リクエスト3
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《君を待つ》
私の同期生に、爽やかで真面目で、とても優しい素敵な男の子がいた。
男の子、と呼ぶには他に比べて大人びていたけど、とにかく素敵だった。
私の行っていた学校は専門分野が幾つかあって、彼は司法学、私は工学にあたっていた。クラスは学部で別れず、混在していたから、同級生でもあった。
「羽影、次はどこだ?」
『特別教室3。講義なんだ』
「俺は会議室2だ。渡り廊下まで一緒だな」
クラスには他の女子も男子もいたけど、二人でつるむことが多かった。
工学選択の女子が少なかったのと、彼が大人びていたのが理由だと思う。
『やっと技術テスト終わったぁ…』
「こっちもレポート終わった」
『どっか息抜きしにいきたいね』
「…あ、羽影の専門宇宙工学だったよな?」
『え?うん、そうだけど急に何で?』
「姉貴がGYAXAで技術師してて、特別展示があるから誰か誘え…って割り引き券貰ったんだ。すっかり忘れてて明日までなんだが…行かねェか?」
『行く!えっ、凄い!夕神の姉さんGYAXAにいるの!?あってみたい!』
GYAXAは、宇宙工学、宇宙科学、宇宙技術など、とにかく宇宙に関しては国内最先端を誇る施設だ。
そこで研究や仕事ができるとなれば宇宙学に興味がある人にとってはこれ以上のことはない。
「あァ。まあ、ちと変わり者だから話したりすんのは期待しない方がいい」
『うん、大丈夫!』
そんなこんなで展示を見に行って、夕神のお姉さんにも会わせて貰った。
「あら、女連れ込むとは思わなかったわ」
「そんなんじゃねェ。羽影は宇宙工学を専攻してるから連れてきたんだ」
『初めまして、羽影雨月です』
夕神のお姉さん、カグヤさん…すっごく美人。しかも後ろにいるロボット作ったのも彼女。
凄い、凄すぎて凄いしか言えない。
「そこまで言ってもらえると悪い気はしないわ。真理がいいっていったらラボの見学させてあげる」
『ありがとうございます!』
結局ラボの見学をさせて貰えて、システム開発とか部品のメーカーとかで息投合。
その場で履歴書書いて、就活のエントリーシートまで出してきた。
「……まさか姉貴が気に入るとはなァ」
『私も履歴書出してくることになるとは思ってなかった』
「まァ、羽影があそこに就職すんなら、卒業してからもちょくちょく会えんな」
『だね!』
そんな軽口は事実となって、次の春には私はGYAXAへ、夕神は検事局への就職が決まった。
『カグヤさん、夕神来ましたよー』
「あら迅早かったわね。例のものは?」
「…ほら、栗羊羮」
「ふふ、ここのやつ一回食べてみたかったのよ。迅も座んなさい、雨月が気を利かせて美味しいお茶いれてくれたんだから」
「そゥかい。ありがとな」
『だって折角美味しいもの買ってきてくれるんだし、最高のティータイムがいいでしょ?真理さんと心音ちゃんもいればよかったのにな』
「その人数だと迅の財布が破産しちゃうわよ?」
『えっ、そんなにするんですか?夕神、半分出すよ、いくら!?』
「からかうなよ姉貴。値段は構わねェんだが、限定品だから一人で3つまでしか買えねェんだ」
たまに、仕事の帰りに夕神はラボに寄ってくれた。
それが何より至福の時で、仕事の疲れが和らぐ。別に職場に不満はないのだが、そこそこに環境の変化とは疲労を生むものだから。
「からかうと楽しいのよこの子。…それはそうと雨月、迅を夕神って呼ぶの止めてくれない?私も夕神なんだけど」
『え…だってカグヤさんって呼んでるじゃないですか』
「解ってても条件反射しちゃうのよ。付き合い長いんでしょ?いいじゃない、名前で呼ぶくらい。迅だって名前で呼ぶから」
「おい」
「何よ」
ふってわいた話題に、私も夕神も暫し困惑した。
今までずっと名字で呼びあっていたから、恥ずかしいというかなんというか。
「試しに呼んでみたら呆気なく慣れるもんよ。次夕神って言ったら私が呼び捨てされたって思うから」
『そんなぁ…』
意地悪く笑うカグヤさんには逆らえない。
それは夕神も同じなのか、1つ溜め息をついた。
「仕方ねェ、姉貴は言い出したら聞かねェんだ。観念しろ雨月」
『……じゃあしょうがない、よろしくね、迅』
でも、名前を呼ばれて、呼んでみて、胸の底が暖まる感じがした。
専門学校に入る前から知り合いだったんじゃないか、って思えるくらいの安心感。
こんな暖かい日がずっと続くと思ってた。
『迅!ねぇ、説明して!違うんでしょ、何があったの!?』
今、なぜか彼は勾留されている。
…希月真理さんを殺めた犯人として。
彼は口を頑として開かなかった。
真一文字に結ばれた唇も、鋭い眼差しも、これまでにないもの。
それで、これが何か訳のあることだというのは解ったから。
『…迅。私は貴方の無罪を信じるよ。あのラボで、ずっと待ってる』
そう言って、必死に笑顔を作った。
迅は一瞬、いつもの優しい笑顔を浮かべて
「ありがとな」
そう呟くや、接見室をでてしまった。
どうやって歩いたのか解らないくらい、その後の記憶はなくて。
なんとか家に戻った私は、膝から崩れ落ちて泣いた。
彼が殺ったんじゃないのは明白なのに、無罪を証明する為に私ができることなんて、何もない。
そんな歯痒い状態で絞り出した『待ってる』に、彼は「ありがとう」と笑った。
それだけでいい、とでも言うように。
そんな優しい人が、裁かれるなんてやっぱり間違ってる。
『迅…』
掠れた声で彼を呼んでも、胸の底は温まらなかった。凄く苦しくて、切なくて……。
『…早く、帰ってきて』
泣いても泣いても涙が枯れなかった。
迅の判決が有罪になり、刑罰が死刑に確定すると、その涙もとうとう枯れて。
私は泣き方も笑い方も忘れてしまった。
「…雨月…」
『カグヤさん、私は大丈夫。私、ここで迅を待ってなきゃいけないの。だって、信じてるから。私、できることないから、それしか、できないから…』
「…私も信じてるわ。だから、できることをするのよ」
7年の月日が流れて、私もカグヤさんも限界だった。
「人質をとったわ。要求はUR-1事件の再審、被疑者はお姫様よ」
それが、あの崩れた法廷での裁判の始まりだ。
…
……
…………
テレビの画面越しに、木槌の音が響いた。
そこで、やっと、やっと、真相が暴かれたのだ。
「夕神迅の判決を言い渡します。無罪」
この言葉で、私の枯れていた涙は再び流れ出して、錆び付いていた口角を動かせた。
「あら、漸く笑えるようになったのね。安心したわ。迅を頼むわよ」
『カグヤさん、ありがとうございます。でも、こんなの…』
「それはあの赤い弁護士君がなんとかしてくれるわよ。じゃあまたね」
カグヤさんとポンコを通じて挨拶を終えて、ラボを見渡した。
ここに、彼が帰ってくる。
それは、思ったより早く、1時間も経たないうちに、ラボの扉が開いた。
「雨月…」
『っ、迅!』
目が合って、歩み寄る彼に駆け寄った。
この感じ、彼の声で胸が温まる。懐かしい。
「はっ、本当に、ずっと待っててくれたのか」
『…っ、そうだよ。カグヤさんを一人にはできないし、私も、ここで"お帰り"って言いたかったから。…お帰り、迅』
感極まったのか、私の上腕を両手で握る彼に、私も思わず同じように返した。
「ただいま。…ありがとう、ありがとなァ」
『いいよ、いいんだよ。私には、これしかできなかったもの』
涙が流れるのもそのままに顔を上げた。笑ってるはずなのに、やっぱり頬が濡れる。
「それだけでいいんだ。雨月が待っててくれたから、俺は帰ってきた。……帰ってきたら、言いたいことがあったから」
『…え?』
「……好きだ。もう、こんなに長く待たせない。傍にいてくれ」
胸が温まるなんてものじゃなかった。ドロドロに溶けてしまうんじゃないかって思うくらいの、それ。
そうか、そうだよね。
ずっと胸あったこの温もりも、苦しさも、私だって、迅が好きだったから。
『うん。傍にいる。私ももう待たない、会いに行くよ。…迅、大好き』
ぎゅっ、と。
抱き締められた。
彼の心臓が動いてる、彼の吐息がかかる。
(幸せ、だな)
同期でいつも見てた筈なのに、7年は長かった。
並んで走ってた筈なのに、隣にいなくなっちゃったんだから。
でも、これからは一緒に走れる。
ずっと。
Fin.