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《天使な人魚の話》
彼女を初めて見たのは法廷だった。
緊張した面持ちで弁護席に立っていて、新米の弁護士だとすぐに気づく。
裁判長の挨拶で彼女が初めての弁護だと知り、亜内検事がいつものように嫌みたらしく言葉をかけた。
「まだ毛が生えたばかりのひよっこに、社会の厳しさを教えてあげますよ。信じてるだけで被告人が無罪になるなんて、夢物語ですから」
あー、本当に…この人モテないだろうな。新米ちゃん頑張れ。
なんて思って弁護席を見た。
すると、彼女のガチガチに緊張していた表情がふと和らいで。
とても優しげに微笑んだ。
「信じることが無意味とはいいませんが、信じるだけじゃ救われないから私はここに居るんです。私は聖職者ではなく弁護士ですから。それと、確かにまだ新人で雛かもしれませんが、貴方のように飛べないまま藻掻く鶏にはなりたくないものです」
では、冒頭弁論お願いしますね。
と、言い放った。
僕は声色の暖かさと言葉の冷たさのギャップに驚いて。
その後、どんな苦境に追い込まれても微笑みを絶やさない彼女に釘付けだった。
閉廷し、どうしても彼女に声をかけたくてロビーへ向かう。
そこには成歩堂の姿があって若干怯んだが、向こうから声をかけられた。
「今日の裁判見てた?あれ、うちの後輩なんだ。なかなかよくやったよね」
「ああ。確かにね。亜内検事に噛みついた時は拍手したくなったよ」
「はは、僕もだよ。僕の時も手酷く言われたからなぁ」
「だから新人いびりなんていわれてるのか…長いな、あの人も」
そんな雑談をしていれば、噂の彼女が出てきた。
裁判中の微笑をたたえたまま近づいてきて、成歩堂が"お疲れ、勝訴おめでと"と声をかけた瞬間だ。
『あーー、緊張した!』
泣き出すんじゃないかというくらい眉と口角を下げて駆け寄ってきた。
よしよし、と頭を撫でられて"止めてください!"といいながら距離を取ろうとはしない。
なにこれ、つきあってるの?
『…?………っ、あ!』
ようやく僕に気づいた彼女は慌てて成歩堂から一歩離れ、お辞儀をした。
「やあ。僕は牙琉響也、検事をしてる。裁判見てたよ、勝訴おめでとう」
『あ、あああありがとうございます。わ、私は羽影雨月です』
「そんなに緊張しなくていいよ、雨月ちゃん。亜内検事の時みたいにガンガンきていいから」
『あああ、あれは、売り言葉に買い言葉といいますか』
それにしても、聞いててスッとしたよね。と、成歩堂も間に入ってきて。
伊達に成歩堂さんの嫌み聞いてませんから、なんて答えている。
(おもしろいな)
ギャップがいくつもあるのだ。
成歩堂や亜内につっかかるドライな面。
裁判中微笑みを絶やさない強さ。
それでいて緊張や恥ずかしさでどもるようなあどけなさ。
見ていて飽きない。
「じゃあ雨月ちゃん、また会おうね」
握手ついでに連絡先を渡してその場をあとにした。
成歩堂のあの目、つきあってないな。うん。
出会いはそんなところ。
次に会ったのはやっぱり法廷で、違ったのは僕が検察席にいたことだ。
本当に、どんなに窮地に立たされても消えない微笑みには感嘆の溜め息が出るほど。
最終的に被告人は有罪になったわけだが、彼女の微笑みは木槌の音が響くまで消えなかった。
まで、というからには勿論消える瞬間が来るわけで。
弁護席を離れ、ロビーに出たとたん悔しそうに顔を歪めたのだ。
「雨月ちゃん」
『!牙琉、さん』
「君の食い下がりは成歩堂譲りかな?随分手強かったよ」
『…』
「真実の追求において、敗訴はつきものだろう?」
『解っています、私は勝訴に拘っていませんし…ただ…』
「…?」
『被告人…ああ、もう犯人ですか。嘘をつかれていたのが、悔しくて』
弁護士は、被告人の無罪を信じて戦うしかない。
仮に有罪だと解っていても、そこに同情の余地はないか、正当性はなかったかを追求していく者だ。
ただ、法に従う者として、犯した罪と同じ量の償いをして欲しいと願うもの。
罪以上に罰されないようにするのが弁護士、罪以下の罰にならないようにするのが検事、という考えを持っているらしい。
罰を逃れようとする心理は否定しないが、それでも…信じたものに裏切られた気分になるのは当然か。
「…」
『!牙琉…さん?』
「ああ、ごめんよ。あまりにその、君が真っ直ぐで。…よくがんばったよ」
成歩堂がしていたように、つい自分より低い位置にある頭を撫でていた。
恥ずかしがりながらも嬉しそうで、"ありがとうございます"と、泣きそうな笑顔を見せた。
(…僕としたことが)
それが、恋に落ちた瞬間だった。
なんだこの儚げで可愛くて抱き締めたい生き物。
天使か。地上に来る時に羽を落としたんだ、そうに違いない。
『…あ、あの』
「ん?」
『て、手を…』
「ああ、ごめんよ」
うん、この台詞2回目。
彼女が天使過ぎて中々頭を撫でる手を退けられなかった。
名残惜しいけど、手を降ろす。
「もしよかったら、コンサート来てよ。バンドもやってるんだ」
『はい、是非。…え、チケットなんてそんな』
「受け取って、プレゼントだから。お返しをしようと思うなら、観客席から手を振ってくれるので十分だよ」
じゃあね。
か、必ず手を振ります!
そんな声が背中から聞こえてほほえましかった。
もっといえば、観客席の後ろの方に彼女を見つけて。
目が合うはずのない距離にいたのに、演奏中にそちらをみやれば。
両手を上げて恥ずかしそうに手を振る雨月ちゃんが目に入った。
(嗚呼、あれは天使だ)
悶え死ぬかと思った。
そんな彼女とお友だちを続けること3年。
……奥手過ぎるのは解ってるさ、でも、天使に手を出すのって気が引けるだろ?
俗世で汚したくないというか。
そして、彼女に後輩ができた。
兄貴のとこにいたオデコ君である。
すっかり裁判慣れした雨月ちゃんが、オデコ君の付き添いで弁護団として弁護席に立った時。
検事は僕じゃなかったけど傍聴にいって、相変わらず天使の微笑みと冷たい物言いのギャップに見とれていた。
『牙琉さん!傍聴してたんですか』
「まあね、君がいるってきいたから」
「先輩、牙琉検事と知り合いですか?」
『あ、そ、そうなの。えっと、初裁判の時に声、かけてもらって…うんと、今もコンサート、呼んでもらったり…』
「そうそう、ご飯食べに行ったりね。また行こうね、美味しいお店見つけたから」
オデコ君の訝るような目線に、直感でライバルだと悟った。
大人げないとは思いつつ、牽制をかける。
『ありがとうございます、でも、今度は私が見つけたカフェ一緒に行きましょう。シュークリームが美味しそうでした』
彼女はシュークリームが好きだ。理由は生地よりクリームが多いから。
ウインナーコーヒーもクリーム目当てで頼んでしまう。
本当に天使だ。
「いいね。なんなら今日いこうか?」
「今日は!勝訴祝いにラーメン食べるんですよね!先輩!」
『う、うん。そうだね、オドロキ、君』
オデコ君、声大きすぎ。
耳痛いし…牽制するつもりが妨害された。
雨月ちゃんも、どもりすぎ。
後輩相手にどれだけ緊張してるの?
…………え、まさか
3年待っててオデコ君に持ってかれるとか。
…まあ、雨月ちゃんは天使だからわかるよ、うん。
「雨月ちゃん、またゆっくり話そう。今日は先約いるみたいだから」
『はい、また』
「あと。僕は本気だからね」
きょとんとしている彼女はやっぱり天使だったけど、オデコ君は意味がわかったみたいで。
「~っ、早く行きましょう!」
『ま、待ってオドロキ君』
そんなやりとりが聞こえた。
オデコ君に渡すわけにはいかないな。
あの微笑みを独占されるのはしゃくに障る。
(負けないよ、オデコ君)
なんて、闘志を燃やしていたのに
"そんなにお腹すいてたの?"
と彼女の声がしたときは転けるかとおもった。
階段で凄い音がして。
オデコ君は実際転けた。
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人魚の悲劇で王泥喜が記憶を戻した場合の王泥喜落ちはこのままページスクロール
人魚の悲劇で王泥喜が思い出さなかった場合の響也落ちは天使な人魚の話:分岐先へ
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いや、だって。
信じろという方が無理だ。
今、僕の心に空いた穴は土星の環より大きいに違いない。
『牙琉さん、私、オドロキ君と結婚しました』
暫く実家に戻っていた彼女と、久しぶりにカフェ巡りをしていた時。
急にそんな報告をされたのだ。
結婚します。
じゃなくて
結婚しました。
まさかの過去形。
「…そう、なんだ」
おめでとう、という言葉が喉につっかえる。
『はい、牙琉さんには報告をと思いまして』
彼女のふわりとした微笑み。
ああ、やっぱり好きだな。
と、思わざるを得なかった。
「わざわざありがとう。それから、おめでとう」
その笑顔に、つかえた言葉はスルスルと口から出てしまい、
「もしよければ、これからもこうやってお茶してくれるかい?」
そんな我儘さえ飛び出した。
良いわけないのに。
なんて誤魔化そう、と逡巡している僕を見て、彼女は再び微笑んだ。
『勿論です。またケーキ食べに行きましょうね』
天使か。
やっぱりそうなのか。
『オドロキ君は甘いの苦手みたいで…牙琉さんとカフェ巡りするのが一番楽しいです』
…小悪魔かもしれない。
「やあ、オデコ君。結婚おめでとう」
「牙琉検事、聞いたんですか。ありがとうございます」
「でも、既婚者を好きになっちゃいけない法律はないよね?」
「え」
「僕、諦めてないから」
彼女の結婚は、僕の独占欲と彼の嫉妬心を煽ったにすぎないのさ。
(い、意義あり!!)
Fin