水っぽいお題
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泳
《泳げない》
私はたぶん
生まれる場所を間違えた。
「雨月ちゃん、まだ帰らないの?」
『もう少し。21時半には出るから』
ここは王泥喜君のアパート。
私の家から徒歩20分。
「おうちの人は?」
『さあ』
「学校は?」
『…さあ?』
学校の帰りに立ち寄り、補導されるぎりぎりの時間までここに居座る。
王泥喜君は仕事から帰って来て、何時も同じ質問をしたから。私も何時も同じように答えた。
彼は私を無理矢理追い出そうとはしない。
『王泥喜君、またカップ麺?』
「いいだろ、別に」
『ね、今度は私が作っとこうか』
「……、いいよ、余計な事しなくて」
私と彼は、恋人や友人といった名前のつけられる関係ではない。
私が勝手にこの部屋に付きまとっているだけ。
出合ったのは雨の日。
傘を差さずに歩いていた私に、傘で視界の悪かった彼がぶつかって。
泥だらけになった高校の制服に慌てた彼が、自分のアパートが近いから、と。風呂を沸かしたり服を洗濯したりしてくれたのがきっかけ。
そして気づいたのは。彼の部屋、とりわけ彼の近くの空気が美味しいということ。
なんだかとても息がしやすくて、気づけばアパートの前で立っている。
最初は彼もストーカーかと思ったらしいが、アパートの前に夕方しか現れない私に合鍵をくれた。
無用心だとも思ったけど、「雪の中、何時間も人を待てる悪人なんていないよ」と言われて納得した。
『王泥喜君、近くにいっていい?』
「いいよ」
さっきも言ったけど、彼の近くは息がしやすい。
学校や家にいると首を絞められたり、胸を潰されているような窒息感があるのに。
王泥喜君の隣にいると自然に呼吸ができた。
それを声に出して伝えれば、"そっか"と呟いて。
なんだかとても優しい笑顔を浮かべてくれた。
『私はたぶん、生まれる場所を間違えた』
「…」
『陸じゃ呼吸ができないのに、地面に落ちた馬鹿な魚なんだよ、きっと。それで、奇跡的に王泥喜君の回りには、私が吸える空気があった』
馬鹿なことを言ってるかな。
でも合ってると思う。
私はここじゃなきゃ息ができない。
「じゃあ、俺は君の酸素ボンベだね。人魚姫?」
目を細めて、近づいた唇を合わせる。
酸素は少ない筈なのに胸が満たされるのは、やっぱり彼のくれる空気が美味しいからだ。
『そうだね。こんな人魚でも許してくれる?』
海も陸も
上手く泳げない
こんな人魚でも
『ね、王子様?』
Fin.
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