リクエスト4
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《瑠璃紺》
雪の積もる山奥で事件を起こしてから1年。
実に様々な取り計らいを受けて、俺は娑婆で生きている。
小さな珈琲喫茶のマスターであり、探偵なんてものを稼業にして。
『お父さん、ゴドースペシャル1つとゴドーブレンド2つ』
「おう」
どういうわけだか、16才の娘までいる。
このカフェ自慢の看板娘。
探偵をしていた縁で、戸籍縁組みまでした養女だ。
苗字も神乃木、立派な娘。
「ほらよ。冷めないうちに運んでくれ」
『勿論。お待たせしました、あっつあつのうちにお召し上がりください』
ニコニコと愛想がよくて、気配りのできる可愛い店員でもある。
バイト、と称してこれで小遣いを稼いでいるわけだ。
『お父さーん、ホットミルク2つと珈琲牛乳1つ』
「うちはブラックだけだ」
『けち。高校のクラスメイトなの、珈琲飲むとお腹壊しちゃうんだって』
「くく、コネコちゃんじゃ仕方ねぇな」
まあ、こうやって店を営んでる時は楽しい。
いや、勿論完全プライベートも楽しんでいるが。
「…、ほんとに雨月は良くできる」
『ふふん、今回は殊更頑張ったからね、テスト勉強』
「こんだけ出来れば進路選び放題だろ。何かしたいことは決まったのか?」
『ううん。私は、お父さんのお店で手伝っていければそれでいいよ』
「おいおい…嬉しいが、ソイツは駄目だ。もっと広く世界を見ろ。いくらでも戻ってきていいから」
『…そう?じゃあ…インテリアコーデとかかな。この喫茶店、味があるともいうけど、ちょっとボロいから。色彩学とか勉強すればお洒落になるよね』
「………そいつはいいな」
『そうでしょ?私は、お父さんの目になるよ』
ほんとに、良くできた娘。
養女にしたのは、彼女から探偵の依頼を受けたのがきっかけ。
両親の不審死を調べ直してくれ、と言われて。
確かに不審死だったし、捜査が杜撰なのは明らかだったから。弁護をまるほどうに、検察を御剣に引き渡した。
結果は上々、依頼を終了しようとしたら、彼女が天涯孤独になったことが判明。
「一緒に住むかい?コネコちゃん」なんて励ましたら『いいの!?ありがとう、お父さん!』…とまあ、人懐っこい娘だった。
「…………大きくなったな」
『ふふ、お父さんってば。私と会ってまだ3年なのに』
高校の卒業式、中々に感慨深い。
16になるかならないかで出会った彼女が18を迎えて、あわや進学までする。
人んちの娘だが、我が子同然とはこの事だな。
ずっと見守ってきたような気がする。
「ああ、まだ3年なのか。…もっと一緒にいる気がするぜ。これから、何十年も雨月は俺の娘だ。一々感動するが、呆れてくれるなよ」
『…うん。お父さんも、これからずっとお父さんなんだから、健康に長生きしてよね』
「…またそうやって禁煙しろっていうんだろ」
『よく解ってるじゃん。まあ、止めないのも解ってるけど』
「くくっ、物分かりが良くて助かる」
『でも。諦めてないからー』
…本当の父娘じゃないから。逆にこれだけ親しく居られるのかもしれない。
『ただいまお父さん!ブラックコーヒー、うんと苦いの!!』
大学に通い始めた彼女は、帰ってくると開口一番にそう言った。
毎日毎日。
「学校のカフェテリアのコーヒー、薄くて」
そう、愚痴を溢しながら美味しそうに啜っていた。
その声が、今日は中々帰ってこない。
雨月は、連絡なしに帰りが遅くなる奴じゃない。
電車一本でも乗り遅れれば、その都度メールなり電話なりするよう躾てあるし、それを守ってくれた。
(サークルで遅くなる日、は来週だな)
(友達とカラオケ…は週末)
(……)
自分が、勘違いしてるかもしれない。
急に、教授に呼び止められたかもしれない。
色々と仮説を立てながら、電話をかけてみる。
コール音はするが誰も出ない。
LINEも既読にならない。
(……この歳で学校まで行ったら変か?)
(でも、嫌な感じが)
家を出て、最寄り駅まで歩いた。
駅に居ないことを確かめて、学校の最寄り駅まで進む。
ついには学校まで歩いてきて。
校門の看守に訊ねることに。
「…娘は、まだ学校にいるかい?」
「娘?」
「神ノ木雨月だ。俺は父親の神ノ木荘龍。ちょっと急用なんだが、連絡がとれなくてな」
「校内放送しましょうか」
生徒名簿の確認がとれた看守は、雨月を職員室に呼ぶ内容を放送し、職員室には生徒が来たら看守に連絡するよう伝える。
そして数分後、看守の内線が鳴って。
「娘さん、授業終わってすぐに帰宅したそうだよ」
そう告げられる。
(どこに行った?)
(何してる?)
(何処でも何でもいい)
(無事ならそれで)
そんな願いは、翌朝無惨に散った。
夜通し探した愛娘は。
山中に打ち捨てられていた。
見るに耐えない姿だった。
赤が見えないのが、いっそ救いなぐらいに。
それでも彼女は、息があった。
「………いっそ、何も覚えてないことを願うぜ」
拉致されて、服毒させられて、意識が酩酊してるところを強 姦だなんて。
しかも、普通は即死するトリカブトを盛られてる。
…他人だったら、死んでた方がマシだと思うだろう。
けど。
意識混濁ではあるものの、辛うじて生命を繋ぎ止めた彼女の渋とさに安堵もする。
失えない、大切な家族だ。
彼女は、病院のベッドで沢山の器具に繋がれながらも、なんとか心臓を動かしている。
何年も眠って、目を覚ました俺だから。
雨月も目を覚ますと信じられる。
「俺の娘だ、辛抱強いところ、みせてくれ」
かくして、犯人が捕まった。
そして、娘は息を引き取った。
「……1年、よく頑張ったなあ」
「振り袖、ちゃんと買っといたんだぜ?」
「俺でも見えるようにって、お前が選んでた、黒地に金の振り袖」
「………似合うなぁ」
「嫁に出すのは惜しいが、いつか白無垢だって見るはずだったんだ」
「そのうち、おじいちゃんなんて呼ばれて」
「ブラックじゃなくて、ミルクやコーヒー牛乳作るようになって」
「禁煙しないと孫に会わせない、とか言い出すんだろ?」
彼女の体に、振り袖を重ねる。
黒地に、金の龍。
成人式にしちゃゴツいって言ったのに『お父さんみたいでカッコいい!一目惚れ!』って言われて悪くないと思ったそれ。
返事もしない。
笑いもしない。
瞬きもしない。
彼女が、娘が、骸だって。頭では解ってる。
明日には納棺されて、骨になることも。
解っているのに。
「雨月、喫茶店のリフォーム一緒にする約束だろ?」
「雨月、ゴドースペシャルブレンド147号だ。味見するかい?」
独り言だって。理解してるはずなのに、言葉が止まらない。
恙無く葬儀が終わって、彼女が小さな箱に納まった。
それでも、尚。
「雨月、カーテン新調したんだ。明るくなったか?」
「雨月、トモダチが来て良かったな」
「雨月、誕生日おめでとう。ケーキ買ってきたから、とびきり苦いコーヒー淹れてやる」
返事がないのは知ってる。
そこに居ないのも解ってる。
けれど、受け入れきれない。
「……俺は、誰かと生きることを赦されないんだな」
恋人も、守れず。
娘も、守れず。
手に入れた幸せは最悪な形で崩れた。
「………ククッ、それでいて俺のことは殺しちゃくれない。ひでえ神様もいたもんだ」
俺が、何をしたって言うのだろう。
娘が、何をしたって言うのだろう。
「ごめんな。俺の娘になんかならなければ、もっと違う人生あっただろうに」
仏壇に、まだ墓に入れる決心のつかない娘の骨。
浄土の色だ、と言って。娘の友人達がくれた瑠璃紺の コーヒーカップ。
「雨月は、いつもお父さんと、お父さんのコーヒーの自慢ばかりしてました」
そう言って渡された、その、カップに、コーヒーを淹れて。押し黙る。
俺には、瑠璃紺がどんな色なのか解らない。
俺の目になる、と言ってくれた娘がいないから。
俺の手を、余りに早く離れてしまった。
実の両親のもとに、余りに早く逝ってしまった。
(…………ああ。可哀想だなんて言葉で、片付けられるものか)
泣く。ということができない。
哭きたいくらい、理不尽で、惨いのに。
理解することを拒んでいるから。
「…雨月、コーヒーのお代わりは?」
俺が、見えない色なだけで。
そこにいるのだと、望んでしまう。
解っているのに。
解って、いるのに。
fin
「ごめんな。子離れのできない親父で」
Fin.
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