リクエスト2
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《Smile again》
嘘だ。
嘘だっ!
『…嘘だって、言ってよ』
ガラスの向こうにいる彼は、口を開かない。
『貴方が、迅が人殺しなんて…する筈ない』
今にもガラスを叩いてしまいそうになるのを堪えて、声を絞り出しているというのに。
『…何か、なんとか言ってよ!』
泣きわめきそうになるのを、必死に耐えているというのに。
やっと開いた彼の口から出てきた言葉は。
「俺が殺った」
『…っ、嘘!』
「本当だ」
『信じない、絶対信じない!』
「そうかい、好きにしな」
『…っ』
聞きたかった言葉じゃなかった。
希月教授殺害容疑で逮捕されて、留置所から監獄に移った彼。
その後も何度も何度も面会にいった。刑が決まった今でも間に合う、そう思って。
なのに、何回行っても面会を断られる。
だから、いつも持ち歩いていたメモ帳を破いて、手紙を看守さんに渡して貰った。
"迅の無罪を信じてる"
返事は貰えない。
それでも、毎日毎日、面会に行っては手紙を置いてきた。
ガラスの向こうのもっと遠くにいる、愛しい愛しい、私の"彼"。
もう、私の手も声も、届かないのか。
メモ帳のページを使い切り、新しいメモ帳ももう何冊目か。あれから1年経ち、2年経ち。もう3年になろうとしている。
『今日も、会ってくれなかったな』
建物を出た瞬間、ため息がこぼれた。
もはや手紙を仲介してくれる看守さんと仲良くなる程の年月が過ぎている。
彼は、私の顔をまだ覚えているだろうか。
『私は…迅の笑顔が思い出せなくなりそうだよ』
実際、雨で霞んだように彼の笑顔が曇る。最後にみた、感情を押し殺したような苦しそうな顔だけが鮮明に思い浮かぶ。
そんなことを考えていたら本当に雨が降ってきて。
慌てて折りたたみ傘を開いた。
ねぇ、迅。
私が行くのはもう、迷惑なの?
私には何も話せない?
迅が殺したんじゃないんでしょ?
ねぇ、迅――――
ビーーーッ!
近くで聞こえたブレーキ音に、はっ、と顔を上げた。
視界に映るのは、赤く光る歩行者信号。
突っ込んで来るトラック。
体を走る強い衝撃、痛み。どこか他人事のように感じていたら、地面に勢いよく叩きつけられた。
(痛いな…)
(迅、最期にもう一回)
(会いたかった、な)
そんな私の視界に最後まで映っていたのは。
降り注ぐ雨と、弾き飛ばされた傘だった。
………夕神視点………
久しぶりの娑婆の空気。
7年か、まあまあ長かったな。
…特に、3年を過ぎる頃から。
何度面会を断っても毎日毎日訪ねてきて、返事もない手紙を毎回置いていった女。
"彼女"が来なくなってからの歳月は本当に長かった。
彼女が来なくなるのは当然だろう、殺人犯の恋人なんて。しかも、自分の声に何も反応しない恋人なんて。
もはや恋人ではない。
人として愛想を尽かされて当然。
そう計らったのは自分。
俺から遠ざけようと心にもない態度をとったのは紛れもない自分なのに。
それでも、彼女が来なくなって気づいた。
こんなに心が痛むなんて
こんなに彼女を信じていたなんて
俺が認めなくても、証拠がある。
部屋の片隅に積み重なる、3年分の手紙の山。
"信じてる"
"話しがしたい"
"会いたい"
"好き"
"今でも愛してる"
"貴方の笑顔が見たい"
一言ずつの手紙とは呼べないようなそれらを、大事に全て保管してきたのだから。
「出所おめでとうございます、夕神さん!」
「礼を言うぜ、ココネ。まあ、会いたかった女には逃げられちまったがな」
「…え?」
「合わせる顔もねェが、礼を言いてェ。ココネ、雨月の居場所知ってるか?」
「…雨月さんは、今」
中央病院の施設にいますよ。
「ちくしょう…!」
息も切れ切れに施設に駆け付けた。
俺だけが知らなかった、雨月が事故にあってたなんて。
それから意識が戻らなくて4年間眠り続けてるなんて。
全然知らなかった。
「雨月…」
最後に会った時よりずっと細くなって、筋肉の落ちた腕は棒みたいだ。
艶やかだった髪もどことなくパサついている。
瞼を閉じた顔は、無表情で、能面のようだった。
「違ェんだ…俺が見たいのは、お前の…」
笑った顔
あの、屈託のない
優しい笑顔が
「…なのに……っ!」
思い出せるのは、泣くのを必死に堪えた、辛そうな、苦しそうな顔。
雨月から笑顔を奪ったのは…紛れもない俺。
「…なァ、雨月」
お前が通ってくれた分、
待ってくれた分、
雨だろうが雪だろうが
毎日通ってくる。
会わなかった分、
返事をしなかった分、
答があろうがなかろうが
話しかける。
だから、
「目を覚ましてくれねェか…」
「雨月、今日も来たぜ。生憎雨だったが」
彼女のベッドに通うこと、そろそろ3年。施設を移ったりなんだりと忙しかったが、毎日通い続けている。
彼女がしてくれたことだから、耐えられる。それでもやはり苦痛を伴った。
返事もない、表情の変化もない彼女。
自分が雨月にしたことを、そのまま返されているようだった。
俺は、なんてことを彼女にしてきたのだろう…
「雨月、今日は雨だが…明日は晴れるらしい。しかも、十五夜だ」
だから、その償いもこめて通い続ける。
何より、雨月に謝って、笑顔をもう一度見たい。
「なァ、一緒に月見でもしようぜ」
そんな願いを乗せて、手を強く握った。
「…!?雨月?」
何となく、握り返された気がした。
気のせいか、いやでも…
「雨月、俺だ、迅だ…!目を開けてくれ!」
「お前さんに言いたいことが、言わなきゃなんねェことが、沢山、たくさんあるんだ」
『…………ん、ぅ』
「!!」
『き…こえ…てた、よ』
「雨月!」
『じ……ん』
「お前、意識が!」
『なか…な、いで。…ちが…う』
笑顔がみたいの
覚束ない言葉でそういって、彼女はぎこちなく笑った。
「…あァ、俺もだ」
きっと俺の笑顔もぎこちなかっただろう。
それでも
精一杯の笑顔だった。
(だってそれは)
(最高のハッピーエンドだから)
「雨月、すまなかった」
『いいよ、沢山聞いたから。寝たきりの時も聴覚だけは働いてたの。だからもういい』
「雨月…」
『その分、会えなかった10年を、1秒でも多く埋めて。1回でも多く笑顔を見せて』
もう二度と、忘れないように
「あァ、そうだな」
Fin.