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《その輪は刃を伴って》成歩堂視点
彼女と知り合ったのは随分前、前事務所長の千尋さんが殺された時まで遡る。
『ま、真宵を、真宵を…た、助けてください!』
留置所に駆け込んできた彼女は、必死な顔で僕の手を掴んだ。
弁護を引き受けたと答えれば、これでもかと頭を下げたのを覚えている。
ちなみに、彼女が真宵ちゃんの親友だという説明は後からされた。
それから彼女は真宵ちゃんと一緒に事務所にいることが多くなって、いつの間にか事務所のメンバーになった。
更に、真宵ちゃんが霊媒で事務所に貢献しているのだから私も何か…と法律の勉強を始めると、数年後には弁護士バッチを胸に飾るまでに。
『…私、こんな態度ですけど、成歩堂さんのことはずっと尊敬してるし、感謝してるんですよ?』
弁護士になった時、その理由を聞いたら返ってきた答え。
恥ずかしそうに、でも誇らしげに告げられた言葉がとても心に響いて。
自分がバッジを失ったことで死にかけていた心が生き返った。
……その頃には、きっと恋してたんだろうな。
学生だった彼女がスーツを着て、初めて弁護席に立ったのを見たときに、恋は愛に変わったんだと思う。
"スーツの色が藍色の理由?……藍は青より出でて藍より青しって言うじゃないですか……青は成歩堂さんの色だし…"
と言われた時には弟子が育っていくような気持ちだったし、牙琉検事に自慢した時は娘みたいに思ってた。
ただ、牙琉検事が彼女と握手したのを見て、女性としても愛してるし、恋も捨ててないと実感したけど。
けどね、出会ってから時間が経ちすぎてた。
もう仕事仲間というにはプライベートを知りすぎてるし、先輩後輩ほどの緊張感もなければ友達ほど気兼ねもしない。
兄弟や親子、家族が一番近い関係かな。
友達以上恋人未満ともいう。
ここから後一歩を進むタイミングを完全に逃していた。
それでもアプローチしておけばよかったかなぁ。
事務所に後から入ってきた王泥喜君に奪われてしまうなんて。
あまつその恋愛相談を双方から受けるのは僕だ、堪ったもんじゃない。
給湯室で、熱っぽい瞳を輝かせ、甘い溜め息を彼女が吐く度に
"僕にしなよ"
飲み込んだその言葉は数えるのも億劫な程。
それでも、彼女の幸せを望んだのは僕だ。
彼女が選んだ人と幸せになれるなら、それは喜ばしいこと。僕の我が儘で彼女の幸せを奪う訳にはいかないから。
「やっとくっついたね」
苦い嘘を吐いたのは去年の夏のことだったかな。
『…はあ』
それから1年経った冬。
彼女の白い溜め息は、あの時のような甘さもなく。熱に潤んでいた瞳も、冷たい涙に濡れている。
「…はい。ココア」
『ありがとう、ございます』
順調に育まれていたと思っていた愛は、突如断線した。
王泥喜君の記憶喪失というアクシデントで。
いや、記憶喪失なだけならまだマシだ。
彼の記憶は恋人を森澄さんと間違えて構成されている。
しかも、森澄さんは彼に恋してるから否定しないし、希月さんもそれを喜んでいるから、疑問すら抱かない。
それが浮き彫りになった今宵のクリスマスパーティーを逃げ出して、僕らは駅のロビーで電車を待っている。
(こんなの、駄目だろ)
傷ついてるのは、彼女だけだ。
急に現れた女の子に何もかも奪われて、フラれることもなく失恋するなんて。
そんなの、駄目に決まってる。
「…いいの?このままで」
『……いいんです。きっと、その方が、皆幸せになれます』
なのに。
彼女は強かった。
涙が止まらない程傷ついてる癖に、まだ王泥喜君の心配をして。後輩の希月さんに気を遣って。悪い言い方だと、只の依頼人である森澄さんに恋人を譲ろうなんて。
「…よくないから泣いてるんでしょ」
『へへ…成歩堂さんは優しいですね』
その乾いた笑顔が、僕から受け継いだハッタリだと思うと余計悔しい。
…そう、悔しいんだ。
だって、彼女は僕と同じ道を歩んでる。
僕が彼女の幸せを思って王泥喜君と結ばせてしまったように。
彼女も彼の幸せを願って森澄さんと結ばせようとしてるのだ。
「…優しいっていうか、エゴかなぁ」
『エゴ?』
「そう。僕はね、君に幸せになって欲しいんだ」
『…』
「君が、幸せになるなら。…、相手は僕じゃなくてもいいって思うくらいまで想い詰めたんだよ」
あーあ。とうとう言ってしまった。
今、僕は上手く笑えてないだろうな。
だって、はったりじゃなくて事実だし。
『…お陰様で、1年幸せに過ごせました』
「うーん…だからさ、それじゃ嫌なんだ。期間限定の幸せなんて、そんなものの為に僕は…君を手放したんじゃない」
『ー!』
彼女なりに、精一杯のユーモアだったのかもしれないけど。
ごめんね、余裕がないんだ。
悔しくて悔しくて、情けなくて遣瀬無くて悲しくて。
「…やっぱり僕が、掻っ拐っとくんだったなぁ」
最初から僕のものにしとけば、彼女はこんなに深く傷つかなかった。
僕も、こんなに長く傷つかなかった。
彼女の隣に座って、溜め息みたいな笑いを溢す。
「今からじゃ、遅い?」
『…っ、今、それ言うんですか』
「うん。ごめんね、狡いのは解ってる」
それから、彼女の手をゆっくり握った。
振り払われるかと思ったその手は、ぎこちなく握り返される。
「…!」
『私は、ずっと成歩堂さんに憧れてました。尊敬もしてるし、ああいう大人になりたい、胸を張って隣に並べる女性になりたい。…ずっとそう思ってました』
「雨月ちゃん…」
『…私を、狡い大人に育てたのは貴方ですよ』
強く握り絞められた手と、そこに落ちていく熱い涙。
「はは、責任はとるよ」
『成歩堂さんは…嘘吐きませんよね?』
「僕は裏切りが一番嫌いなんだ、当然だろ?」
『…はい。信じてます』
涙が零れていくのに、その瞳は澄んで。
久し振りに笑顔を見た気がした。
「ありがとう。…好きだよ、ずっと前から」
『ふふ。答が解ってから告白なんて、本当に狡い人ですね?…私も、好きになりました』
「…じゃあ、初詣は二人でいこうか」
『はい。着物、着ていきます』
これでやっと。
その笑顔は僕のものだ。
Fin