夕神詰め合わせ
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《ちぇんじまいんど》
『…痛ェ』
「うぅ、いたいぃ…」
ゴツン、と鈍い痛みで目が覚めた。今日は仕事がない。同棲している迅と休みが被って、"明日は寝坊できるね"なんていいながら一緒に寝たのを思い出した。
時計の針は10時前を指している。
少し寝過ぎたみたいだ。
(?…いつもは壁の時計見えないよね…背中側にあるんだから…)
自分の記憶との矛盾を考えていると、頬にチクリと走る痛み。
「いっ…」
『マジか…』
自分から出た掠れた低い声と、聞こえてくる高い声ににハッと目を開けた。
目の前には私の顔を抓る自分の顔があって。
『おはよう、雨月』
と私を呼んだ。
「…な…まさか」
『その、まさか』
頭の回転が早いのは良し悪しだ。
今状況を把握した私と、既に飲み込み終わっている彼は、中身が入れ代わってしまったらしい。
私の体の彼と、彼の体の私。
それが、布団の中で向かい合っている。
『よかったな、今日が休みで』
「そうだね…って、なんか余裕だね、状況解ってる?」
『入れ代わったんだろ、寝返りで頭同士をぶつけたせいで』
「そうだけど…」
『今日中に戻らねェとな。…とりあえず飯にしねェか?頭が回らねェ」
彼の口調で喋る自分に若干の気味悪さを覚えつつも、彼の冷静さに感心した。
「ああ、うん。準備してくるよ」
とりあえず自分も一先ず落ち着こう。いつも通りコーヒーでも飲めば頭も冴えるはず。
台所へ行こうとスリッパを履きかけた。普段使ってるピンクのスリッパ。
それは、今の足には小さ過ぎた。
「俺のスリッパはこっちだ」
黒いスリッパが横から現れて、自分の背中は洗面所へ消えていく。
(冷静通り越して適応しすぎでしょ…)
心の中で思うものの、声には出さなかった。
私の声で彼の口調も中々気持ち悪いが、彼の声で私の口調も気持ち悪い。
「…あ」
ついこぼれた呟き。
割れた卵を片手にフリーズした。
『なんだ?』
「いや…力加減を間違えちゃって…卵が…」
ボウルの中には黄身の割れた卵、手の中にあった卵もぐしゃりと潰れている。
「…目玉焼きじゃなくて、スクランブルエッグでいい?」
『あァ』
他人の体を使うというのはなんて難しいことなんだろう。
狭い台所だからか、彼の体をそこかしこにぶつけながら朝食の仕度をする。
「お待ち遠様、ブランチだよー」
『珍しく時間かかったなァ』
「人様の体に傷つけるわけにはいかないからね。慎重に料理したのよ」
さすがに、包丁とか火とか使うのに傷つける訳にはいかない。
『お前、胃袋小せェんだな』
彼は普段食パンを3枚食べる。私の体には1枚が限度。
「寝起きは特にね。迅は結構食べるんだね、3枚で足りてたの?」
『腹八分目っていうだろ』
「なるほどね、じゃあこのくらいにしとくよ」
"ごちそうさま"
と、食器を下げて。
洗い物を済ませるとドサリとソファーに座り込んだ。
「…あー…どうしよう。とりあえず頭ぶつけてみる?」
『他に思い当たるもんもねェしな』
「じゃあいくよ。せーの…」
ゴツン
向き合ったソファーの上、鈍い音と鈍い痛み。
閉じていた瞼を開ければ、そこには私の顔。
「やっぱりそう簡単にはいかないね」
短くため息をついてコーヒーカップに手を伸ばした。
しかし、カップに口をつけるや顔をしかめる。
「苦っ…」
『ブラックだからな』
「いつもはブラックでもこんなに苦くないよ…」
『そうか?……渋っ』
「いつも飲んでる緑茶でしょ?」
『……まさか、味覚の違いってことかァ?』
「あー、だね。よし、交換しよ」
スルリと交叉するマグカップと湯飲み。
彼は普段飲まないコーヒーに口をつけて、
『…コーヒーって美味いんだな』
と、もらした。
「でしょ?お茶も美味しいんだね、お代わりしよ」
急須から茶を継ぎ足して、また二人で考え込む。
『案外一晩たてば戻ったりしてな』
「…それまでこのままなの?」
『あと半日じゃねェか、我慢しろよ』
なんでこうも彼はあっけらかんとしているのだろう。
このままじゃ仕事にもならないというのに。
思わずその疑問は口をついてでて、それに応じて楽しげに笑う自分の顔を見つめた。
『俺は今を楽しんでんだ。お前の目線で生活することも、お前の感覚で感じることも、どんなに考えたって俺の体のままじゃ憶測にすぎねェんだからな」
「…」
『俺にはちょうどいい高さのテーブルも、お前の体では高い。俺が思ってたよりも、お前は少食だ」
コーヒーを啜りながらやっぱり楽しげに、
"だから、たまにはいいんじゃねェかなって"
と、笑みをこぼした。
「確かに…迅の体だとご飯沢山食べれるし、力もあるし、私の頭ってすごく下にあるし…本当に頼りになるって思った」
つられてそんな事を口にすれば、彼は髪の毛をくしゃりと掻き上げて。
困った様に笑った。
『やっぱり早く元の体に戻りたくなった。この体のままじゃキスもハグもできやしねェ』
苦笑混じりのそれに、顔に熱が集まるのが解って。
自分の心の反応なのか、彼の体の反応なのかは考えないことにした。
(君の視線で見る世界)
(何もかもが小さくて)
(何もかもが大きくて)
「朝には戻ってればいいね」
『さすがに戻ってねェと困る』
「…だね。じゃあ、おやすみ」
ゴツン
「い…ってェ」
『いたぃぃ…』
鈍い痛みと、聞き慣れた声で目が覚めた。
自分の口からでた高い声と、耳から入ってきた低い声。
そして、目の前で瞬きをする迅の顔。
「戻った、な」
『戻った、ね』
どちらともなく安堵の笑みをもらした後。
じゃあ遠慮なく。
と、彼の唇が触れた。
Fin.