昼休みになったら駐車場で待っているので来てほしい。赤い車だからすぐに解るだろう]
返ってきた返事に酷く狼狽した。
今更冗談なんて言えない。だって、彼との食事が嫌な訳じゃないのだから。
[わかりました。よろしくお願いします]
やっとそれだけ打って送信する。
[用事が入ったら構わないから。余裕があったら連絡して欲しい。また明日]
返ってきた言葉はやっぱり私を気遣かっていて。
彼も忙しい癖に、彼もいつ仕事が入ってしまうか解らないのに。
[明日、楽しみにしています。お休みなさい]
楽しみにしているのは事実。
私なりの誠意を見せるのが筋だろう。
私の事を知って貰って、それでも好きか考えて貰えばいいのだ。
昼前、急に回ってきた裁判。事情があって元々の検事が検察を続けられないのだとか。
裁判は午後一。とてもゆっくり昼休み…とはいかない。
それでもわずかな時間で
"すみません"
とだけ打ってメールを送信する。
彼ならきっとそれだけで通じる。
昼休みどころか昼食返上で臨んだ裁判。
証人も被告人も一筋縄ではいかない人物で、検察側も弁護側もほとほと困り果てた。
結局は"語るに落ちる"という形で判決が決まったのだけど、弁護側も往生際が悪く、法廷を後にしたのは16時。
『ふぅ…』
残務処理が終わったのが18時、これからまだ本来やるべきだった仕事が残っている。
正直、疲れより空腹がつらい。
そんな中、響いたノックと間もなく開いたドアから伺う人物に驚いた。
『…御剣さん』
「急な裁判、辛勝だがご苦労だった…仕事は終わりそうだろうか?」
『いえ、まだ…』
帰り支度の格好で、部屋の入口に立つ彼に近づく。
仕方ない事とはいえ、申し訳なさで上手く顔が見れない。
「なら、夕食にでもしてほしい。食事は…また次の機会に」
受け答えた彼が差し出してくれたのは、紙袋。
中身はサンドイッチと、ペットボトルの紅茶。
「今日、連れて行きたかった店のものだ。気に入ってもらえると嬉しい」
では。と立ち去っていく赤いスーツ。
一人になった執務室でサンドイッチをかじりながら、切ない気持ちになってどうしようもなかった。
翌日、廊下を歩いていたコートの刑事を捕まえた。
『糸鋸刑事、御剣さんってどんな人なんですか?』
「御剣検事ッスか?…とにかく頭が切れるッス。何時も冷静で、落ち着いてて…あ、でも昨日はなんだかソワソワしてたッスけど」
『ソワソワ?』
「なんかいいことでもあったんスかねー」
そんな会話をして適当に別れる。
その流れで、中庭に向かうとベンチにいつかの猫が座っていた。
…この仔に話しかけてるのを見られたんだったな。
『猫ちゃん』
(ニャー)
『私、あの人のこと好きになっちゃったかも』
口にして見ると、妙に納得した気分になった。
彼が友達でいようとしてくれる配慮が寂しいと感じ始めた事とか、昨日のサンドイッチに苦手なトマトが入っていたのに残したくなかった事とか。
朝彼に会えないと調子が狂ったりとか、メールが来た日はよく眠れたりとか。
全部が全部、説明できてしまうのだ。
『…猫ちゃん、またね』
気付いてしまったら仕方ない。彼は簡単に私を振り向かせてしまったのだ。
私は彼を知る努力を、彼に私を知って貰う努力をしよう。
今晩、私は初めて自分から御剣さんにメールを打つ。
[明日の夜、空いてますか?]
Fin.
(猫ちゃんあのね、)
(今度は彼と会いにくるよ)
.
9/9ページ