御剣詰め合わせ
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《酔い彼女》
「ただい…っ」
出張から帰った家の空気は、リビングの入口でも感じられる程の酒気に包まれていた。
『お帰り、出張お疲れさま。怜侍も飲む?』
グラスを振る彼女に首を振って断る。原因はこの酒豪―同居中の恋人…雨月―のせいだと解った。
テーブルの上に並ぶジンやウォッカなどの蒸留酒の瓶。
氷や柑橘類も置かれている。
「…いつから飲んでいるのだ」
『んーと、10時くらいから』
今は深夜1時。
もう3時間も飲んでいるのか。
「体に悪い、もう止めたまえ」
『ねぇ怜侍、酔うってどんな感じなの?』
「…」
質問を無視してグレープフルーツを搾る彼女。酒気の割には呂律の乱れや頬の赤みがない。
恐らく、まだ全然酔ってなどいないのだ。
『酒を飲んだら時間なんて忘れるって言われたけど、全然だね。飲めば飲むほど、飲み始めてどのくらいたったのか気になるだけだったよ』
グレープフルーツにウォッカを注ぐ。仕上げにグラスに塩をつけて、私にもそれを渡した。
「ソルティドックか」
『甘いカクテルじゃ酔える気がしなくてさ』
さっきまでオンザロックだったんだ。と付け足して雨月はカクテルを煽った。
彼女にとってアルコールは、単に刺激のあるジュースに過ぎない。
「そんなに酔ってみたいのか?」
『ほろ酔いが気持ちいっていうから、経験してみたくて』
少し寂しげに笑った彼女に、言葉を詰まらせた。
『わたしぃ、酔っちゃったみたーい。とかも使ってみたかった』
その空気を察してか、ケラケラと笑って見せた。
いつの間にかソルティドックを飲み終えてギムレットを作っている。
『酔ってたから覚えてないですぅ。とかも都合いいなーって思うんだよね』
そのギムレットさえ一気に飲み干して。カタン、とテーブルにグラスを置いた。
『ね、怜侍』
「…何だろうか」
『私は今酔ってます。悪気はありません。明日には何も覚えていません』
「…」
『解った?』
夜遅くなってテンションがおかしいのか、疑似酔っ払いを持ち掛けてきた。
実際出張の帰りで疲れてはいるのだが、久々に会ったのだからこんな戯れもいいか…と思ってしまった。
『れーじ』
わざと舌足らずに喋る。
中々見れない光景だと思った。
「どうしたのだ」
『逢いたかったよー』
首に腕を回してくる姿はどこか愛らしくて。抱き留めれば小さく体を捩った。
「私もだ」
『嘘。全然連絡くれないし、今日だって…9時には着くっていったじゃない』
「…」
『1時間くらい頑張って起きてた。でも、一人でいるの辛くなって…でも一人じゃ寝れなくて…』
申し訳ないことに。飛行機の離着陸が遅れて、9時にはつけた筈の自宅についたのは今し方。
だからか。
だから時間を忘れようとあんなにアルコールを並べて…。
『本当に、私に逢いたかった?』
唇が触れるか触れないかの位置で疑問符を投げかけた雨月に、"勿論"と答えて短いキスをする。
「すまないな。一秒でも早く着こうと、それしか考えてなかった」
『そっか。れぃじらしいね』
彼女も短いキスをして、クスクスと笑った。
『本当は電話したかったけど、アメリカじゃ時差があるし、仕事の邪魔したくないし…かといってメールじゃ味気ないし…』
次から次へと言葉が出てくる。普段さっぱりしている彼女が、羅列するように話をするのは珍しかった。
酔っている、ということだろう。
安全運転のオバチャンのトークのようなそれに、黙って頷いていると、しばらくして欠伸が聞こえた。
「眠いか?」
『ううん、寝たくない』
答になってないが、要するに眠いのだろう。
半分閉じかけた瞼で頭を振っている。
「…寝よう、私も寝るから」
『一緒に?』
「ああ、一緒だ」
きっと、酔った振りでもしないと。強がりな彼女は本音など言えないのだろうから。
自分の飲みかけのソルティドックを飲み干して、寝室へ向かった。
寝る前のキスは
グレープフルーツの爽やかな香りと酸味と。
少し苦くてしょっぱい味だった。
Fin.
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