酔いどれ夕神と酔いどれ彼女
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《酔いどれ二人》
なんやかんやと正月は過ぎ、普段の空気を取り戻しつつある世間。
なのに今、俺達は正月気分で飲み会を開こうとしている。
『夕神さん、何から開けます?』
「……度数高ェのばっかだなァ」
『低いので飲み比べしても、時間だけ過ぎちゃいますから』
正月は結局忙しく、後日家飲みでもしながら話そう、ということになったのだが。
クリスマスの時にふと言った「酒に弱くない」もあって、色々こじらせた結果彼女との飲み比べを招く事になった。
「…勝敗もつけるのかィ?」
『そうですね。潰れるかギブアップで負けです。体に負担がかかるので煽りや無理強いはダメです』
「…じゃァ、双方1瓶ずつ選んで、それを飲みきったら引き分けだな」
『そうしましょうか』
彼女が準備した酒と、俺が準備した酒。1瓶ずつでも十分酔い潰れられる代物ばかりだ。
…彼女のものは尚更。
『最初は私のからでいいですか?飲めないものとか、あります?』
「特に無ェ」
『じゃあこれで。私、これ好きなんですよー』
雨月が笑顔で持ってきたのは、よく冷えたラム酒。しかも、75度の。
「ストレートで飲むのか?」
『せっかくですから色々試しませんか?ストレートに、ロックに、ミルク。どれも捨て難いです』
「そうだな」
カクテルグラスに冷たいラム酒。
暖かい部屋では魅惑的な飲み物で、室温で温まった表面からラムの甘い匂いが立ち上がる。
『まずはストレートで。はい、どうぞ』
アルコールを注いでくれるたおやかな指に目を奪われつつ、差し出されたグラスを受け取った。
どちらともない乾杯のあと、それを一気に呷る。
『ん~♪』
上機嫌な雨月を微笑ましく思うと同時に、なんとなく不味いと思った。
酒の味が、ではない。状況が、だ。
『次はロックで』
彼女は本当にこの酒が好きらしい。クラッカーやチーズをつまみながら、早いペースで空になる彼女のグラス。
瓶の半分を過ぎても、頬の上気や呂律の乱れが一切ないところをみると、酒に強いのは一目瞭然だ。
「…お前、いつもこんなに飲むのか」
『いえいえ、普段は缶チューハイ1本くらいです』
「それ、酔えてンのか?」
『まあ…酔えませんけど、新商品の味見ですかね。一人で飲んでも美味しくないので、誰かと飲むときの為の』
ミルク割のラム酒を両手で抱えて笑う様子はとても嬉しそうで。
『…だから夕神さんと飲むの、凄く楽しみで。とても美味しいです』
緩んだ笑顔と柔らかな声は多大な破壊力を持っていた。
「そうかィ…」
『ええ』
実をいえば、自分は大分酔いが回ってきていた。
酒に強いと思っていたのは7年前、姉貴との飲み比べに勝ったからで。あの時はビールがメインで、長時間ちびちびと飲んでいたことを思い出す。
強い酒をハイペースで飲んだのは初めてだった、と今気づいてもどうにもならない。
『…あ、ラム終わっちゃいました』
やっと、ほんのり色づき始めた頬で、彼女は空の瓶を振った。
「少しは酔ったかィ?」
『はい、ほろ酔いでいい気分ですよ♪夕神さんは?顔赤くなってきましたけど』
「…まあな」
『次、飲みます?』
「当たり前だろ…」
潰れる、とまでは行かない。勝負となれば尚更、まだ飲める。
『じゃあ、夕神さんのお酒出して下さい』
「…度数はラム程高くねェんだが、どうしてもこれがよくてな」
とは言っても、すっかりアルコールは回っていて。いつもより軽い口は勝手に言葉を紡ぐ。
『洋酒ですか?てっきり泡盛を持ってくるのかと』
「お前と初めて飲むのには、色気ねェと思ってよ」
取り出したのは蒸留酒。
ラベルには"GIN"の文字。
『…』
「読めない、とは言わねェよな」
『ジ…ン、ですか』
「ああ、酔わせてやろうと思ってな」
自分でも臭い台詞だと解っている。自分も相手も、相当酔っていなければ口にできやしない。
『、もう酔ってますよ』
小さな声が聞き取れず、問い返せば。
『夕神さん、以外とロマンチックなことしてくれますね』
と笑われて。
「柄にもなくて悪かったな」
恥ずかしさをごまかすように、グラスへその酒を注いでいく。
でも、グラスを見つめる笑顔がさっきよりずっと赤い事にも気がついた。
『いえいえ、夕神さんの知らない面が見れて嬉しいです』
「…」
『では、勝負再開ですね』
ジンのアルコール度数は精々40度。ビールやワインには勝るが、先程のラムには遠く及ばない。
のだが…
『ん~…』
「雨月、大丈夫か?」
『えぇ、大丈夫ですよ~』
雨月の顔は見る見る赤くなり、目も潤んできていて。飲むペースも確実に落ちていた。
「具合悪いなら止めろ」
『大丈夫ですってば』
「明らかに飲むペースも落ちてるし、ぼんやりしてるだろ」
『ふふ、だって、飲むの勿体ないじゃないですか』
「あァ?」
楽しそうに瓶を取り上げる彼女。実際、中身は半分程減っているのだから、酔って当然なのだが。
『瓶が空になったら、終わっちゃいます』
「…そりゃァ」
『ジン、いなくなっちゃうんです』
「…」
『だからゆっくり飲むのです』
彼女は酔ってる。
ゆっくり飲んだって、飲み続ければ終わることが念頭にないところとか。
酒の名前と、俺が混同し始めたことから。
ただ、それを疑いもせずに解った俺も、相当酔っている。
「いなくなったりしねェよ」
『解りませんよぅ?お酒は飲み干したら空っぽになります。人の心も空っぽになるかも知れません』
「…ならねェ」
『証拠は?』
空になったグラスをコトリと置いて。どこか縋るように見つめる瞳。
正面からのその視線は強すぎて、つい視線を逸らせば、彼女は膝で歩いて俺の隣へやってきた。
「…未来のことだから証拠はねェ。けど、証言はできる」
『…?』
「10年想い続けたんだぜ?…そう簡単に飲み干せると思うな」
一瞬見開かれた瞳は、うっすら涙を浮かべたあと微笑んで。
小さく頷いた後何かを紡ごうとする唇に、人差し指を当てて遮る。
「…いい加減言わせろ。………好きだ、ずっと前から」
"嬉しい"そう言って笑った彼女の目に浮かんでいた涙が、一筋になって流れて行くのが見えた。
それを見たら、どうにも抑えがきかなくて。雨月を体ごとこちらへ向かせてその唇を塞ぐ。
『…んっ』
熱い。
少しの間だったのに、焼け付いたように感じる唇。思わず唇を舐めれば、仄かに香る独特のジンの匂い。
『…好きです』
「…知ってらァ」
嬉しそうに呟かれた言葉に、恥ずかしさからそっけなく返せば。彼女から重なる唇。
先程より長かったそれ。
離そうとするより先に口に広がる酒気と、唇よりずっと熱い舌先が触れる。
「…おいっ」
正直いって驚いた。
雨月はこういう事をするやつじゃないと思っていたし、急だったから。
つい引きはがせば、零れていく涙に出会う。
『好きです、』
「…」
『大好きなんです』
泣き上戸、なのか本心なのかまでは解らなかった。
ただ、とめどなく流れる涙と、縋るように首に回された腕を解くことなんかできなくて。
もう一度唇を塞いで、今度は自分から少しずつ深いものにしていく。
「…7年、いや10年分を埋めるくらい愛してやらァ」
『なら…私は言えなかった10年分、愛してるっていいます』
(君が)(貴方が)
((酔ってなければ))
((言えやしない台詞))
(受け止めてくれるでしょ?)
(受け止めてくれるだろ?)
((10年分の想いを))
今までの片思いも
今日のことも
明日からの未来も
アルコール漬けにして
いつまでも変わらない日々を
Fin.
「…どうしたもんか」
結局あの後、くたりと力の抜けた彼女は膝の上でぐっすりと眠ってしまって。揺すっても声をかけても微動だにしない。
おもむろに雨月の頭を撫でながら思考をめぐらす。
そして、彼女を抱き抱えてベッドに下ろした。
(これが無難だな)
爆睡している彼女に鍵はかけられない。
だったら、自分がここにいるしかない。
(そういや…)
ふと目がいった酒瓶。まだ飲みきっていないジンのボトル。
覚醒している自分と、寝ている雨月。
(勝った、のか)
別に勝ったからどうということはないけれど、少しの満足感がある。
彼女は酔いが回るのが遅く、自分は酔うのは早いけれどその後は平行線ということか。
なんとなく納得しながら、雨月をもう一度見遣る。
顔にかかる髪を避けて額に唇を寄せれば、まぶたを薄らと開けて。
『ゆ…がみさん、寒いでしょ?一緒にね…よ…』
そう呟きながらまた眠りの世界へ落ちた。
本来なら床で寝るべきなのだけど。彼女はきっと、明日になれば忘れている。
そして、自分は飲み比べに勝ったのだから、賞品みたいなものがあっていいんじゃないか。
なんて思考と、それを助長する、自分の袖を掴む彼女の指先に負けて。
同じ布団に包まることにした。
翌朝、お互いに全部覚えていて
恥ずかしくて顔が見れない
なんてのは
今後毎回起こること
End