リクエスト4
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《狂気と純真に1滴の毒》
世の中には、悪い人間もいるんだと言うことを知って欲しかった。
というか、どんな人間でも悪い部分があると理解して欲しかった。
だから、こんな奴に彼女を会わせてみようと思ったんだ。
『初めまして、王都楼さん。トノサマン、見てましたよ』
「初めまして雨月ちゃん。そうなんだ、応援ありがとうね」
春風のようにサワヤカな、アイツに。
ことの発端は王都楼の量刑裁判の弁護を引き受けるか否か。
真実を曲解されても嫌だし、引き受けるつもりで面会に行くことにして。事務所の後輩である雨月ちゃんを連れてきた。
その理由が冒頭である。
なんといっても彼女、真っ直ぐ過ぎて悪意とか故意とかそう言うものを感知しない。
感知しない、というか理解できないのだと思う。
誰かをわざと失脚させよう、とか。
嫌いだから嫌がらせをする、とか。
嫉妬とか憎悪とかもピンと来ないらしく、ドラマを一緒に見てもよく『?』という顔をする。
そんな、真っ直ぐと言えば可愛らしいが、世間知らずと言われればそれまでの…女子高生が彼女ー雨月ーだ。
だから、一人で会わせるつもりは毛頭なくて、なんなら離れて見学だけさせようと思ってたのに。
僕が裁判官との打ち合わせをしている間に、係官が彼女だけ面会室に連れていってしまったのだ。
「こんな可愛らしい娘に応援されてたなんて、知らなかったなぁ。トノサマン冥利に尽きるよ」
『オートロさんだって大人気でしたよ!かっこよくて、爽やかで』
「ありがとう。君は優しいね。モテるでしょ?」
『いや…そんなことは…』
「本当に?僕だったらほっとかないけどなぁ」
『そう、ですか?』
「勿論。あ、もしかして、好きな人がいて悩んでたりする?」
ガラスを隔てて二人きりの部屋。
雨月は初対面の人間に図星を突かれて狼狽した。
しかも、それが顔に出やすいタイプだった。
「へぇ?君みたいに可愛い娘でも悩むんだね。皆振り向いてくれそうなのに」
『いえ…全然…私なんてまだ子供だから』
「相手年上なんだね。僕で良ければ相談乗るよ?」
ついでにいうなら、物覚えも良くない。
つい先日、王都楼という男は、自分の手を汚さない為に殺し屋を雇い、人を駒のように扱い、真宵を人質にしたと聞いた筈なのに。
(警察って凄い!こんなに優しい人に改心してる!)
と、5歳児並の発想をしていた。
知らない人に着いてっちゃいけないよ→今話してお友達になったから知らない人じゃない!
くらいの感覚である。
『え…いいんですか?』
「うん。だって僕の弁護の為に来てくれたんでしょ?そのくらいの恩返しはするよ。相手、どんな人?」
『あ、え、えーと…』
「…ふーん?成歩堂センセイかぁ」
『⁉な、なんで…』
「え?いや、視線が外に向かったから。てっきり一緒に来た人なのかと。もしかして図星?」
コクコクと頷いて、赤くなりながら"内緒ですよ"と人差し指を立てる彼女に、王都楼も笑って頷く。
完全に王都楼のペースに飲まれていることになんか、これっぽっちも気付いてない彼女は。
(初めて会ったのに、何でも解っちゃって…すごいなぁ)
と、暢気なものだった。
…
……
…………
「待たせたね。で、単刀直入に弁護の件なんだけど」
「うん、是非お願いしたいと思ってるよ」
「……」
「悪かったよ、本当に反省してるんだ」
僕が入室した時には、既に打ち解けたように話す二人がいた。
こいつの反省とか表面とか、何も信用できたもんじゃないし、引き裂くように話を進める。
「…そうか。反省してるなら、無期懲役狙いだね」
「え?」
「妥当だと思うよ。殺人教唆は殺人罪より重いし、最近の事例なら死刑もあり得る。…でも、反省してる人間をわざわざ殺すことないでしょ」
「…」
「君は釈放されても命の危機に晒されるわけだし。…無期懲役の方が安全だと思うけど」
コロシヤに狙われてるのを思えば最善策だ。
量刑を軽くしてやる気はないが、殺されるかもしれないやつを死刑にする必要もないし。
「…そうだね。それでお願いするよ」
「じゃあ、反省してる証拠とか提示できないとなぁ…手紙とか生い立ちとか、書ければ準備しておいて。また来るから」
彼女を手招きして面会室を出ようとすれば、彼女はアイツに向かって手を振る。
アイツも応えてヒラヒラと手を降った。
(連れて来るんじゃなかったかな)
彼女の感覚では、性悪な奴も表面を繕うことができる…とは考えてくれないらしい。
そもそも、反省してる奴が、あんなにサイコロック掛かっててたまるか。
拘束室で王都楼は一人ほくそ笑んだ。
まさか、成歩堂への報復の機会に恵まれるなんて!
弁護士なんてのは、私腹を肥やしたい金の亡者か、誰でも助けたいお人好しのどちらかしかいない。…そう括ってる王都楼にとって、今回の弁護の依頼は端から無期懲役狙いだった。まさに、計画通り。
(成歩堂センセイはお人好しだからなぁ。死刑だとか二重人格での無罪主張はしないと思ってたんだ。ククッ)
その程度、自分の為にまた駒として使うつもりだったが。
(あんな楽しそうなオモチャを持ってるとは…雨月チャン…ねぇ)
あの時の計画を台無しにしてくれたお返しが出来そうだ。
と、右目のキズをなぞりながら笑うのだった。
『王都楼さん!』
「あれ、雨月ちゃん?…どうしたの」
『え…相談、のってくれるって言ってたので…あ、お時間悪かったですか』
「ううん、そんなことないよ。ただ、一人で来れるとは思わなかったから」
『…成歩堂さんと来たら相談にならないじゃないですか』
「それもそうだね」
(こいつ、本物の馬鹿だ)
依頼人、しかも有罪確定してる囚人に恋愛相談。
平和ボケしてる小娘だったからからかえると思っていたが、真に受けるとは王都楼でも思わなかった。
「で、何が悩みなの?」
『…昔の、恋人のこと、まだ好きなんじゃないかと思いまして…』
「昔ってことは別れてるんでしょ?」
『別れなきゃいけなかった…といいますか。好きでお互いに別れたんじゃないんです』
「そうなんだ…」
『それに、とても可愛いくて上品で清楚で。望み薄ですよね…』
(しかもガキ臭ぇ内容だな)
加えて、成歩堂の視線にきづかないとは中々の鈍さだと、胸中では笑いが止まらない。
「そんなことないよ、君も可愛いから。でも、そうだなぁ…何かアプローチしなよ」
『アプローチ、ですか?』
「そう。今までよく一緒に居たんでしょ?押して駄目なら引いてみろ…っていうし。暫く距離を置いてみるとか」
『で、でも』
「そしたら、成歩堂センセイも心配して君を気にするだろうね、君も気持ちの整理ができて正面からセンセイに告白できるかもしれない」
『…!』
「どう?」
『や、やってみます!』
(にしても馬鹿だ。可哀想なくらいに)
「じゃあ、暫くは内緒で僕のところにきてよ。依頼人だし、気まずくなっても言い訳できるから」
『は、はい』
「またおいで。楽しみにしてる」
愛想笑いを浮かべて手を振れば。彼女はニコニコと手を振り返した。
(それが、前回センセイの機嫌を損ねたんだが…気付いちゃいねぇ)
馬鹿な子程可愛いと、言うのは本当らしい。
王都楼はまたキズを撫でながら、これからどう遊ぼうか考えるのだった。
…
……
…………
「…最近、事務所にあんまり来ないけど、学校忙しいの?」
『へ?違います』
所変わって成歩堂法律事務所。
毎日のように来ていた彼女が、週1回来るか来ないかになって。
成歩堂は疑問を投げ掛けた。
彼女は如何せん抜けているので、正直に答える。
そもそも、嘘をついたところで勾玉に見抜かれるのだけど。
「じゃあ、どうしたの?」
『いや…その…』
かと言って、押して駄目なら引いてみろ作戦実行中です!
と言ってはいけないことくらいは解っているので、慌てて言葉を濁した。
「…言いたくないなら、無理に聞かないけどさ。君にも君の事情があるだろうし」
サイコロックが見えた成歩堂は、あっさり引き下がる。
ここで暴いてしまうことも出来たのだが、こちらもまた王都楼の罠に掛かってていたのだ。
"男の嫉妬は醜いぜ?センセイ"
最初の1回を除いて一人で面会している成歩堂。
2回目のとき、そう笑われたのだ。
「留置所の俺が何出来るわけでもなし、そんな睨まないでくれよ」
「何も吹き込んでないだろうな」
「人聞き悪いな。まあ、ああいうバカな奴は好きだ…ってことは認めるが」
前回とは違ってサイコロックの現れない会話に、成歩堂も油断した。
王都楼の目的が彼女じゃないと解って、話をしっかり聴いてしまったのだ。
…奴の目的は成歩堂だというのに。
「…それはアンタも同じだろ?」
「…お前には関係ない」
「どうかな?センセイは結構俺と同じ部類だと思うけど」
「っ!」
「ああいう愚直で平和ボケした、無知で可愛い娘はさぁ、縛り付けておきたくなるもんだろ?」
「…僕を、キサマと一緒にするな」
「おぉ怖い。そうだよな、弁護士センセイが犯罪者と同じアタマなわけないな。失言したよ。…ああ、これ。来歴とか生い立ちみたいのまとめてみたよ?役に立ちそうもないけど」
「それは僕が決めることだ。…じゃあな」
(僕が、彼女を縛り付けたい?)
(…だめだ。そんなこと)
自分の中にある、気付いてはいけない欲望に気づかされてしまった成歩堂は。
彼女との距離を計りかねる。
彼女を想う気持ちはあるものの、それが束縛であってはならない。
だって、僕の方が大人だから。
『成歩堂さん…今までと変わらないどころかちょっと冷たい気がします…』
量刑裁判を目前に控え、王都楼に相談にきた雨月は。
明らかに項垂れていた。
「…冷たい?」
『はい。…会話がぎこちないと言いますか、忙しいなら無理しなくていいとは言ってくれるんですけど、心配してるような口調じゃないんです。突き放されてる気がして…』
(ふーん、センセイも頑張ってるねぇ)
「……雨月ちゃん、言いにくいんだけどさ。…世の中にはもっと色々な男がいるよ」
『…!』
「君の良さを解ってくれる人も、センセイ以上に優しい人も」
『…脈、ないってことですか』
震える肩も揺らぐ瞳も、加虐心を擽るには十分な材料で。
王都楼は目を伏せて、小さく頷く。
「…タイミングってあるからさ。俺も、もっと早く君に会いたかったって思うし」
『…え?』
「はは。恋って難しいよね」
少し眉を下げて笑って見せれば、彼女はオロオロしながら言葉を探す。
『…また、会いに来ていいですか?』
「うん、待ってるよ」
(嗚呼!傑作だ!!)
「…え、雨月ちゃん?」
『な、成歩堂さん!』
「なんで留置所に…」
そんな話をした矢先。
雨月は成歩堂と留置所で鉢合わせた。
いるはずのない彼女にただ驚いた成歩堂だが、彼女は今しがた失恋した相手と出会したことで軽くパニックを起こす。
『な、何でもないです!』
「いや…何でもなくてここには来ないでしょ。……王都楼に、会ってたの?」
成歩堂としては、否定して欲しかった質問。そうでなければいいと思って投げ掛けたのに。
『…成歩堂さんには、関係ないです』
そう言うや、脇をすり抜けて逃げるように駆け出した彼女を追うこともできず。
嫌な予感が当たったことに歯軋りした。
「…おい!何を吹き込んだ!」
「登場から騒がしいな。なんのこと?」
「惚けるな!さっき彼女とすれ違ったんだ」
「ふーん?俺と会ってたって言われたのか?それともなんかされたって?」
「……っ!」
「証拠もないのに怒鳴らないでくれよ、センセ?」
ニヤニヤと笑う男に、怒りを通り越して少し冷静になった。
確かに証拠はない。
でも、疑わしいことが多すぎる。
「………」
「それに、そんながっついてたら怖がられるぜ?」
「黙れ」
「ククッ…はいはい」
もう面会どころの心境ではない。
なんでこんな奴に口を挟まれなければならないんだ。
「…出直す」
それだけ言って事務所へ戻る。
彼女に一言、危険な奴だから会うな…と言えればいいのに。
今までも、その後も、その機会は何度となくあったのに。
"俺と同じ部類だと思うけど"
"縛り付けておきたくなるもんだろ?"
その言葉を否定したいが為に、声に出すことは叶わなかった。
『……裁判、明後日ですね』
「そうだね」
『…怖くないですか』
「ん?別に?センセイならなんとかしてくれるでしょ」
『…』
量刑裁判を明後日に控えて。
雨月と王都楼は何度目かの面会をする。
想い合っている筈の彼女と成歩堂の間に出来た溝を、王都楼は前髪に隠して嗤っていた。
「強いて言うなら、君と会う口実が無くなるのが寂しいかな。囚人になると面会の時間も限られるし」
『……』
「雨月ちゃん?」
『…王都楼さんは、そんなに優しいのに…どうして人を殺めようなんて思ったんですか』
でも、その嘲笑は。
彼女の真っ直ぐな瞳と言葉に崩された。
「……俺は自分にも優しかっただけ」
『?』
「ククッ…君には解らないんだね。他人を蹴落としてでも、何かを得たい衝動が」
『……』
「君は知らないでいるといい。理解できなければ苦しむこともないだろうし」
『…王都楼さん?』
王都楼は、その真っ直ぐすぎる瞳に既視感を覚えて。
咄嗟に彼女から目を背けた。
「………センセイに、よろしく伝えて」
それだけ伝えて面会室を後にする。
不思議そうに、困惑した表情で。雨月はその背中を眺めていた。
それが、王都楼の最後の言葉だった。
王都楼の獄死の連絡を受けたのは、量刑裁判を翌日に控えた朝のことだった。
死因を語られこそしなかったが、関係者には、彼の傍らに栄螺が描かれたカードが落ちていたことを伝えられる。
「……やられたな」
「全くだ」
御剣から連絡を受けた成歩堂は、作成していた資料を放り出す。
結局、前日になるまで手をつける気になれなかったのだから、職務怠慢もいいところだ。
『……成歩堂さん』
「雨月ちゃん、久し振り」
『王都楼さん…本当に死んじゃったんですか』
「…うん」
久方ぶりに居合わせた雨月の落ち込みようを見て、成歩堂の胸が痛んだ。
あんな、死んで当然くらいの奴の死を、素直に悼める人間なのだ。
彼女という人は。
素直で純粋で、人の悪意に気づかない。
きっと、気付いても許してしまうような、優しさの塊なんだと思う。
「…君を、巻き込まなければ良かったね」
『え…』
「君が王都楼を知らなければ、そんなに悲しまずに済んだだろう?……なんで内緒で会いにいってたのかは別として」
『っ!バレてたんですか?』
「え、隠してるつもりだったの?」
『…咎められないから、てっきり……留置所で会ってからもスルーでしたし』
「……君の自由を余り束縛しないようにするつもりだったんだよ」
その優しさの塊が放つ天然に、何だか肩の力が抜けてしまって。
事務所のソファーにどっかりとすわりこんでしまった。
彼女も、それに倣ってか。少し間隔をとりつつも隣へ座る。
……そういうところも天然なんだよな。
『…えっと、私は押してダメなら引いてみろ作戦でした』
「は?」
『いえ…事務所に来なくなったら心配してくれるかなーって…』
「…つまり、僕の気を引くために?」
『はい。その作戦を教えてくれたのが王都楼さんです』
「……!」
(謀られた!)
やっと、やっとすれ違ってた原因が解った。
何が留置所じゃ何もできないだ、手を出してないだけでしっかり口を出してるじゃないか。
「………あー、うん。じゃあ解決した」
『何がですか?』
「…雨月ちゃんに伝える言葉」
『???』
「…あのね、君は今まで以上に僕の傍にいるために、敢えて避けたでしょ?で、僕は君を縛り付けてないか心配して、敢えて干渉しなかった」
『…はい』
「その妥協点って、簡単じゃない?」
『!』
「…今まで通り、寧ろそれ以上に、近くにいてよ」
そうだよな。
縛り付けなくたって、お互いを想えば傍にいることはできる。
そこに、拘束はいらない。
『…あ、あの…』
「理由を説明するなら、僕は君が好きだから…だけど?」
『…わ、私も!』
(王都楼さんやっぱり凄い!ちょっと遅かったけど押してダメなら引いてみろ作戦成功しました!)
彼女の超弩級の勘違いはさておき。
晴れて両想いとなれた僕らは、とりあえず恋人という…束縛とは違う温かな繋がりをもてたのだった。
「…じゃあ、すれ違ってた分を埋め合わせようか」
『は、はい』
「手始めにハグでもしてみる?」
『…!ま、待ってください!』
「え?」
『そ、その前にデートして…手、繋いでから…』
「…………」
『あ、あの、嫌なんじゃなくて…その、順序があって…恥ずかしいですし…心の準備が…』
「…うん、急いでごめんね。じゃあ、デートの計画をしようか」
(純朴すぎて可愛いを通り越してるだろ…)
(僕が、雨月を守らなきゃ)
fin.
……………………
ヤンデレルート:王都楼への最後の面会から
「証拠もないのに怒鳴らないでくれよ、セーンセイ?」
「……そうだね。悪かったよ」
「いやに物わかりがいいね」
「まあ証拠が全てに異論はないし。お前の言う通り、縛り付けておけば問題ないことだからさ」
成歩堂は、怒りを通り越して逆に冷静になった。
その冷静さえも振り切れてしまい、そこに残るは原型を愛とする狂気のみ。
その瞳の笑っていない笑顔は、王都楼が怯む程のもので。
「……」
「…お前の目に彼女が映ることも、彼女の目にお前が映ることももうないよ。記憶から消せないのが残念だけど」
「センセイも狂気の仲間入りだね」
「お前と一緒にするな下衆。俺は彼女を死なせはしない」
その言葉のトーンの重さに、王都楼の軽口も滔々つぐまれた。
「…じゃあ、3日後の裁判で」
それだけ言い残して成歩堂は退席する。
残された王都楼が獄死したのは、その夜だった。
「…雨月ちゃん、話がある」
『は、はい』
「僕に嘘をついてはいけないな」
『…!』
「隠し事も駄目。留置所になんでいたの?」
呼び出された彼女は、ソファーで隣に並ぶ成歩堂から尋問を受ける。
王都楼に会いにいっていた、と小声で伝えれば、成歩堂は笑顔のまま"嘘つき"と、彼女を詰った。
「この前は何でもないって言ったよね」
『ごめんなさい…成歩堂さんのこと、相談してて…』
「また嘘。僕には関係ないとも言ったじゃない。…、凄く傷ついたよ」
『…ごめんなさい』
泣きそうな声で答えながらどんどん俯いていく彼女に、さらに質問を重ねていく。
「で、事務所に最近来なくなったのはなんで?」
『…王都楼さんに、会いにいってました』
「僕達よりアイツが良かったの?」
『そうじゃないです!そうじゃ…なくて、ただ…成歩堂さんが…好きだっただけなんです』
雨月は、その重圧に負けて告白をした。
隠していたことも、経緯も、全部。
「……僕が好きなのに、僕を避けろっていう王都楼の言葉を信じたんだ?」
『だって…王都楼さんは、何でもわかっちゃう人だったから…』
「それで王都楼を好きになったの?」
『違います!私は…成歩堂さんが…』
「じゃあ証明してよ」
泣きそうな声、は。泣き顔、まできていて。
想いが伝わらない切なさと、証明の仕方が解らない困惑で一層涙を溢していく。
『どうしたら…どうしたら証明できますか』
「そうだな、僕のお願いを聞いてくれたら。そしたら信じてあげる」
『…!』
「ひとつ、ちゃんと事務所にくること。来れない日は来れない理由と一緒に連絡すること」
『はい!』
変わらず笑顔で"お願い"をした成歩堂に。彼女は顔を綻ばす。
「ひとつ、僕以外の男の連絡先を抹消して。父親はまだ残しといていいよ」
『…え』
「できないの?」
『…消し…ます』
そして、二つ目のお願いで表情を少し曇らせる。
嫉妬や疑いなんかも理解しきれない彼女にとって、これがなんで証明になるのか検討もつかなかったかのだ。
それでも、信じてもらいたい一心で携帯に指を滑らせて一つ一つ電話帳を消していく。
『…これで、信じてくれますか』
「うん、信じてあげるよ」
(今はね)
「僕も好きだから」
(それはもう、身悶える程に)
その後、彼女がうっかり報告を忘れたり、連絡先を交換する度にお願いは増えた。
朝起きた時と寝るときは電話すること
男友達と出掛けないこと
出掛ける時は場所と人数を言うこと
肌の出る服を着ないこと
高校を卒業したら一緒に住むこと
などなど。
成歩堂の笑顔は一向に崩れず、彼女の愚直さも合わさって。
軟禁状態の今も尚、
(ちゃんと守ってれば、成歩堂さんは私を信じてくれる)
雨月はこの愛が歪だとは気づかないのだった。
end
………………余談………………
???
成歩堂法律事務所に、開封されないまま仕舞われている封筒がある。
中身は丁寧な字で綴られた独白文であった。
ーー前略ーー
由利恵を愛していたのは事実だ。
彼女は、俺の歪みをなんとか正そうと、いつも真っ直ぐな瞳で、優しく接してくれた。
最初は煩わしく、どうでもよかったのに、結局彼女のために人の皮を被る術を覚えた。サワヤカなアイツ…は、彼女を喜ばせる為に作った仮面に他ならない。
しかし、仮面は仮面でしかなく。
むしろそれに抑圧された狂気が、膨らんでいくのが解った。
彼女を閉じ込めて、自分だけを見ているようにしたい。あの真っ直ぐな瞳が、優しい声が、他人に向けられるのが嫌だ。
そんな風に、きっと、彼女を取り返しのつかないくらい傷つけてしまうから。
俺を恨んで、自分を微塵も残さないように、手酷く振ったんだ。
ーー後略ーー
王都楼 慎吾
「さて、裏切った代償を払う覚悟はできておりますかな?」
「…後悔してるんだ」
「裏切りを?」
「藤見の、誰かのものになるくらいなら、手放さなきゃよかった」
「…」
「だから、彼女の記憶を俺で塗りつぶそうと思った。人間の一番強い感情は憤怒や憎悪。彼女は大層俺を恨んで死んだことだろう」
「…純愛と狂気は紙一重ですな」
「そんな、彼女と俺の愛の証である由利恵の死を、誰かに知られるなんて、これ以上由利恵が誰かの目に晒されるなんて。許せなかったんだ」
「………言い残すことはそれだけですか」
「ああ。強いて言えば、由利恵と同じ首吊りで死にたい」
「…それくらいは叶えてあげましょう」
それは、殺し屋すら哀れむ歪んだ愛
(少しでも早く死ななければ!)
(彼女の魂が俺以外と居るかと思うと)
(腸が煮えくりかえる)
首にかかるロープは、彼女に繋がると信じて。
「……お話を聞く限り、彼女は天国にいるでしょうが、貴方も彼も地獄に向かうでしょうね」
それはそれは、厳かな絞首刑のように。
今度こそEND