王泥喜と地学ガール
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《ちぇんじぼでぃ》
俺と彼女の背丈はそんなに変わらない。
165㎝の俺に、164㎝の彼女。
外を歩くにもローヒールを好む彼女のお陰で大した身長差は生まれないし、家にいるときなんて目線の違いを感じることはほとんどない。
いいのか悪いのか。
もっと見上げるような感じの方が、かっこよく見えたりするんじゃないか…とか、然り気無いリードやトキメキを与えることが出来るんじゃないか…とか。
考えないと言えば嘘だ。
正直自信の無さにも繋がって、手を繋ぐ以降進展なし。キスもできていない。
『ホースケ?天の川見えそうだよ』
「あ、本当ですね。…ちょっと薄曇りですが」
『短冊の願い事届くかな?』
「商店街の笹に吊るして来たやつですか?何書いたんです?」
『えー、言わない。ホースケは?』
「なんで俺だけ言わなきゃいけないんですか、嫌ですよ」
『何、言えないようなことなんだ?』
「…違います。でも言いませんっ」
『ムキになってる、ふふ、楽しっ』
「もう…」
旧暦のちょっと遅れた七夕で短冊に書いた願い事。
"君の目線を知りたい"
なんて。
『…ん?』
「…は?」
『俺?』
「私、だよね?」
どうやら織姫と彦星は願いを聞き届けたらしい。
七夕の夜を越した朝、目を醒ませば目の前に俺。
『俺っ?いや今は雨月さんなのか、えっと、俺は私で、あーっ!何、入れ替わってる??俺と雨月さんが!??』
「落ち着きなさい、馬鹿ホースケ」
『痛っ!』
思いっきり頭を叩かれた俺はとりあえず口を噤む。
「理由は解らないけど、体が入れ替わってしまった。私は今日は非番だけど、明日は出勤。今日中に戻りたい。ホースケは?」
『…俺は午後から裁判があります。しかも事務所が珍しく手一杯で代理不可です……』
「大問題だね」
困った。何でだか冷静な彼女に捲し立てられて状況を飲み込む。
こんなときに願いを叶えて貰えても味わう余裕はないのに、ってか、戻れるのか…これ。
なんて痛む頭を撫でながら思っていれば
「ホースケ、裁判の資料はどこ?」
『え、事務所ですけど…』
「解った。あと、スーツ借りる」
『まさか雨月さん!?』
「…代理人、いないんでしょ?」
ためらいもなく部屋着を脱いでワイシャツに腕を通した俺、もとい彼女。
ベストのボタンを留めながら振り返った姿は、なんだかキラキラしていた。
『これが資料、1ページ目が概要です。こっちが証拠品で、流れはこんな感じで…』
「ん、大体解った」
『あの、他の事務所に頼んでみたりした方が…』
「何いってんの、」
王泥喜法介は、大丈夫です!
彼女はそう叫んで本当に弁護席へ立った。
自分で言うのもなんだけど、同じ目線で叫ばれた「大丈夫」は、頼り甲斐すら感じられたのだ。
本当に大丈夫な気がする。
「これより、裁判を始めます」
「弁護側、大丈夫です」
「検察側もOKだよ」
(よりによって牙琉検事だったか…)
そう、検察側にいるのは紛れもなくジャラジャラしていてエアギターを掻き鳴らす(でも検事の腕も確かな)牙琉検事。
下手したら、いやしなくても些細なことで怪しまれる………!
「意義あり!それではこの証拠品との辻褄があいません!」
「ん?どこがですかな?」
「君もはったりをするようになったのかい?」
「解らないんですか?その理論だと、そもそも証拠品が存在すること事態おかしいんです」
「あ…っ!」
「仮にこれを使ったとして、なぜ現場に残っているのですか?処分する時間はあった筈です」
「…成る程、それは確かだ」
「異論の余地はないようですね…よって、無罪!」
…俺より大丈夫だったんじゃないか、これ。
「今日のおデコ君はやけにも鋭かったね」
「牙琉検事が鈍ってるだけじゃないですか?」
「証拠品への洞察力は捜査員ものだし、そのクールなとこも雨月ちゃんのようだよ。まあ、彼女ほどときめかないけど」
「そうですか。今日は用事があるので失礼します」
あ、素だ。
あれは俺の振りじゃない、完全に雨月さん自身だ。
くるりと裁判所へ背を向けてこちらへ近づいてきた彼女は、ニカッと音が付きそうな顔で
大丈夫だったでしょ?
と笑った。
真っ正面からみた自分の笑顔。正直子供っぽいな、って思ったのに。
ドキッ
俺が入っている筈の彼女の心臓が音を立てた。
(これって…)
彼女の目は、心臓は。
俺のこんなところに惚れてくれたってことなんだろうか。
「?帰ろうよ、お腹すいた」
『は、はい』
並んで歩くと、肩と肩がコツンとあたる。
ドキッ
不意に横を向けば楽しそうな横顔が目に入る。
ドキッ
(背伸びしなくて、いいんだな)
きっと。
彼女と俺は同じ目線でいられるから、幸せになれるんだ。
「明日には戻ってるといいなぁ」
『明日は俺が休みなんで、今度は俺が仕事行きますよ!』
「えー…絶対無理だと思う」
テイクアウトした牛丼で夕飯を済ませながら、そうやって笑った。
(織姫様、彦星様)
(身長なんてもういいです)
(彼女が俺を見てくれるなら)
朝、体が戻ってなかったらその時考えよう。
そんな感じで早く寝て、早く起きることにした。
『ホースケ、私仕事行くから。帰る時に鍵閉めてポストいれといてよね』
「ん…はい」
…え?
「仕事って!」
ガバッと起き上がると、すでにスーツに着替えた彼女の姿の彼女が、車のキーを手に立っていた。
「戻ったんですね!」
『うん。まあ、なによりだよ』
じゃあ、と。玄関へ向かう彼女の手を掴んで。
勢いのまま振り向かせてキスをした。
「いってらっしゃい!」
『~~っ!』
俺は突き飛ばされて布団に尻餅をつき、彼女は真っ赤な顔でわなわな震えながら再び玄関に向き直り。
『い、いってくるっ』
慌ただしく出ていった。
「あ…キス、…つい」
(織姫と彦星の意地悪っ)
(今叶えなくてもいいじゃんか)
(確かに願ったけど!)
"ホースケともっと近くなれますように"
Fin