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《その輪は刃を伴って》王泥喜視点
最近、俺の中で疑問がよく浮かぶ。
「あ、あの!お野菜…またよかったら食べて下さい」
「ありがとう!いつも美味しく頂いてるよ」
俺の彼女は、こんなに野菜をくれる人だっただろうか。
「良かった…っ」
確かに俺の彼女は、この…恥ずかしがりで可愛い笑い方をする森澄さんなのだが。
彼女と付き合い始めて2年になるというのに、1年目の印象と随分変わった気がする。
というか、2年も付き合ってるのに、好きなものもろくに知らないなんて。
いくら鈍感と言われる俺でもおかしいんじゃないかと思った。
でも、彼女のことは好きだし、可愛いと思うから。
然して気にも止めなかったんだ。
『…森澄さんのこと、そんなに好きなんだね』
先輩が、悲しそうに笑うまで。
(なんで先輩が悲しそうにするんだろう)
先輩は、成歩堂さんと付き合っている筈だ。俺が事務所に入った時には、年の差も気にさせない程、軽口を叩きあう仲だったし。
成歩堂さんと付き合ってるんですか?
って聞いたこともあった。
その時の返事は確か…
"違うよ!"
麦茶を噎せそうになりながら必死に否定してた。
(あれ?付き合ってないのか?)
そうだ、あの時は成歩堂さんが好きな訳でも、成歩堂さんを好きな訳でもないって話になって。
良かった、って思ったんだ。
(良かった?何が?)
カラン
と、グラスの氷が音をたてた。
2年前と同じ、蒸し暑い事務所で。
俺は今、森澄さんを待っている。
でも、あの時待っていたのは…
「羽影…先輩…!」
なんで、なんで今まで気づかなかったんだ。
あの時俺は、
"羽影先輩が好きです!…先輩がいいんです!"
って、告白したじゃないか。
先輩だって、凄く恥ずかしそうに、小さな声で、
"私も…"
って言ってくれたじゃないか!
血の気が引いた。
今まで俺がしてきたことは全部、先輩を傷つけてる。
先輩が俺に事実を話さなかったのは、希月さんと森澄さん、そして…何より俺を思っての配慮だ。
あの人は優しすぎる。俺に劣らず嫉妬深い癖に、誰よりも仲間を大切に思うから。
(俺は、どれだけ先輩を苦しめれば気が済むんだ)
羽影先輩が抱いた苦しみは、悲しみは、葛藤は、計り知れない。
(けど、今更…)
先輩を忘れていた期間はもうじき1年になる。
たった今思い出しました、なんて。都合良すぎるだろ。
「ただいまー。ちょっと忘れ物して…すぐ出てくから」
そんな回想の中、成歩堂さんが出先から帰ってきた。
今日も、先輩と一緒だったはずなのに、一人で。
「…先輩は?」
「ん?外暑いからコンビニで待ってもらってるよ」
「……恋人みたいですね」
しかも、きっと今度こそ、先輩は成歩堂さんと付き合っているのだ。
でなければ、
「まあね。彼女は、大切だし」
なんて、余裕ぶって笑わないだろう。
それに愕然としていれば。
青いスーツには似合わない、含み笑いを浮かべて彼は言う。
「思い出さなければ良かったのに」
「…!」
「そうすれば、傷ついたのは僕らだけだったのにさ。…まあ、後何人傷つけるかは君次第だけど」
それから、デスクの引き出しから小さな箱を取り出して。ポケットに入れながら外へ出て行った。
「…お邪魔します」
入れ違いに、森澄さんが入ってくる。
飲み物を持って来るから…と、1度席を外して。給湯室でしゃがみこんだ。
(後何人傷つけるかは…俺次第)
ああ、もう、これは俺の償いだ。
「…はい。麦茶だけど」
「ありがとうございます」
恥ずかしそうに顔を伏せる姿は、懐かしく甘酸っぱい思い出とともに、これから告げる言葉を苦くさせる。
「…森澄さん、ずっと言わないでいてごめんね。…ちゃんと言っておこうと思うんだ」
「…?」
「俺と、付き合って下さい」
「…っ!はいっ!」
恥ずかしそうに小さな声で返された答は、やはり甘酸っぱさと苦味を連れてきたけれど。
(これで、良かったんだ)
先輩が、幸せを願って飲み込んだ言葉に守られた人は、成歩堂さんが噛み殺した言葉で守られた人は…
真実を知らなかった希月さん、巻き込まれた森澄さん、裏切った俺。
先輩と成歩堂さんは、お互いの傷を癒し始めたところだ。
だったら、俺が何も知らない振りをしていれば。これはこれで収まるじゃないか。
(…今度は俺が、傷つく番だ)
そして、俺が最後になるようにするのが、俺の罰だ。
その輪は刃を伴って。
fin.