リクエスト3
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《ケーキと紅茶より》
※御剣の娘がヒロイン
あの教授の講義はどうしてあんなにもつまらないんだろう。
他人より比較的真面目に勉強してる私がそう思うんだから、あれは教授のせいだ。
そんなことを思いながら、自分の通うキャンパスを出る。
家に帰ろうと道を急いでいたが、気だるい講義を頑張った自分にご褒美を…と、路地裏にあるケーキ屋によることにした。
仕事を頑張る父の分と、幼い頃亡くなった母の仏壇に供える分と、私の分。
ショートケーキを3つと、父が好きな紅茶を使ったクッキーを箱に詰めてもらう。
店の外は暗くなり始めていて、心配症の父に連絡しようとスマホを取り出したときだ。
路地裏の、もっと奥から物音と人の声。
何事かと振り返れば、何か棒のようなものを持ってこちらに走ってくる人影。
(逃げなきゃ)
本能が告げるそれに従おうとしたが、父譲りの犯罪を関知する勘がそれを鈍らせた。
手にしていたスマホで写真を1枚撮り、そのまま父へ電話を掛けながら走り出す。
しかし、やはり一瞬遅かったのだ。
近づいてきた人影は、撮影されたことには気付いていないようだが、見られたことは確信したらしい。
持っていた棒、鉄パイプを振りかぶる。
『うっ!!!!』
後頭部に激痛。
身体がアスファルトに崩れ落ちて再び激痛。
目の前にはひっくり返ったケーキの箱と、ヒビの入ったスマホ。
瞬間視界は暗闇に落ちて、微かに電話越しの父の声が聞こえた。
「雨月…」
応答のない携帯を不審に思い、GPSを使って場所を割り出した。
そこへ向かう途中病院から連絡が入って、進路を変える。
娘が、誰かに襲われて意識不明の重体だ…と。
病院に着いた時、既に緊急手術は行われていたが、何時間にも及ぶ長丁場だった。
出てきた医者は渋い顔で、一命は取り止めたが…この先については希望は少ないとだけ。
集中治療室に眠る娘を、見つめるよりないのが歯痒かった。
救急隊員と看護師が渡してくれた、雨月の荷物。
ひびの入ったスマホと、割れた紅茶のクッキー。
ぐちゃぐちゃになっていて持ってこれなかったが、ショートケーキらしいものも3つあったという。
(優しい子だ…)
妻が亡くなったのは娘が5歳の時だというのに、いつも写真の中の母を家族に数えてくれている。
そんな子が、通り魔に襲われるなんて、そんなことがあってたまるか。
(まだ…連れていかないでくれ。どうか、守ってやって欲しい)
妻は寂しがりだったが、娘を何より愛していた。
この子には、成人式の振り袖を着せてやりたい。まだまだ先でいいが、ウエディングドレスだってきっと似合う。
この子が助かるなら、何を捧げてもいい。
頼む…生きてくれ…。
娘が入院して1週間。
意識は未だ戻らないが、急変することはないだろう、と。準集中治療室(HCU)へ移動した。
HCUは制限こそあれ、面会が出来る。
彼女の腕に脈があること、腹部が呼吸に合わせて動くだけで安心した。
さて、その1週間仕事も手につかず検事局を休んでいたが、娘が安定してきたと解れば沸々と怒りが沸いてくる。
「…糸鋸刑事、弓彦君」
「まとめてあるッス。待ってたッスよ、御剣検事」
「こっちもイチリュウの推理を進めてる。証拠はあと一歩だけど」
娘にかかりっきりだった自分の代わりに、情報収集をしていてくれたのは付き合いの長い刑事と、育ててきた後輩だ。
雨月を襲った奴は、裏通りで喧嘩をして相手を殺害。そこから逃げる途中、口封じの為に雨月を殴って逃走を続けた…らしい。
「凶器の鉄パイプは見つかったッス。雨月ちゃんと被害者の血痕は一致してるッスが…指紋はねぇッス」
「被害者の人間関係と通行人の証言から被疑者も推定されて留置してるけど…証拠がない」
「目撃証言では足りないのか?」
「二人で歩いてるのを表通りでみた…ってだけだから、言い逃れようと思えばいくらでもって感じ。防犯カメラの映像と家宅捜索で証拠探し中」
「…、雨月ちゃんが証言できれば強力ッスけど…何か手がかりになりそうなものはなかったッスか?」
「………手がかりか」
娘が襲われる直前まで持っていただろうスマホと、クッキーを見遣り、スマホを手に取る。
簡易充電器を差して画面を開いた。
(もしもの為に二人の解除パターンは同じにしてあるので、それは容易だった)
「流石に録音はされてないな…メールや画面メモもない………………?画像か?」
「これ、事件の日付と被害者の死亡推定時刻一致してるじゃん。犯人写ってない?」
「待て、確認する。…糸鋸刑事、本部へ画像を送るから解析班を回してくれ」
「了解ッス!」
「弓彦君、このことは被疑者に伝えるな。使い方が難しい証拠になるだろう」
「了解。なんとなくわかってるよ、局長様」
各々がするべきことへ散っていって、ふと脱力した。
(雨月は、命がけで証拠を掴んでくれたのだ…なんとしても裁かなければ)
画像の解析の結果、犯人の顔に火傷のような痕があることが解った。
そして、それは留置されている被疑者に一致するもので。
「有罪!」
その判決は揺るぎないものとなった。
「雨月、お前のおかげだ…とても痛かったろう…同じだけあいつにも償わせるからな」
裁判が終わる頃には娘も一般病棟に移って、その手を撫でながら呟く。
後は目を覚ますのを待つばかり。頭の包帯が取れた今は本当に寝ているかのようだ。
幸い後遺症は大して残らないだろうが、目を覚ますかどうかは天の采配と彼女の力次第…という。
父を事件で亡くし、妻を病気で亡くし、この子はたった一人の肉親だ。
意識があろうがなかろうがそれは変わらない。
何よりも大切な家族。
けれど、いや、だからこそ。
「……いつまで寝てるのだ、この寝坊助」
目覚めてほしい。
こんな口調でないと、涙が出てきてしまう。
『……?お父さん?』
「…!…雨月!?」
握りしめた手に呼応するように、ゆっくりと雨月は瞼を持ち上げた。
『そうだ…ケーキ買ったの、ショートケーキ。クッキー選んでたら遅くなっちゃって…これから帰るねって電話したの』
「……」
『あれ?そういえばここは?ケーキは…』
「く、くくっ、お前は、痛みはないのか?さっきからケーキの心配ばかり」
『え?うん、痛くない……あ!そう、ケーキ!私殴った人がひっくり返して…ケーキ代弁償させなきゃ」
「本当に、誰譲りの強かさだろうな。ケーキ代は無理だが奴は既に服役している。雨月が命がけで撮った写真のおかげだ。……まったく、無茶して」
とうとう、堪えてた涙も決壊してしまった。
これは嬉し泣きだ、仕方ないだろう。
『ごめんね。でも、なんか撮ればお父さんが絶対捕まえてくれると思ったから…』
「………次からは、自分を第一にしろ。犯人が捕まらないことより、お前を失うことの方がずっと苦しいのだから」
『…はい』
「……、退院したら、退院祝いと証拠を掴んでくれた褒美にケーキでも買おうか」
『やった!ショートケーキ!』
「今回はホールで買ってやろう。母さんもホールケーキを見ると目を輝かせたものだ」
『そうなの?じゃあイチゴのホールケーキと、お父さんの紅茶でプチパーティーだね』
ああ、やっぱり子は宝とは本当だ。
苺のホールケーキより
上等な紅茶より
検事としての功績より
雨月の笑顔の方が輝いている。
キラキラと、眩しいくらいに。
Fin