夕神詰め合わせ
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《リップクリーム》
冬、というのは乾燥する季節だ。空気にしろ、肌にしろ。
『い…った』
そんな季節だから、唇がピキリ、と嫌な音を立てて割れるのも不思議ではない。
いや、普段はリップクリームを持ち歩いているから、最近は割れる程悪化したことはなかったが。
普段、といったが、昨日まで確かに鞄かポケットにリップクリームをいれていたのだ。
それが、今日はどこを探っても見当たらなくて。
どこかに落としたのか置き忘れたのか…探すよりは帰りに新しいものを買った方が早いだろうと早々に諦めて仕事をしていた。
(あれ、お気に入りだったんだけどな)
淡いピンクの色付リップ。匂いも甘くて、柄も可愛いいやつ。
売っているお店も少ないし、少々値が張るから、勿体無いことをしたと思うのも今更。
そんなことをうっすら頭に描きながら、パソコンに向かい事務仕事をこなしていれば。
ガチャリと、部屋の扉を開けて大男が入ってくる。
『夕神さん、ノックしてください』
「俺の執務室なのにか?」
『貴方と"私"の執務室です。驚くじゃないですか』
「まァ、気を付ける」
『はいはい』
このやりとりは何度目かで、気を付けるどころか直りはしないのはそろそろ解ってきた。
「ところでお前さん、今日やけに滑舌悪くないか?声も小せェし」
『今日はリップクリームなくて、唇が乾燥してるんです。口を動かすと、割れるんですよ』
会話から違和感を感じてくれたのは嬉しいが、説明するために結局口を開いて、痛い思いをしたのは私だ。
帰りと言わず、昼休みにでも買いにいくべきか。
再びピキリと嫌な音を立てる唇を思わず舐めた。
「…これ、」
『あ!それです』
「昨日の帰りにデスクの下で見つけた」
『ありがとうございました』
それを見ていた彼は、はっと何かに気付いたように引き出しを探った。
そして、みなれたリップクリームを掲げる。
それを、返してくれるのかと思えば。
私では届かない位置で持ったまま動こうとしない。
『夕神さん?』
「塗ってやるからじっとしてな」
『遠慮します』
「すんな。ほら、座ってろ」
『いやいや』
彼の体格で迫られたら、必然的に後ろの椅子に座らざるをえなかった。
しかし、なに言ってんだこの人。
目前に迫る影に狼狽えていれば、その大きな手はリップクリームのキャップを外して。下から覗き込むように屈んだ。
『いや、だから、自分でやるので』
リップクリームを構えたまま近づく彼に、口元を手で抑えながら抗議すれば。
「黙りなァ」
彼の名台詞と共に延びてきた、リップクリームを持たない方の手で簡単に払われてしまう。
『…っ』
「そうだ、大人しくしとけ」
反論しなくなった私に微笑を浮かべると、下唇の端からリップクリームを動かし始める。
顎に手を添えられて、ゆっくりと丁寧になぞられるそれは、まるで…
「はっ、いい顔だなァ。キスする時みたいだ」
『っ!』
悪戯に笑った彼は、私の心中を読んだかのようにそう言った。
「じゃァ、仕上げに」
そして、何でもないように唇を引き合わせると、リップクリームを置いて立ち上がる。
『…っ、ここ、職場なのに!急に、何なんですか!』
「そんな甘い匂いつけてくるから、いつか味見してェなと思ってただけだ」
"ごちそうさま
やっぱり甘かったなァ"
なんて。
低く笑った彼を直視することはできなかった。
(……もう、職場にこのリップ持ってこれない)
Fin.
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