御剣詰め合わせ2
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《風邪彼氏》
ピピッピピッ
「…」
36.9℃…微熱。そして微妙。休むに至る熱ではない。
が…
ゲホッゲホッ
咳が止まらない。
その上喉が痛む。
昨日のうちに案件は片付けたことだ、大事をとって今日は休むべきか…。
連絡しようと携帯をとり、ふと考える。
この咳では電話は出来ない。大体、雨月が知れば自分が移したと気を病むだろう。
慣れない指で"体調が優れないので休む"とだけ打ったメールを検事局に送る。
今日は午後から裁判があると言っていたから、雨月が知ることはないだろう。
と思ったのはどうやら間違いだったようだ。
『怜侍?大丈夫?』
ベッドを出て、リビングで風邪薬を飲んで間もなくだった。
駆け込んで来たのは買い物袋を持った彼女。
「雨月、な゙ぜ…っゴホッゴホッ」
『やっぱり喉痛めてたのね、無理に喋らなくていいよ。あ、なんか食べた?』
額に手を当てて熱を計りながら問う彼女に首を横に振る。
『熱はそんなにないね…なんか作るよ』
袋からいそいそと物を取り出してキッチンへ向かう。
裁判はいいのか、何故解ったのだ、聞きたいことは沢山あるのに。
ゴホッゴホッ
出るのは咳ばかり。
『だから無理しなくていいって』
戻ってきた彼女は、湯気を立てたマグカップを持っている。
『蜂蜜生姜湯。そんなに食欲ある訳じゃなさそうだから…飲める?』
「………」
『よかった。熱いから気をつけて』
頷く私にほっとしたような笑みを浮かべる。
『朝、怜侍の部屋行ったらボーイさんがいて"御剣様、体調が優れないようで"っていうからさ。私に言わないってことは風邪ひいたのかなって。しかもメールで連絡してあったから喉やっちゃったのかと思って来てみたの』
加湿器のセットをしたりブランケットを用意しながら彼女は続ける。
『裁判午後からだから午前中にお昼とか作ろうと思って。裁判の準備は抜かりないから安心して』
再びキッチンに消えた彼女。何かを刻む音や水の音がする。
『本日のメニューは生姜ミルク粥。異議は?』
「…」
『はい、異議なしということで』
しばらくグツグツやっていたが、火を止めて戻ってくる。
『寝てなくて平気?マスクは?』
「ゲホッゲホッ」
『うん、寝た方がいいし、マスクした方がいいよ』
片手に加湿器を持って私を寝室まで引っ張る。
言葉を発していないのによく解るものだ。
『お粥今食べる?』
マスクを袋から出しながら問う彼女に首を振る。
『食べる時に冷めちゃってたら温めてね。喉飴とお茶、一応タオルもサイドボードに置いておくから』
法廷にいる時と変わらずテキパキと動く彼女に感心した。
そして、短い時間を縫って来てくれたことにも感銘を受けた。
『…ごめんね、この前の風邪移しちゃった』
ベッドに腰掛けて申し訳なさそうにうなだれる。
何か言おうにも、出るのは掠れた声と咳ばかり。
ますます雨月は縮こまる。
「……」
『!…怜侍』
腕を伸ばして彼女の顔に手を添えて、ゆっくり首を振った。
実際、彼女の風邪なら移ってもいいと思った。移すと直るという迷信が本当なら、喜んで移された。
『怜侍のおかげで直ったんだよ…ありがとう。今度は私の番だから。裁判終わったらすぐ来る』
添えた手に手を重ねて、彼女は微笑んだ。
時間ギリギリまでそうして付き添って、嵐のように家を出て行った。
嵐が過ぎ去った後の静けさ。とでも言おうか。
静かな部屋に、自分の咳を聞きながら天井を見つめる。
彼女が去ったあと、作って貰った粥を食べて…大分眠っていたようだ、時計の針は19時を告げている。
ゲホッゲホッ……
(咳をしても一人)
誰の句だったか。自由律俳句を詠んだ歌人。
『まさに"咳をしても一人"だね。尾崎放哉だっけ?』
急に入って来た人物に驚く。他でもない、雨月。
話し掛けようとしたら手を前に出されて制された。
『ごめんね、いろいろ準備してたら遅くなっちゃった…。でも、お粥食べ切れたみたいでよかった。あ、裁判は勝ったからね』
加湿器に水を足しながら話す。
額に手を遣られて、ひんやりした感覚に浸っていると"下がってきたかな"と呟くのが聞こえた。
『夕飯は葱と卵の中華粥でいい?』
粥だけでよくレパートリーがあるものだと感心しながら頷けば、"作ってくるからもう少し寝てていいよ"と部屋を出て行った。
結局、私は寝付く事もできず、一人で自分の咳を聞いていることもできず。
リビングへと足を運ぶ。
『もう、寝てていいっていったのに。まあ、じっとしてられないのは元気になってきた証拠かな?』
私が来たのに気づいて、葱を刻みながらほほ笑む。
『お粥なんてすぐだから。もう出来ちゃうけど食べる?』
頷くと、小さ目の土鍋と茶碗、スプーンをテーブルまで運んでくれた。
装ってもらった粥はとても美味しくて。"どう?"と首を傾げた雨月にただただ頷く。
程無くして食べ終わり、薬を飲む。
『綺麗に食べて貰えて嬉しいよ。じゃ、洗い物してこよっかな』
席を立とうとする彼女の腕を掴む。…いつかの誰かのように。
困ったように微笑む雨月。
「…おいしかった」
ありがとう、と続けようとしたところで咳込んだ。
すかさず背中をさすってくれる暖かい手。
解ってる、とでもいうかのように何度も頷かれる。
『恩返し、』
小さく笑った彼女に、首を傾げる。
『私が風邪引いた時、ずっと傍にいてくれたでしょ?すごく嬉しかった。何て言うのかな、心強いっていうか…今何が起きても、私が動けなくても、怜侍がいるから大丈夫って』
まじまじと見つれば、また、困ったような顔になって、
『怜侍も同じように感じてくれたらな…って』
と続けた。
『……今日は暖かくして寝てね』
不自然に沈黙を作ってしまった私に声をかけて、寝室へ促す。
けれど、一日中寝ていた為に、寝れそうにもない。
サイドボードに置いてあった水を取り替えたりしてくれている彼女。
申し訳ない気分にもなるが、なぜか満たされたような気もした。
ケホッ、コホッ
『咳、軽くなってきたね。何か欲しいものある?』
午前のようにベッドへ腰掛けて、横になる私に話し掛ける。
「…………雨月」
朝よりはましになったが、未だ掠れる声。
私の声を聞くと、私以上に辛そうな顔をする彼女。
言わなければよかった、と後悔した。
『…』
「っ…!」
触れるだけ、暖かい感触が唇に残った。
『…朝より喉、よくなったみたいだったから』
照れたような彼女。
くるり、と背を向けられてしまった。
「雨月のお陰だ…ありがとう」
やっと言えた言葉。
すぐに振り返った彼女は(自意識過剰かもしれないが)慈しむように笑う。
そして"どういたしまして"と、頬に触れた。
その手を、グッと引っ張れば、ベッドに倒れ込む雨月。
呆気にとられる彼女を、そのまま抱きしめた。
「すまないが、アレでは足りなくてな」
『…すっかり元気な様で何より』
「暖かくして寝ろ、と言ったのは雨月の方だろう?」
毛布を彼女にもかかるよう引っ張り、強く抱きしめる。
『私は湯たんぽ替わりって訳ね』
「そんなものよりずっと暖かい」
いつの間にか、遠くにいた眠気がすぐそこまで迫っていて。
思い出したように咳が出れば、雨月が毛布を首元まで引っ張りあげてくれた。
「私が寝るまで、このままで構わないだろうか」
こくん、と頷いて彼女は笑う。そして、また唇を寄せた。
『お休み、怜侍。早くよくなって…』
次の朝、いつもよりずっと早く目が覚めた。まあ、昨日あれだけ寝れば当たり前だろう。
…ふと、腕の中で呼吸を繰り返す雨月に目を遣る。
結局、朝まで一緒にいてくれたのだ……あの時の私のように。
顔にかかる前髪を避けてやり、額に唇をおとす。
「ありがとう…愛してる」
ほとんど痛みの取れた喉、元に戻りつつある声に、
…
感謝と愛をのせて。
fin.